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宿屋から、あたりまえの日本の昔を提案し続ける

株式会社吉水 代表取締役の中川誼美さんにお話を伺いました。

ウッドストックでの経験が礎に

銀座という立地にありながら、日本の伝統的な生活様式を感じることのできる場として海外メディアからも注目の存在となっている宿屋「吉水」。女将の中川誼美さんがあらためてエコロジーを意識し始めたのは、三十数年前に訪れたヒッピーの町、ニューヨーク州ウッドストックでの暮らしからだという。
「食べ物はオーガニックのベジタリアンでしょう。化粧もしないし、髪の毛を切らないからみんなキリストやマリアさまみたいなの。特に手づくりの住まいには驚いたわよ。思いもかけないところにトイレがあったり、家の中が3段になっていたり、日本人が考えるような家のつくりじゃないの。それはもう訪問するのが楽しみだったわ」
目を輝かせて当時のセンセーショナルな経験を振り返る誼美さん。だが、こと食に関しては逆に、彼らに衝撃を与えたようだ。
「キャベツなんか千切りしようものなら、みんな飛んでくるのよ。むこうは食材を手で持ってナイフで剥くように切るだけだから、目を丸くして。だからしょっちゅう人が見えて、いっぱい食事もつくったわよ。野菜の天ぷらも好評で、ほとんど毎日揚げていた感じよね」
子どもの頃から、お母さまに提言するほど食へのこだわりは強かったという。それは今も、吉水で提供する食事に如実に表れている。玄米、農薬を使わない季節の野菜を中心にした和食。素材のうまみを強く感じる大地の味わいである。

宿屋は生活すべてを見せられる空間

それにしても、ウッドストックから一転、なぜ宿屋を? 
「衝動買いしてしまったのよ。京都が学生の頃から大好きで、東京より道をよく知っているくらいに精通しているのね。それでセカンドハウスがほしいなと思っていたら、京都・円山公園で売りに出ていた古家の旅館に出会って……幻想的なサクラの樹に一目惚れしちゃったの。それが京都吉水よ」
 驚くようなことをさらりと言ってのける誼美さん。宿屋経営もそんなふうにさらりと自然体でこなしてきてしまったようだ。
 「客室にはテレビも電話も冷蔵庫も置いていないのよ。建物も、竹のフローリングに、無農薬のい草畳、天井や壁は珪藻土を使った天然素材ね。お掃除は箒と雑巾。飾る花は、農薬が気になるから野の花を摘んでくるの。食べ物もぜんぶ、本物のいわゆるオーガニックを自分の足で歩いて探してね。こうした、あたりまえだった日本の昔の暮らしをもっと大切にしてほしいわね」
 京都吉水を続けるうちに、衣食住のすべてを見せられる宿屋という存在の大きさにあらためて気づいたという誼美さん。「銀座でそれを実現させたい」という半ば使命感にも似たような気持ちで、銀座に土地を買い、ビルを経て、こだわり抜いた建材で、4年前に銀座吉水を誕生させた。

各方面に広がる活動の場

 ウッドストックでの暮らし、衝動買いして始めた宿屋、並々ならぬ食へのこだわり……そこには「日本の少し前のもったいないという気持ちや思いやりの心をもって、そして暮らしそのものを慈しみ大切にしたい」という想いがある。
宿屋女将と同時に持つ、いくつもの顔がそれを証明している。
1年前に移り住んだ神奈川県大磯では、地元住民や観光協会を巻き込んで、豊かな自然の保全や伝統の継承、地域振興を手がける。漁業・林業・農業を応援する海山農海援隊、免疫療法を支援する医療海援隊も結成した。全国からの講演やラジオ出演依頼も多く、ぬかを使った食器洗い、塩と炭での洗濯、玄米を中心とした食事など、自身の暮らしを紹介しながら、「今の生活が自分のカラダや自然にどんな影響を与えているのか考えてほしい」と説いて歩く。
「どこから手を付けたらいいかかわらないくらいに日本はダメな国になってしまったわね。自分のしていることは琵琶湖に目薬を差すようなものよ。無駄だしお金にはならないけど、やらずにはいられないの」
海を渡ったあのときから三十余年。今も、そのパワーは健在だ。
我が家に帰ってきたような、どこか心休まる宿屋吉水。エコハウスという箱ものの大切さと同時に、その中でどう暮らすかが重要と説く女将。誼美さんと吉水にはこれからも、忘れてはならないことを思い出させてくれる、そんな存在であり続けてほしい。

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( 取材:中島 まゆみ 写真:黒須 一彦

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PROFILE:

中川誼美( なかがわよしみ)さん

70年米国ニューヨーク州ウッドストック(ヒッピームーブメントの聖地)に1年間滞在。帰国後、兼業主婦として2児を育てる。98年京都に自然を肌で体験できる宿「京都吉水」を、03年銀座に内装に自然素材を使った10階建てのビルを建築、宿とレストラン「銀座吉水」を開業。