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緑の街と緑の人びと
第十五回
前回までは日本とドイツの容器包装リサイクル法(以下、容リ法)の根本的な違い『拡大排出者責任』についてレポートしました。今回は、法律の施行後に発生した結末について考察します。
日本では、容リ法ができた恩恵で企業サイドは、より多様な包装容器を、リサイクルするから「環境に優しい」と銘打って大手を振って販売することができるようになりました。ほとんどのビールがアルミ缶に入れられて売られているものその証拠ですし、ペットボトルも小型化が行われ、包装ゴミの量と種類は増え続けるばかりです。
市民=消費者も、リサイクルされるものが環境に優しいと錯覚・麻痺し、一生懸命分別はするものの、それがどれだけ環境負荷をかけるのかについてはあまり気にしなくなりました。分別が環境に優しいという問題のすり替えです。
また税金での分別回収は未だに自治体ごとに収集方法がばらばらで、自治体の持つ焼却炉と埋立地に相談しながらリサイクルが進められています。どれが一番「環境のために」優れた方式なのかいつまでたっても明らかにされていません。
日本の容リ法は3者痛み分けの原理とはよく言ったものですが、私は一番の痛みを受けたものは他でもない「環境」だと思っています。こんなことならリサイクル法など施行せずに、一度日本中のゴミ捨て場が満杯になり、全国でゴミ非常事態が発生したほうが、荒治療ができてよかったのに、と後ろ向きに思いたくなるのは私だけではないでしょう。
さらにもう一つのポイントですが、確固たるリサイクルの枠組みがこの法律では確立しなかったため、次回以降に詳しく述べるドイツのようにリサイクル市場がいまだに確立されておらず、価値の低い(つまり分別の完璧でない、あるいはPVCが混じったプラスチックなど)リサイクル商品は販売の面でも苦戦を強いられているようです。つまりリサイクルしたはいいが、引き取り手が見つからないから再度ごちゃ混ぜにして、燃料の代わりに何でも燃やしてしまえという愚かな事態です。
さて、企業の猛反対を押し切り『拡大排出者責任』を明確にしたドイツでは、容リ法の施行後五年で、埋立てや焼却にまわされる一般ゴミの容量が四〇%減少しました。つまり自治体の都合によってまちまちに分別されたのではなく、法律施行後は一度にドイツ全土で包装容器が一般ゴミから消え去ったわけです。
さらに包装容器のリサイクルにかかわるすべての費用が、生産者(=企業)の負担となったため、企業は市場原理によって、商品のコストを抑えるために簡易包装を推進し、よりリサイクルしやすい素材(プラスチックよりも紙、発泡スチロールよりも紙)での包装に切り替えられています。
例えばコカコーラ社では一リットル以上のペットボトル容器は何度も洗浄して使うことができるリユース容器を導入していますし、文房具などの販売では、これまで商品を背面にボール紙、前面にはプラスチックのカバーをしていたものが、背面のボール紙に商品を直接取り付け、プラスチックのカバーなしの剥き出しで売られるようなものもでてきたわけです。
リユースされるペットボトル
つまり過剰包装の商品は、包装容器を作る費用だけでなく、その包装容器の処理費用までもコストに含まれるため、「環境のため」という見えにくい形ではなく、「お金」という分かりやすい形で他の商品との差がでてくるようになりました。
ドイツの家庭から出る包装容器と一般ゴミを加えたゴミの総量は、法律施行前より減少傾向にあるのもこれが理由です。EU内の他国では(それほど拡大排出者原理を厳しく追求しなかったところでは)、家庭からのゴミの総量は急増街道をまっしぐらですから、「ボートの穴を塞ぐ」、つまりゴミをそもそも作らないという一番大切な目標をドイツのリサイクル法は達成したといえるのではないでしょうか。
それでは来週は、ドイツの容リ法の仕組みについて詳しい話を続けてゆきましょう。

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村上 敦
(ムラカミ アツシ)
1971年生まれ。岐阜高専土木工学課を卒業後、ゼネコンに入社。東京湾埋立工事 などにおいての環境破壊の惨状に疑問を感じ、ドイツ・フライブルクへ留学。フライブルク大学独文科に在籍しつつ、ドイツの環境政治・行政を学ぶ。途中ドイツ人女性と結婚し、休学。その後、フライブルク地方市役所・建設局に勤務し、
現在は日本の環境機器メーカーのアドバイザー、兼主夫。HP(www.geocities.jp/freiburg2004report/)でフライブルクの行政についての分析を行う。」 |
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