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緑の街と緑の人びと
第七回
さて今回も自然と子供に配慮した公園の話の続きです。荒れ地型公園のキーワードは「火、水、木、土」と前回書きましたが、これはそれぞれ自然の素を公園に導入することを意味します。完成された遊戯器具(例えば滑り台やジャングルジム)は、ある程度遊べば飽きてしまいます。そこで大人側が「子供はこれで遊んでおけばよい」と考えるような遊戯器具をできる限り排除し、なにはともあれ公園には築山をつくります。そこに丸太や大きな石を転がせておけば、よじ登るのも、ジャンプするのも楽しいでしょう。雑草を植えた(!?)草むらも作り、その辺の土は穴を掘っても楽しめます。きれいに張られた芝生の公園ではこうはいきません。
砂場や築山には飲料水としても利用できる水汲みポンプがあり、ドロンコ遊びも可能。つまり子供にやさしい公園とは、高価なおもちゃを設置することがテーマなのではなく、子供の服をいかに「どろどろ」にするのか工夫した場所なのです。遊戯器具を設置し、管理する代わりに、その予算で砂利や枝、材木などの「遊びの素」を公園に補充することも忘れません。ある公園では焚き火をしてパンやソーセージを焼くイベントなども開かれるようになりました。

私はドイツで感心していることがあります。それはドイツ人という生き物は、何かをはじめるときには理念が確立するまでいくらでも議論するからです。日本人であれば「まあ建前だからこの辺で」と落し所をすぐに考えてしまうような堂々巡りの議論でも、頑固なドイツ人は納得できるまで、机を叩き、つばを飛ばしながら話し合います。また「皆が同じ考えを持っているか、少なくとも同じような考えに納得できるはずだ」というのが前提の日本社会と、「一人一人が異なる考えを持っているのだから、ぶつからないほうがどうかしている」という前提のドイツ社会では話し合いの仕方も違いますし、異なる意見に対しても寛容です。
こういった自然に近い荒れ地型公園のような計画は、議論によってもまれた理念が完全に確立していないと実現させることは難しく、実現したとしても単発で終わってしまうものです。自然に近い公園を作り始めた当初は、「服が汚れる」
「危険だ」 「芝生でないから見栄えが悪い」といった親の苦情が市の庭園課にも実際に多く寄せられたそうです。この苦情を乗り越え、それでも子供達のためだからといって乗り越えられたのは、理念があり、それが学術的な調査で裏付けられているからに他なりません。
さてフライブルク市の方針は、子供にやさしい街づくりです。高齢化社会を活性化するための将来の財産である子供への配慮。次回は公園以外でのその配慮について触れてみたいと思います。

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村上 敦
(ムラカミ アツシ)
1971年生まれ。岐阜高専土木工学課を卒業後、ゼネコンに入社。東京湾埋立工事 などにおいての環境破壊の惨状に疑問を感じ、ドイツ・フライブルクへ留学。フライブルク大学独文科に在籍しつつ、ドイツの環境政治・行政を学ぶ。途中ドイツ人女性と結婚し、休学。その後、フライブルク地方市役所・建設局に勤務し、
現在は日本の環境機器メーカーのアドバイザー、兼主夫。HP(www.geocities.jp/freiburg2004report/)でフライブルクの行政についての分析を行う。」 |
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