間伐材紙カップでのコーヒーブレイクが、森林保護に。

森や動物が描かれた可愛らしいデザインの紙カップ。一見どこにでもありそうな紙カップだが実は、日本の森から伐り出された間伐材でできている。開発したのは、飲料自動販売機の管理運営を行うアペックスだ。構想から誕生まで6年の月日を費やしたという開発担当の環境部田邉めぐみさんに、開発までの道のりを伺った。



 

 

 

聞き手・構成 中島まゆみ
文 井畑史子
画像 小林伸司

田邉 めぐみ(たなべ めぐみ)

東京都出身。日本女子大学文学部日本文学科卒業。株式会社アペックス入社後、営業、販売促進、営業促進、営業企画、販売企画等を経て、現職。社内外での環境啓発活動に励みながら、まだまだ勉強しなければならないことばかりという思いで毎日を過ごしている。業務上、スペシャルティコーヒーやサスティナブルコーヒーへの関心は高い。

森は木を伐ってこそ守られる。 そう知って始まった間伐材紙カップづくり

———今日は、間伐材紙カップが誕生するまでのお話を伺っていきたいと思います。その前に、「間伐材って何?」という方のために、間伐材紙カップとは何かというところから教えていただけますか。 

田邉:ではまず、紙カップの説明から始めましょうか。紙カップは、紙とラミネートからできています。以前はロウ引きが一般的でしたが、ラミネート加工になり、ホットの飲み物もコールドの飲み物も同じ紙カップでお出しできるようになりました。今ではラミネート加工が当然になりましたが、実はロウ引きからラミネートにしたのは当社が初めてなんですよ。

 ラミネートを除いた紙の部分に今回、日本の森林から伐り出した間伐材を10%使っています。残りの90%も国産材です。

――つまり、国産材100%の紙カップということですね。なぜ間伐材だったのでしょう。

田邉:環境部に配属された8年前は、京都議定書の発効や洞爺湖サミットの開催で日本が環境問題に注目しはじめた頃と重なります。当初、環境のことはさっぱりわからなかったのですごく勉強したのですが、カップ式自動販売機の優位性を環境面から探ろうと、“カップ式自動販売機で飲む1杯の飲み物の環境負荷”をLCAから考えてみたり、紙カップや販促物で使用する“紙”を考えてみたりしました。その中で、「木を伐って使うことが森林保護になる」という、これまで思っていたこととは逆説的な一文に出会ったんです。

 「森を守るためには木なんて伐っちゃいけない」って思っていたので驚きでした。会社でも、「裏紙を使いましょう」とか「紙の使用量を減らしましょう」ということを一生懸命取り組んでいましたから。

 でも本当は、今の日本の森は手入れが行き届かずに荒れていて、適度に伐採することで採光や風が行き渡るようになる。それで、健康な森ができていくわけです。間伐は、成長途中で過密になった木々を抜き伐りしてあげる作業なんですが、「森林資源の保護ってこういうことなんだ」って腑に落ちました。

 

――適度に間伐した森は植生も豊かになるし、森がもともと持っている、水を浄化してためるという水源かん養機能も高まりますしね。

田邉:まさにそこです。環境への取り組みを行うにしても、本業に近いところでできたことはとても意味がありました。

 飲料をご提供している弊社にとって水は命です。容器である紙カップも森林資源の恩恵を受けています。どちらも持続可能な資源ですが、手入れをして積極的に守っていく必要のあるものです。そのための良い循環を、間伐材を使うことで少しでもお手伝いできているのかなと思っています。

――本業と離れた環境活動は、社内体制や予算組みが変わった途端に、「じゃぁ、やめようかな」となってしまうことも多いものですが、本業に組み込むことができれば長く続き、効果も出やすいですね。

 

1度だけでなく2度、3度と楽しめる、 リラックスタイムにぴったりのデザインに

———カップに描かれたデザインも、とても可愛いですよね。「植える」「育てる」「収穫する」「使う」という森林の健全なサイクルがシンプルなタッチと色使いでわかりやすく表現されていて、つい「何だろう?」って見たくなるデザインです。

