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   <title>エコピープル</title>
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   <title>世界が、花と緑で覆われる日を目指して</title>
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   <published>2008-11-15T03:34:56Z</published>
   <updated>2008-11-15T04:08:49Z</updated>
   
   <summary>庭園デザイナーの石原和幸さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<h3>見捨てられていた苔(こけ)を作品に</h3>

　いま、日本はもとより、世界のガーデニング界のなかで、石原和幸という名を知らない人はいないだろう。まず、1913年から続く最も権威あるガーデニングショー「英国チェルシーフラワーショー」で、今年、３年連続となるゴールドメダルを受賞。さらに、シンガポール・ガーデン・フェスティバル2008年でも、金賞とBest of Showをダブル受賞するという快挙を成し遂げた。
　ガーデニングとは縁がないと思っている人でも、こんな庭園デザイナーが日本にいるということに、誇らしい気持ちになってくるのではないだろうか。
　石原さんがイングリッシュガーデンの本場の国で受けた評価は「AMAZING！（驚嘆！）」だった。なぜかといえば、それまでイギリス人が邪魔者として捨てていた苔を作品に変えたからだ。
「イギリス人は芝に生えた苔を、お金をかけて捨てきました。ところが私は、いままでゴミと言われていた苔を使って庭をつくった。しかも、日本＝石庭といった“わびさび”ではなく、苔を主役にしました。イギリス人がどう思うと自分の庭をつくりたい！　そのことに専念したんです」
　与えられた展示スペース、５メートル四方のなかに創り出されたのは、苔で覆われたドア、屋根の上に雨水が流れ、屋内には小川があり、蛍も飛び交う…という世界。それは、作品というよりは、ひとつの生態系だった。
「庭を見た瞬間に泣き出す人がいました。ヨーロッパのフラワーデザインは足していくデザイン。それに対して和のデザインは削ぎ落としていく…、つまり、いかに少ない植物で自然を表現できるかです。ヨーロッパのデザインに比べると、一見すごく地味ですが、よく見ると枝先などにパワーがあるんですよ」

<h3>地元の植物で、人を呼び込む</h3>

　ガーデニングというと、あちこちから美しい花々を寄せ集めて植えるというイメージがあるが、石原さんはシンガポールへ行けば熱帯の植物を、イタリアだったらオリーブで…というように、その国々の植物を使うことにこだわる。
「風景をつくっているんです。僕がこの道に入った原点は、華道の池坊ですが、池坊には、風景や季節を切り取って生けるという考え方がある。さらに、植物だけなく、この植物を植えたら、こんな蝶や鳥が飛んで来て…というようにイメージが膨らんでいく」
　だから、プロジェクトを行う現地に入ると、石原さんが最初に向かうのは山や川だ。
「自然が何をしたらいいかを教えてくれる。地元の植物を植えたほうが強いし、育ちが早い。緑化も進みます」
　もはやガーデニングの域に収まらないその仕事は、町おこしへの取り組みにも発展。2000年には長崎県長与町に、「まなび野の森」を設立した。
「人口４万人の町に、森をつくり、四季の植物を楽しめるカフェやパン屋などの店舗がある。人がいるところに店を出すのではなく、風景をつくり、店を出すことによって人を呼びたいと思った。この森ができてからは、町の人々が競い合って花を植えるようになりました。いまは年間10万人の人が訪れます」
　ほかにも、新潟に10キロメートルのあじさいロードをボランティアでつくるなど、全国各地で花と緑のプロジェクトが進んでいる。
「最近、緑の神様が私に乗り移っているんじゃないかと思うことがよくあるんですよ（笑）」

