太陽へつながる未来 ソーラークッカーが32億人の暮らしを救う!

東日本大震災を体験してあらためてエネルギーの大切さに気づく日本人が多くなった。津波によって電力網が根こそぎ奪われた地域ではなおさらのこと。なにか起きた時に使えるエネルギーを手にしたい。そんな思いからかナノ発電所も地道な広がりを見せている。だが、ナノ発電所には限界がある。電気を熱に変えてしまうとかなりの電力が必要だ。そんな限界を感じていたときに出会ったのがソーラークッカー研究の第一人者、足利工業大学総合研究センター長中條祐一教授だった。

取材・文 / EOL編集部

撮影 / 小林伸司

中條 祐一(なかじょう ゆういち)

足利工業大学総合研究センター長。熱応力による弾性座屈、熱衝撃による構造物の振動などを博士論文で取り扱い、その後イリノイ大学で複合材料の疲労き裂進展、クリープ座屈を研究した。現在はソーラークッカーの最適設計などを行なっている。また、ソーラークッカーによる途上国支援にも取り組んでいる。


足利工業大学総合研究センター

足利工業大学中條研究室


ダンボールでご飯が炊けた!

雪が残る大河原小学校校庭に並べられたソーラークッカー
雪が残る大河原小学校校庭に並べられたソーラークッカー

 1月中旬、私たちが向かった群馬県昭和村は、前夜に降った雪のおかげで路面が凍結。あたり一面は銀世界に変わっていた。雪のために会場までたどり着けない!そんな関係者が出るほど条件は最悪だった。そんななか、群馬県昭和村の大河原小学校の4年~6年の生徒を対象に「持続可能な地域づくりを担う人材育成事業」がスタートした。今回の授業のテーマは「太陽エネルギーって何だろう?」。再生可能エネルギーの中核をなす太陽エネルギーについて学んでもらうために、ソーラークッカー、太陽光発電、ロケットストーブで同じものを調理する体験授業を実施した。


 ロケットストーブは薪さえあれば調理をすることができる。太陽光発電も発電した電気をバッテリーに貯めておけば調理用機器を使うことができる。一方、ソーラークッカーに太陽の熱をため込んでおくことはできない。日の光にこそ恵まれたが、目の前の校庭にはまだ雪が残っている。こんな状態でソーラークッカーが使えるのか。授業に参加した生徒たちも「こんなもので本当にできるの?」といった感じでダンボール製のソーラークッカーをセットする。それぞれのエネルギーをつかって、ご飯を炊き、パウンドケーキを焼く。

集光型のソーラークッカーを体験する子どもたち
集光型のソーラークッカーを体験する子どもたち

 ソーラークッカーについてのお話と実際の調理を担当したのが足利工業大学でソーラークッカーを研究する中條祐一教授だ。大学と地域をつなぐ役割を持つ総合研究センターの長としてソーラークッカーの出前授業は年40回を超える。そんなプロの中條先生でも太陽が出なければ調理はできない。天気予報によれば午前中は晴れるはずだ。


 ソーラークッカーをセットし、校舎に戻った生徒たちは太陽エネルギーが変化した熱、電気、薪について学ぶ。教室にはまぶしいばかりの冬の日が降りそそいでいる。1時間半後、ソーラークッカーのなかに置かれた飯ごうをあける瞬間がやってきた。もわっ!とあがった湯気ごしになかをのぞいた生徒たちの顔から笑顔がこぼれ出る。ご飯とパウンドケーキがふっくらと仕上がっていた。

ふっくらと焼きあがったパウンドケーキ
ふっくらと焼きあがったパウンドケーキ

 目の前に広がる校庭の雪。そのなかで湯気をあげるパウンドケーキ。このギャップに子どもならずとも感動する。実際に体験した先生たちも目を丸くして喜んでいた。中條先生がソーラークッカーにのめりこんでいくきっかけも初めてソーラークッカーで料理をして無邪気に喜ぶ学生たちにふれたことだったという。 


「子どもの教育に関して取りくんでいる団体からソーラークッカーのコンテストをやるので参加して欲しいと呼びかけがありました。本学からは自分の研究室が参加することになり、学生たちの卒業研究の合間にソーラークッカーを作ることになりました。急な話だったにも関わらず、彼らは夢中になって作っていました。ところが、完成したソーラークッカーの試験をしようにもなかなか晴れない。まさにぶっつけ本番です。からっと晴れあがったコンテスト当日、ソーラークッカーにこわごわ2合のお米を入れてみました。すると見事に炊きあがった。大人のような学生たちがそれを見てキャーキャー言って喜んでいるんですよ。そんなに喜ばれるのなら教材としての可能性がある。そう思って研究を始めました」

 こうしてイベントをきっかけに中條研究室の研究テーマの一つとしてソーラークッカーがとりあげられることになった。案の定、学生たちの人気が集まり、中條先生の研究もソーラークッカーにシフトしていくことになる。

 

「楽しくてずっと続けてきた感じ(笑)。ソーラークッカーは思った以上に奥が深い。たとえば、その種類は3つ(パネル型・集光型・箱型)。まとめて一気に作っちゃおう!と思ってもそれぞれ奥が深いから、一つのものを考えるのに何年もかかってしまう。そういう意味でネタには困らない。研究テーマとしてとてもありがたかった」

ソーラークッカーが32億人の暮らしを改善する!?

