マーケット至上主義に次に来る社会は僕らにどんな希望をもたらすのか?
一見、世界の経済動向と関わりなさそうな僕らNPOでも、今回のサブプライムローン問題をきっかけとする世界金融危機の影響を色濃く受けている。
エコロジーオンラインがシナリオを描き、2年にわたって行ってきた栃木での里山再生事業は、スポンサーとなった不動産系の企業の破綻によって、あっけなく幕を閉じる方向になった。それまで、彼らのスポンサーとなってきた外資系企業がサブプライム問題等によって日本から資金を引きあげ、その穴を埋めようにも日本の銀行からの融資が得られなかったというのだ。
僕らは経済の専門家でもないし、ここから先のことはわからないが、地元では振り返られることのなくなった里山の再生に、都市でのマンション開発などを手がける彼らの力を借りることは、都市住民と地方をつなぐというコンセプトからも、すごく時代に合っているのではないかと考えていた。なにしろ、現代的な農業生産や生活の場としては「非効率的」な、身近な里山的環境を維持するには、時間とお金が必要だ。その点、大手企業のエコのブランディングや社会貢献の取り組みとうまく協働することが、里山の生き残りのひとつの柱ではないかとも考えてきた。
ところが、今回の経済危機はそうした関係をもう一度、考えさせるきっかけとなった。おそらく全国各地のNPOやNGOの仲間のなかには同じように方向の転換を余儀なくされるところも出てくるのではないだろうか。
グローバルに視野を広げると、発展途上国が担ってきた排出権ビジネスによる経済の活性化についても、同じようなことが言えるようだ。
ロイター通信が6日、カーボンオフセットや排出権取引に関わるアジアの状況についての記事を書いている。
>>Tighter credit threatens Asia CO2 credit pipeline
この記事によれば、今回の経済危機が排出権市場を崩壊させるに至らないにしても、大きな影響を与えることは間違いないとしている。現在、京都議定書に深く関わるこのマーケットを支えているのはヨーロッパと日本なのだが、経済危機のなかで経済活動が停滞してくるとCO2自体の排出が減る。その結果、わざわざお金を出して排出権を購入する必要がなくなってくるし、その余裕もなくなってくる。アメリカの危機が飛び火したヨーロッパの金融危機の現状を考えると、これまで通り排出権を購入してくれるのは議定書をどうしても守らないといけない日本くらいだという読みもある。その日本だって本当に経済が厳しくなった時にどんな政策をとるかは未知数だ。
やはり、「発展」と「環境」を両立させるというは、かなり難しいのだ。
だが、ここで見方を変えると、本当に温暖化が起きた場合、地球のあちこちで水や食料の奪い合いが起こりかねない。国内の自然豊かなエリアや発展途上国は、第一次産業の現場という「宝物」を持っている。その貴重な「宝物」を中心にブランドを構築し、僕らのような過度な企業依存にならない体制をつくることが可能だろう。
今回の経済危機をきっかけにどのように社会が変化するのか。しばらくは厳しい時代が続きそうだが、金融や経済に関わらない人でもいろいろと考えるべき余地はある。
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