<h3>日本から緑を発信したい</h3>

「地方の町で花屋さんを見つけると、この町の人たちは優しいんだなと思います。だけど、花屋さんで食べていくのは大変。だからそういう人たちに、庭をつくりなさいと言うんです。花屋さんが庭をつくったほうが愛のある庭ができます」
　いまは東京を拠点に仕事をする石原さんだが、地方の町おこしを思うとき、そこにはいつも生まれ育った長崎への思いが重なる。
「私は原爆二世なんです。子どもの頃はみんな貧しかった。でも、その頃の長崎には、６月は蛍が飛び交い、秋は赤とんぼで空が染まるほど豊な自然がありました。それなのに、いまは日本で一、二位を競うほど人口が減少し、高齢化が進んでいる。長崎を花と緑で埋め尽くして、人が増えたらいい、長崎が花の聖地になったらいいなと…」
　地方都市の発展や町おこしというと建物や施設をつくることを考えがちだが、石原さんは、違うと言う。
「花と緑が人を呼ぶんです。それがわかれば、日本だけでなく、アジアの各国にも発信できる。さらにアフリカなどにも広がっていく可能性がある」
　失われた生態系を復活させるためには、多くの人が関わらなくてはいけない。だからこそ人材の育成は大きな課題だ。
「木を植えることも大事だけれど、人を育てることがもっと大事。あと30年、40年後には、世界中から日本に人が来て、日本を参考に森をつくるようになればいい。マーケットが大きくなれば、働く人たちも増える。だから、緑のプロを育てる学校を全国につくっていきたい。日本を緑化することで、北極や南極の氷が溶けるのを止めることができると私は思っています。地球はつながっているんですから」
　町の小さな花屋さんから地球全体の緑化まで、石原さんのプロジェクトは、きっと世代を超えて広がっていくに違いない。なにしろ、“緑の神様”が微笑んでいるのだから。
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   <title>自然の力、おひさまからの恵みの価値を広めたい</title>
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   <published>2008-10-15T00:00:39Z</published>
   <updated>2008-10-15T06:09:02Z</updated>
   
   <summary>パッシブソーラーハウスの第一人者、石原信也さんにお話を伺いました。 </summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<h3>太陽の熱エネルギーを活用した家づくり</h3>

　もうすぐ暖房が活躍する季節。暖房温度を控えめにするとしても、電気や灯油の消費に抵抗感がある人が多いのではないだろうか。家庭で消費するエネルギーのうち、約60%を暖房や給湯が占めるというデータもある。冬のエネルギー節約は大きなテーマだ。
 「でも、暖房やお湯をわかすのに、それほどエネルギーはいらないんです」と、OMソーラー協会の代表取締役、石原信也さんは断言する。
 「熱は、手を擦り合わせると温かくなるぐらいのエネルギーです。暖房で必要な温度は20～23℃ぐらいで、お湯で必要な温度もせいぜい40℃ぐらい。それをつくるのにわざわざ電気を使う必要はあるのだろうか。太陽のエネルギーを熱としてダイレクトに利用できるのではないだろうかと考えたんです。そして生まれたのがOMソーラーでした」
　OMソーラーの家では、冬は太陽の熱で温めた空気を、基礎部分に送って熱を蓄えておき、夕方以降に放熱して建物全体を暖める。夏は屋根の熱を利用してお湯を採り、余った熱を屋外に排出する。このように説明すると複雑そうだが、石原さんたちの考えはとてもシンプルだ。
 「昼間に干した布団は夜も温かいし、洗濯物は太陽と風で乾きます。どちらも電気を使う必要はありませんよね。そんな仕組みを家の単位で活用したのがOMソーラーの家なんです」

<h3>ぬくもりと安全が両立した家</h3>

　太陽の力で暖房をするので、地域によっては補助の暖房が必要だが、太陽さえ出ていれば留守の時でも家を温めておいてくれる。だから夕方、家に帰ると、まるで誰かが留守番していたかのようなぬくもりで出迎えてくれるのが特長の一つだ。OMソーラーの家に住む多くの人は、その瞬間に「OMソーラーのありがたさを感じる」と語っている。木の床でも裸足で歩ける、室内に置いた観葉植物の育ちがいい、子どものぜんそくが良くなったといった話もよく耳にするという。
 「すべてがOMソーラーによる効果というわけではなく、生活スタイルが変わったことも大きいと思いますが、吹き抜けの大空間にしたこと、全館暖房にしたことなど、家づくりに与えた影響も大きいと思います」
　全館暖房は、実はとても大切なこと。家の中に温度差があると、<span name="t01" id="t01">ヒートショック</span>（<a href="#heatshock">*１</a>）が起こる可能性が高まるからだ。実際にヒートショックによる事故例が全国で一番少ないのは、全館暖房が当たり前の北海道というデータがある。そんな事故が起きにくいことも、OMソーラーが選ばれる理由の一つになっているようだ。

