4突破口は集成材
住田町に一環生産システムと、バイオマス利用システムを築き上げた立役者が、けせんプレカット事業協同組合の泉田十太郎専務だ。住田町出身の泉田専務は、故郷を離れ、農機具メーカーの販売会社に勤めていた時代に、顧客から「木を切ってもお金にならない山は悪だ」と言われて心に突き刺さったという。また、夏や冬に帰省するたびに、山が荒れているのを見て心を痛めていた。

「森は一見すると緑だけれど、中に入ると下草がなく、砂漠化していました。そうなると雨が降ると表土も根も洗われて、放置しておけば崩落すると危惧したんです。昔、下草刈りなど、山で大変な作業をしているのを見ていたから、その山を無価値にすると大変なことになるとも思いました。それが転職の動機になりましたね」。
かくして泉田専務は、平成5年に設立されたけせんプレカット事業協同組合に入社した。当時は国産材18%に対して外材が82%を占めていた。普通の人ならば、とても外材に太刀打ちできないと考えるだろう。しかし、泉田専務は、「82%は国産材に変えられる可能性がある。これはすごい市場だ」と考えた。

平成6年には、乾燥機を導入して無垢材の乾燥を開始している。しかし、無垢材は乾燥が難しく、含水率30%をきると、縮んだり割れたりして曲がった。その原因は分かっていた。木、特にスギは、もともと乾燥させると水分が抜けにくくなる性質がある。また、日当たりなどに左右され、芯を中心にして均一に育つわけではない。だから乾燥機で水分を抜こうとすれば、曲がるのが当たり前だった。なんとか曲がっていないように見える材木を作りあげても、大工にはじかれた。
「こんなのまではじかれたら、無垢ではとてもじゃないけれど対応できない」。そう考えた泉田専務は、集成材へと方向転換する。集成材は厚板状や小角材状にしてから乾燥させるため水分が抜けやすい。しかも無垢材に比べて、一般的に1.5倍の強度があると言われていることから、高付加価値にもなると考えたのだ。
集成材への転換は順調に進んだ。まず、高級なベイマツを買ってきて集成材化したところ、まったく狂いのないものができた。やがて国内では初めてスギの集成材化にも成功。平成10年には、集成材を生産する「三陸木材高次加工協同組合」を設立した。
3. エネルギーも生み出す木材加工団地5. 集成材利用を後押しするスモリ工業