 ソーラークッカーはすでに学校の教科書にもとりあげられ、小学3年生に「光」を説明するために活用されている。ところが、ソーラークッカーと言われてピンと来る人はそう多くはいない。太陽光発電で走るソーラーカーと誤解している人もいる。日本の場合、どんな田舎に行っても電気やガスのサービスが受けられる。そのため、ソーラークッカーを活用して調理をしなくても、不自由なく暮らして行くことができる。そんな現代人にとって、晴れないと調理ができないソーラークッカーは不便なものに映る。

 だが、世界に目を向けると日本のように豊かな生活をしている人たちはごくわずかだ。2006年のWHOの調査によれば、動物のフン、ワラ、炭などを主な調理のエネルギー源として使う家庭はまだ世界の半分を占め、32億人の人たちがそれらが燃やされて出てくる煙とともに生きている。その結果、家のなかで空気汚染が生じ、ぜんそく、肺気腫、慢性気管支炎、ガンなどの病気が蔓延。毎年150万人の命が奪われ、世界の死亡原因の第4位になってしまっている。


 アフリカの熱帯林では多くの人の暮らしを支えるエネルギーを確保するために森林の伐採が進む。その結果、ケニアの森林率は1%、エチオピアは10%まで減少した。熱帯林の減少は地球温暖化防止にとって大きなマイナスであるとともに、薪、炭などの高騰につながり、貧困にあえぐ人たちの暮らしを直撃する。


 こうした問題をソーラークッカーが解決する!と、様々なボランティア活動を展開している人たちが世界にはたくさんいる。中條先生もその一人だ。

「ほとんどの途上国でソーラークッカーを活用して暮らしを改善できると思っています。ただ、それぞれの地域で障害となる問題が違う。それを少しずつ解決していくことが本格的に普及する道筋だと思っています。一昨年、エチオピアに行く機会があったのですが、日本で考えたことと現地の要望が全く違う。エチオピアに向かう前は、ソーラークッカーを小さく畳めることは重要ではないと思った。ところが、現地に行ってみると、彼らの住む家が思っていた以上に小さかった。竹組みをしたものに布を張ったような家。当然、広くもなく、住む人数が多い。家の中に持って入るのに小さく折りたためるものがいいと言うんです」


 地球上どこにいても太陽の恩恵は受けられる。実際にエベレスト登山にソーラークッカーを持参し、お茶をわかして飲んだという経験を持つ人もいる。だが、それを多くの人に使ってもらおうとすると別の問題が生じてくる。


「ソーラークッカーの普及を阻んでいるものは、価格であったり、入手の難しさであったり、共通する問題も多いのですが、その地域の食文化であったりもします。たとえば、エチオピアでは外で調理をするのを見られるのが嫌だというんです。外で調理をするということは食べ物を持っていることを教えるようなもの。エチオピアには、誰かが欲しいと言ったら食事をわかち合うという風習がある。そういう風習が残っているのは素晴らしいのですが、他人にあげてばかりもいられない。だから、太陽の光を使って屋外で調理をしているのを見られたくない。食文化はゆっくりしか変わらないので時間をかけて変えていく必要があるんです」


世界の人と手をつないでソーラークッカーを広げたい!

 エチオピアに行ったことをきっかけに足利工業大学でつくっていたパネル型のソーラークッカーがさらなる進化を遂げた。国内の教育用がメインだった足利工業大学オリジナルのソーラークッカーの素材はアルミを貼りつけたダンボールだった。ダンボールだとどうしても水に弱く長持ちがしない。メーカーとともにダンボールを他の素材にする挑戦も始まった。海外で実際に使われるソーラークッカーの方が国内でも教育効果が高い。そのために安くて丈夫な誰でもが使えるソーラークッカーづくりが必要なのだ。 

 こうした取り組みが呼び水となって環境省の「持続可能な地域づくりを担う人材育成事業」をエコロジーオンラインとともに手がけることになり、全国各地で里山エネルギーカフェを開催することにつながった。津波被害を受けた南相馬からもソーラークッカーで実際の調理が楽しめる里山エネルギーカフェをつくりたいという相談も舞い込んだ。途上国での活用とともにいざという時のために使えるエネルギーとしての認識が広まってきたのだ。

 そんな中條先生を中心に足利工業大学でソーラークッカーの全国大会を開催する計画が進んでいる。

足利工業大学自慢の桜を背景に改良中のソーラークッカーを並べてもらった
足利工業大学自慢の桜を背景に改良中のソーラークッカーを並べてもらった

 「世界にはソーラークッカーが何十~何百万台も使用されていると言われています。でも実際に薪がないと何もできない国や地域がたくさんありますから、全然足りていないのは間違いありません。ソーラークッカーの普及に弾みをつけるためにも、まずは日本国内で、どんな人たちが、どんなことをしていて、どこまでソーラークッカーが成熟しているのかを知りたいと思っています」


 “ソーラークッカーは太陽が出ないと使えない”。現時点においてはこの命題を解くことは難しいように思える。だが、化石燃料が枯渇し、地球の森林が破壊されたとき、この命題は“ソーラークッカーは太陽が出れば使える”と逆転する。他のエネルギーがなくなっても太陽エネルギーだけはなくならない。だからこそ、持続可能社会の基本は太陽エネルギーとなる。それを簡易に、直接的に取り入れられるのがソーラークッカーだ。私たちの100年後の子孫はソーラークッカーとともに太陽エネルギーをベースにした暮らしをしているかもしれない。


 そんな暮らしを手にするためにも地球を消費し尽くす現代文明を見直す必要がある。その道筋の一つがソーラークッカーを活用した教育だ。中條先生がいうように世界各国の自然や文化を学ばなければ本格的な普及はほど遠い。世界各地で多様なソーラークッカーの花が咲いた時こそ、持続可能社会への門が開いたと言えるのかもしれない。

 

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