<h3>一棟ずつ実績を築き、進化し続けるOMソーラー</h3>

　OMソーラーの家が生まれたのは1987年。<span name="t02" id="t02">パッシブソーラー</span>を（<a href="#passive">*２</a>）研究してきた建築家、奥村昭雄氏と、石原さんが勤めていた浜松の工務店が共同で、総合展示場にOMソーラーの家を展示することになった。その際に空気の力で床暖房できるという小さな記事が業界新聞に載ったところ、ノウハウを教えて欲しいという声が全国の工務店から寄せられた。そこでOMソーラー協会を設立することになり、石原さんも加わった。
やがて石原さんらはワゴン車にコンピュータや資料を積み込み、全国の主要24都市での説明会を開始する。しかし、100名ぐらい入る会場に1社しか来ず、「あなたのために来ましたと」言ったこともあるという。それでも冬にマイナス数十℃になる釧路で、しっかりと暖かい家が建つなど、次第に効果が実証されるようになった。

　以来、約20年たった今も普及への試行錯誤が続いている。現在の課題は得た熱エネルギー量を数値化して表現することだ。メーターで測定できる太陽光発電と異なり、太陽熱、とりわけ暖房効果の測定は難しい。そのため、“太陽熱市場の再生”に取り組んでいる東京都とともに、取得したエネルギーを数値化する方法を検討しているという。
 「東京都では、来年の4月に熱エネルギー証書を発行することになっています。これによってますます熱エネルギーの価値が注目されてくるはずです。そして東京都が動くことで全国の自治体にもこういった制度が広がっていくと思います」と、石原さんは期待する。
　次世代エネルギーとの融合にも取り組んでいる。
 「僕らは太陽エネルギーのうち、太陽熱の活用を一生懸命やってきましたが、太陽光発電や、燃料電池などの次世代エネルギーとの融合も考える必要があると思っています。OMソーラーの家づくりは、あくまで太陽熱利用と、それを有効利用できる建物の性能、設計手法がベースですが、その上で、次世代エネルギーとの最適な融合を目指しています。すでに太陽熱を取り込むファンや、お湯を採るためのポンプを太陽電池で動かしているんですよ」

<h3>太陽エネルギーの利用はますます広がっていく</h3>

　増改築やリフォームへの進出も考え、試行段階にある。現在は狭小地域や増改築、別荘などでも活用できるようなシステムにも取り組んでいるところだ。さらに最近では農業関係から、「作物の温室や、養鶏場、養豚場などにOMソーラーを導入できる可能性はないか」との問い合わせも増えてきているという。
 「燃料代の高騰が大きな引き金になっていると思いますが、燃料の問題だけではなく、これからの農業のあり方、食に対する人々の意識の変化などもかかわることですから、他業界の話だからと見過ごせないと感じています。こういった分野でも太陽エネルギーの有効利用が進むことが、改善のための一つの手段になるのではないかと考えています」

　取材中に見せていただいたOMソーラーのCM（協会のサイトで視聴可能）の中では、次のような言葉が使われていた。「夏は夏らしく、冬は冬らしく。自然の力とともに暮らしを楽しみたい。古い民家が夏涼しいように、干した布団が夜もあたたかいように。そんな家づくりができないだろうか」。OMソーラー協会は、これからも太陽熱の有効活用と、自然と共生する暮らしの価値を発信し続けてくれるに違いない。
<br style="clear:both"/>
<div style="font-size:83%;color:333333;line-height:115%">脚注
<div id="headshock" name="headshock"><a href="#t01">*１　ヒートショック</a>　</div>
急激な温度の変化により、血管が急激に収縮し、身体に異変を及ぼすこと。心臓や脳内血管にダメージを受ける例が多い。

<div id="passive" name="passive"><a href="#t02">*２　パッシブソーラー</a></div>
建築的な方法や工夫によって太陽や風などの自然エネルギーを利用する方法。それに対して集熱器のような特別な装置で太陽熱を濃縮したり、電力に変換したりするのはアクティブソーラーと言う。
</div>
<br style="clear:both"/><div align="right">（取材・写真：<a href="http://www.eco-online.org/eol-people/toshihiko_iwama.php">岩間敏彦</a>）</div>