田邉:ありがとうございます。一般の方の中には、以前の私のように、「木は伐らないことが森林資源保護」だと思っている方もいたり、「木を伐ることが悪」だと思っている方もいらっしゃると思うんです。

 そういう方々に、間伐を理解していただくツールとしても、弊社がどうして間伐材を紙カップに使うのか知っていただく道具としても活用できるデザインにしたいと考えました。

 文字ばかりだと、せっかくコーヒーを飲んでくつろいでいただいている時に、押しつけがましいメッセージだと思われてしまうのは嫌だなって。間伐材紙カップの価値をお客様と楽しく共有したいなって思ったんです。 

———デザインそのものも田邊さんが考えられたそうですね。

田邉:はい。最初にラフのデザインをデザイナーさんにお渡しして、そこからブラッシュアップしていきました。隠しキャラ的に動物が何匹かいるんですが、わかりますか?

――ほんとだ。いました。

田邉:1回目に飲むときと、2回目、3回目に飲むときとで違う発見があったり、小さなお子さんとお母さんが、「キツネさんがいるねー」なんて会話をしてくれたらいいなと思っています。

———その光景、目に浮かべるだけでなごみます。社員の方々の反応もよいのではないですか?

田邉:社員も納得しやすい、地に足のついたストーリーと内容なので、営業は本社も拠点も、今年は“間伐材紙カップを営業の武器に獲得台数を伸ばす”というテーマに取り組んでいます。営業先でもタブレット端末を使って、弊社の間伐材紙カップを取り上げてくださったテレビのニュース番組をご覧いただいたり、取材していただいた新聞記事をお見せしたりと、力をいれてくれています。

“業界初” の達成は、 “初めて”の壁を越える意識改革から

 

———構想から誕生まで実に6年もの時間がかかったそうですが、なぜそんなに?

 

田邉:一般には、間伐材を使った紙カップはすでに存在します。でも、それは、一般的に有人販売によるもので私たちは“手売り用”と呼んでいますが、今回弊社で開発した間伐材紙カップは紙カップ式自動販売機用なので業界で初めての紙カップです。前例がなく、一つひとつ壁を越えて積み上げていかなければならなかったので時間がずいぶんかかってしまったんです。

 一番難しかったのは、関係する方々の意識を変えていただくことでした。環境部に来る前は販促関連の部署で販促全般に携わっていたので、紙カップ自体との関わりも深かったんですね。紙カップメーカーの人とも話しやすい位置にいたので、気軽に「紙カップを間伐材で作れないですか?」と聞いたら、「すごく高いよ」って即答されました。「どのくらい高いんですか?」と聞いても「いやー、わからないけど高いです」みたいな感じで、取り合ってくれませんでした。

 価格が高いからには「間伐材使用のトレースがとれるだろう」と尋ねてみても、「トレースをとることは不可能だ」と言われ、「それなら、なぜ間伐材は価格が高いのか」と聞けば「急な斜面から切り出してくるからだ」と言う……。堂々巡りです。面倒なことはやりたくないのかなという印象でした。

 そうこうしているうちに、古紙偽装問題が2008年に起こってしまい、ますます“トレース”という観点から紙カップメーカーも製紙会社も慎重になってしまって。当時、弊社では、ケナフやバンブーを使った非木材紙カップも扱っていたのですが、それらは配合の確認がとりやすいんです。でも間伐材は、間伐以外の木と繊維が同じなので偽装かどうかの確認ができない。カップメーカーはそれを懸念してますます心を閉ざしてしまいました。

 それでも社内的には、社長と執行役員が「間伐材紙カップができるといいよね」と賛同してくれるようになっていたので、心強かったです。三人三様で紙カップメーカーに働きかけ続けるなかで、大きく流れが変わったのは、工場単位で認証取得ができる「クレジット方式」が導入され、紙カップメーカーにご理解いただくことができるようになってから。2012年のことです。

———風穴が空いた瞬間ですね。 

田邉:それからは、製紙会社の工場視察をしたり、森林組合の現地確認を行いつつ、どうせなら2013年の弊社の創業50周年に照準を合わせようと準備を進めてきました。そして、2013年2月に間伐材紙カップを展開させることができました。

環境をトータルで考え、 暮らしでも仕事でも実践

———環境部に配属されて、田邉さんご自身、意識が変わってきたり、暮らしぶりに何か変化が起きたりしましたか?