<br style="clear:both"/>]]>
      
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   <title>素晴らしい音楽が聴こえる世界が続くように</title>
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   <published>2008-09-14T23:58:27Z</published>
   <updated>2008-09-15T07:56:18Z</updated>
   
   <summary>ヴァイオリニストの宮本笑里さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<strong>『そらべあ』をひと目見て気に入って…</strong>

　８月17日、「そらべあ夏祭りin Smaile Mediage♪」の会場となった、お台場メディアージュの屋内広場に、豊かなヴァイオリンの音色が響いた。
　北極の氷が溶けて、母クマとはぐれてしまったシロクマ兄弟の絵本『そらべあ』に親しんでもらおうというイベントで、絵本の朗読会と、ヴァイオリニストの宮本笑里さんによる演奏会が行われたのだ。
　この日、宮本さんが演奏したのは、９月３日にリリースされたアルバム『tears』にも収録されている「THE世界遺産」(TBS系テレビ)のメインテーマ曲「Les enfants de la Terre〜地球のこどもたち〜」と、そらべあのテーマ曲「そらべあ物語」。
　休日の思いがけない演奏会に、多くの人が足を止めて聴き入っていた。恵まれた容姿と、聴くものを惹き込む確かな力量。“天は二物を与えた”と賞賛されるのもうなずける。
　演奏後、宮本さんに、そらべあとの出会いを聞いてみた。
「自分でも絵を描くのが大好きなので、絵本の『そらべあ』をひと目見て気に入ったんです。短い話ですが、内容が深いし、絵もかわいくて味わいがありますよね。ぜひ、演奏したいとお引き受けしました」
　完成したアニメーションは１分40秒ほどの台詞のない短編作品で、美しい楽曲と、のびやかなヴァイオリンの旋律が物語を彩っている。　
「羽毛田丈史(<a href="#ukeda">*1</a>)さんのデモテープを最初に聞いたときに、私がイメージしていたよりすごくドラマチックで素敵な曲にしていただいたという印象でした。大曲が１分ちょっとに凝縮されている感じでしたね。私の夢のひとつとして映画音楽にも携わってみたいと思っていますので、今回のように絵と音楽だけで表現するというのは貴重な体験でした。とても気に入っています」

<strong>小さなことでもエコにつながれば</strong>

　地球温暖化という大きな問題を、特に子どもたちにわかりやすく伝えたいという思いで作られた『そらべあ』だが、今年の夏は猛暑と大雨が続き、誰もがいままでとは違う異変を実感したのではないだろうか。宮本さんも、この夏の猛暑には首を傾げる。
「なんだかおかしいって感じます。去年よりも気温が上昇しているような気がして、数年後にどうなってしまうんだろうと思うと怖いですね」
　実は、宮本さんは幼い頃から、“音楽”と“環境への配慮”を生活のなかで自然に学んできた。オーボエ奏者として活躍されたお父様（<a href="#miyamoto">*２</a>）の仕事の関係でドイツに滞在することが多かったのだ。ドイツは優れた音楽家を多く輩出しているだけでなく、いまや環境先進国としても知られている。
「中学生くらいになって気づいたことですが、ドイツでは学生の間でもゴミの分別に厳しかったんです。マイバッグを持つのは当たり前で、レジで袋は無料ではもらえませんでした。比べてしまうと、日本の暮らしのなかで、もったいないと思うことはよくありますね」
　買い物だけでなく、家のなかでもなるべく無駄をなくすよう心がけているという。
「私の場合は、小さなことでもエコにつながればと思ってやっています。たとえば、フライパンの底にちょっとでも水滴がついていれば、その分よけいにエネルギーが使われてしまうので、水滴をふきんで拭くというようなことです。もともと母がそういうことにこまめですね。ガスコンロが汚れていると火力が弱まるので、きれいに掃除したり、鍋から火がはみ出さないように…というようなことは普段から気をつけています」

<strong>ヴァイオリンは生きている</strong>

　音楽家としても地球環境は大きな関心ごと。なぜなら、ヴァイオリンのような楽器は木でできており、名器と言われる楽器を作ることのできる木は年々手に入りづらくなっているからだ。
「私にとって木はとても身近で、形を変えても生きているっていう感覚があります。ヴァイオリンも呼吸をしていて、暑すぎても寒すぎても割れてしまいます。だから、大切にしたいですね。いまは、楽器が古ければいいという考えもだんだん変わってきていて、もう1600年代の楽器は使えなくなってきています。楽器に使われる木がどんどん減ってしまうということは、将来、子どもたちが楽器を使いたくても使えなくなってしまうかもしれないということです」
　素晴らしい音や音楽を後世に伝えていくことは、音楽家としての大きな役割のひとつ。だからこそ、日常のなかでも環境への配慮を自然に行えるのかもしれない。
　さて、そんな宮本さんが約１年ぶりにリリースしたアルバム『tears』は、カノンやチャールダーシュといった宮本さんが愛するクラシックの小品や、人気作曲家による書き下ろしオリジナル曲など、クラシック初心者にも十分楽しめる内容となっている。
「自分でも贅沢な１枚になったと思います。私自身、どちらかという小品やわかりやすい曲が好きなんです。聴いていただく方にも、こういった曲を入り口として、クラシックを身近に感じていただけたらうれしいですね」
　シンプルな曲だからこそ、表現したいことはそのまま伝わってくる。そういう意味でも『tears』は、ひとりの音楽家の魅力がいっぱいに収められたアルバムと言っていい。
　今後も宮本さんは、そのピュアな感性のまま、私たちに素晴らしい演奏を聴かせてくれるだろう。彼女が大切にしているヴァイオリンの呼吸に寄り添いながら。


<span style="font-size:83%;color:333333;line-height:115%">
（＊注釈）
<div id="ukeda">*１</div> 羽毛田丈史…作曲家、編曲家、ピアニスト。ゴンチチ、葉加瀬太郎、元ちとせ等のアレンジ・プロデュースや、数々のテレビ番組に楽曲を提供し、自身もソロアルバム『PRESENTS』をリリースしている。今夏にはアニメーション版「そらべあ」のテーマ曲を手がけた。
<div id="miyamoto">*２</div>　宮本文昭…オーボエのソリストとして世界的に高い評価を得た後、2007年にオーボエ奏者としての活動にピリオドを打つ。東京音楽大学オーボエ専攻の教授として後進の指導に取り組むほか、指揮者としても活躍。著作や講演活動も行っている。
</span>]]>
      
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   <title>暮らし×音楽×エコロジー　その歌声はやさしくあたたかく</title>
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   <published>2008-08-14T23:18:25Z</published>
   <updated>2008-11-16T03:54:06Z</updated>
   
   <summary>ミュージシャン HARCOさん・Quinka, with a Yawnさんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.eco-online.org/eco-people/">
      　東京・渋谷のライヴスペース。開場前、客席の列の間をHARCOさんは向こうへこっちへと走り回っていた。『きこえる・シンポジウム2008夏』…音楽とともに地球環境のことをゆったりと感じて欲しいという想いで企画されたイベントのプロデューサーとして、ステージスタッフ、出演ミュージシャン、ブース出展者との挨拶や打ち合わせがめまぐるしく続く。開演してからも、PAブース、楽屋、ステージサイドへと動き回る。「一生懸命」そう書いてあるような顔だった。そしてイベントのトリを取る形でステージに登場。この日のオープニングステージを飾った共同プロデューサーのQuinka, with a Yawnさんがキーボードとコーラスでサポート。歌声は、まるで解き放たれた香りが風にのっていくように会場を包んでいった。