田邉:以前は、環境問題は一部の人が取り組んでいるようなイメージがありました。ところが、生態系サービスという概念を知ってから、私の中で環境問題に対する考えが一変したんです。

 「環境」というのは特定の分野の問題ではなく、経済問題、食糧問題、健康問題、エネルギー問題などすべてと密接に関係している。しかも、たくさんある情報の中でどれが正しいのかを嗅ぎ分ける力も不可欠。問題を俯瞰して、トータルで考えることが必要だと強く思うようになりました。

———その点では、御社の環境への取り組みも、回収した紙カップをトイレットペーパーや高効率固形燃料(*3)にしたり、コーヒー残渣を肥料化や炭化、熱回収したりと、循環をトータルで考えらえていますよね。

田邉:社長が、世間で環境問題がクローズアップされる前から環境への取り組みに熱心で、経営理念にも環境活動について謳っているほど。環境部としては心強い限りです。

 「環境問題は近視眼的に捉えるのではなく、俯瞰して考えるように」と常々言われているので、カップ式自動販売機と密接な関係にある「水」「紙カップ」「コーヒー豆」といった身近なものを材料にしながら、今後も、さまざまな取り組みを“トータル”で考えていきたいと思います。

――今日はありがとうございました。

株式会社アペックス
https://www.apex-co.co.jp/

*1 ライフサイクルアセスメント 製品やサービスなどについて、原料の調達から部品・部材の加工、製品の製造、輸送、廃棄にいたる全ての過程で生じる環境負荷を分析すること。二酸化炭素(CO2)や水などで研究・分析が進んでいる。

*2 製紙工場への証明書付き間伐材の入荷量に応じて、製造する紙に間伐材が配合していると見なす方式 

*3 産業系廃棄物の古紙やプラスチックを原料とした高カロリーの固形燃料

中島 まゆみ  

エコロジーオンライン編集長。フリーランス編集・ライター。食べられる植物と木が好き。エコロジカルなライフスタイルの提案を中心に、自然環境保全、循環型社会、環境教育、環境ビジネスなど、環境・ソーシャルに関する分野で編集・取材・執筆活動をおこなっている。

「なかじまゆ」 http://nakajimayu.jimdo.com/

井畑 史子

ライターインターン。北海道滝川市生まれ。広告プロダクション「北海道たき」に2年勤務後、東急エージェンシーにてさっぽろ東急百貨店専属コピーライターとして6年、新聞、店内置きパンフレット、ラジオCM、など、ほぼ全部に関わる。約15年のブランクの後、ソーシャルの起業スクールへ通ったことをきっかけに仕事復帰。ライフスタイル、食、エコなどの分野で少しずつ仕事再開。キモノ、アンティークなども興味あり。今回のエコピープルは初参加でとても勉強させていただきました。

小林 伸司

カメラマン。栃木県佐野市生まれ。千代田工科芸術専門学校写真学科卒業後、現在の神永写真館就職。個展は「天空からのメッセージ」浅草・松屋(1998)「渡良瀬遊水地からの手紙」銀座・ギャラリーミハラヤ(2007)。2012年にケニア・マサイ族伝統儀式「エウノト」取材。2011年よりエコピープル取材に関わる

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コメント: 1
  • #1

    中村 裕 (火曜日, 03 6月 2014 18:18)

    どんなカップなのか興味があってこの記事を開いてみたのですが、カップのデザインは遠目にしか判別できず、一方同じ人の顔写真ばかりが何度も現われ、期待を裏切られた感じです。全体の構成に一考が必要と思われます。

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