　ともにミュージシャンであるHARCOさんとQuinka, with a Yawnさんはご夫婦でもある。２人が「環境のために何か行動しないと」と明確に思い始めたのは、わずか１年前のことだという。
「ゴミ出しに行った時に思ったんです。なんでこんなにゴミが出るんだろう？…って」と語るHARCOさんは、趣味で山登りをするようになって以来、そこで見る現実が本やテレビで見てきたものと違うことに違和感を感じていた。Quinkaさんは、ちょうど去年の夏に全曲を長野の古民家でレコーディングしたというアルバム「Field Recordings」の制作が転機になった。子供の頃から自然に囲まれた場所で遊び、野菜も栽培していたという家庭に育った彼女は「緑の気持ち良さを伝えたい」と強く思うようになった。そして出会った映画『不都合な真実』。その最後にこんな言葉が出て来る。“この問題について声をあげましょう”…２人は揃ってこの言葉に動かされた。

　HARCOさんとQuinkaさんの活動はこうして家庭発で始まった。だから２人からのメッセージはすんなりと私達の心に溶け込む。会議室から始まった話ではないというのは大事なポイントかもしれない。ぜひ一度CDを聞いて確かめてみて欲しい。
「ミュージシャンという視点だけでなく、家族の視点でやってる部分ってあると思います。だから『きこえる・シンポジウム』では“生活感”っていうテーマが自分の中にありました。これ用に作った特設サイトは、イベントが終わった後も僕たちのホームページに残してあって、環境のためにみんながどんなことをやっているか…今も意見交換が続いているんですよ」
エコとは “企画”ではなく“生き方”なんだという姿勢がHARCOさんのこの言葉から伝わって来る。だからといって何が正しいのか、仕事にエコを絡めても本当にいいのか…真剣に悩んでノイローゼになりそうになったこともあったらしい。そもそも音楽の作風として「生活感」や「暮らし」の要素が多い２人である。家庭から始まった小さな変化は、それぞれの考え方にもさらにフィードバックを起こす。Quinkaさんはこんな風に説明してくれた。
「自分の周りのものをちゃんと見ることが大切だという想いは、今まで以上に強くなってきました。世界でどういうことが起きているかを知れば知るほど、まず自分の所をちゃんとしないと！って思うし。家族とか、使う水の量とか、一番近くを逆に気にするようになりますよね」

　そんな２人のエコに対する微妙な考え方の違いが、家庭っぽくてまた面白い。HARCOさんによると、「僕はちゃんと節約できているか結果が数字で実感できないとだめなタイプ。例えば電気。使っていない部屋はブレーカーごと切っちゃったりもするんですが、後で電気代の領収書を見てその成果に満足するタイプ。でも彼女は“やることに意義がある”っていうプロセス重視型」
　一方、２人は自宅の庭で野菜も育てている。たい肥作りから手掛ける本格派だ。「生ゴミ、落ち葉、米ぬかなどを混ぜて作ってます。毎朝虫との戦いですけどね。でもそのおかげで色々な虫を発見します。土を掘れば何かの幼虫とかミミズとか。もちろんカマキリやバッタなんかもいるし…昔は虫が苦手だったはずなんですけどね」と、子供時代はインドア派だったHARCOさん。

　そして仕事の場面でも、２人はこの１年間で次々とエコ化を実践中だ。冒頭で紹介したイベント『きこえる・シンポジウム』では会場内のドリンク容器にリユースカップを使用。使用電力はもちろん自然エネルギー。その申請も自らが行うだけでなく、実際に各地の風力発電施設へ足を運んだ。里山にも行った。その様子をオーディエンスに映像で紹介。また、ここ最近２人が取組んでいるのが、ステージ上で喉を潤すために飲むドリンクを水筒に入れることだ。これは「My Stage Bottle」と名付けて音楽業界に広く提唱を続けている。
「ミュージシャンの中でもエコに対する姿勢は様々で、そういうことやってるんですよ〜って話しても、“ふ〜ん”って言ったっきり会話が終わっちゃうことも珍しくないんです。だから人に話すのも意外と勇気がいるんですよね」
そんなQuinkaさんの話を聞くと、音楽業界も私達の周りの社会も同じようなものだと感じる。ミュージシャンだから特別な状況にいる訳ではないのかもしれない。
「自分の得意なやり方が何かを見つけると楽ですよね。あと頑張り過ぎないことも結構大切かも知れません。例えば６％減らせてるかも…って思ったら、あとはそれを持続させることに集中した方が、“もっともっと”って思って息切れしちゃうよりいいですよね」とHARCOさん。今回の『きこえる・シンポジウム』は前回（2007年12月に開催）よりも大きな会場でできたので、今後は規模に関係なく、このイベントを続けることを重視したいと考えているそうだ。

「自分の暮らし」「自分の仕事」…等身大の自分自身を見つめた１年間。
だからこそ、HARCOさん・Quinkaさんが口にするメッセージには、私達の背中をやさしくあたたかく押してくれる力があるのかもしれない。

取材の後、近くの駅までHARCOさんが車で送ってくれた。
やめるかどうするかの夫婦会議の末、「楽器を運ぶ時くらいにする」…ということで手元に残した普通のワゴン車だ。車で1km走るとビニール袋10枚分のCO2を排出するという話を聞いて以来、「走っていると、フロントガラスの向こうでビニール袋が飛んで行くのが見えるようになってしまった（笑）」というHARCOさんは、赤信号でそっとアイドリングを停めながら、「次の夢はエコツアーに参加してみたいんです」と話を続けた。
      
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   <title>やさしくしていますか？　つながっていますか？</title>
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   <published>2008-07-15T03:13:14Z</published>
   <updated>2008-07-15T05:32:05Z</updated>
   
   <summary>J-WAVE編成局編成部長の久保野永靖さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<strong>　“グリーン”は世界的な合言葉</strong>

この春、“東京にグリーンな気持ちを広げよう！”ということでスタートした J-WAVEの「GROW GREEN PROJECT」。その試みのひとつとして６月まで配布されていたのが、ゴーヤの種だった。入手して蒔いた人は、ゴーヤの成長を日々楽しみにしていることだろう。
　自分の家や会社の壁面にゴーヤのグリーンカーテンを育ててみたいという思いは、どんどん広がり、当初の予定３万袋を大幅に超える４万袋を配りつくした。このプロジェクトの中心人物が、同局編成部長の久保野永靖さんだ。
「なぜゴーヤだったかというと、まず、グリーンカーテンで涼んでほしいっていうのがありました。それに、食べられる楽しみもあるから、自分の生活に取り入れやすい。GROW GREEN PROJECTは、街の緑化推進というだけじゃなく、そこから生まれる気持ちが大事なんです」
　なるほど、芽が出る喜びを感じたり、実がなるのを待ち遠しく思ったり、いままで素通りしていた街の植物に視線がいったりと、種を蒔くという小さな出来事は新鮮な“気持ち”をもたらしてくれそうだ。
　そんな清々しいプロジェクトの呼びかけには、一般の人たちだけでなく、IDEE SHOP、adidas、ソトコト、planted、TOHOシネマズ、DEAN&DELUCA、ＪＲ東海、東京トヨタ、大塚製薬、Earth Day Tokyo、earth day moneyほか、多くの企業やNPOが参加し、垣根を超えたムーブメントとなった。
「今年は、エコロジーや、やさしさという意味合いで、世界的に“グリーン”が合言葉になっているような気がする」という久保野さんは、いままでも、「Are you UNIQUE？」、「THINK！TOMORROW」、「UNIVERSAL LOVE」といった、みんながちょっと気になるコミュニケーション・ワードを提案してきた人だ。
「僕は、ぼんやりだし、気が利かないんだけど、これ面白いなぁ、いま必要なのはこんなことかもしれないなぁっていうのが常にあって、わりとその勘は大切にしています」

<strong>聴いているだけで気持ちいいラジオ・ステーションに</strong>

「ラジオは、ふと耳に入ったときに頭の中でイメージできるから、知的な理解をしやすい。聴覚しか使わないけれど、五感をフルに使っている以上に感覚的だと思います。それに加えて無目的というか、目的をはっきりさせて聴いてはいないから、リスナーが予想していないことが起こる。ある曲がかったときに、え？この曲なに？って知りたくなる刺激もそう。人間の好奇心や本能的欲求が体験できるメディアなんです」
　そうしたラジオというメディアのなかでJ-WAVEが担う役割とは？
「みんなが好きな音楽だけを放送するんだったら、iPodと同じですよね。ラジオにはそれにプラスワンした機能が必要だと思うんです。J-WAVEは東京のローカル局なので、東京のアイコンとしてのステーションは、どんなメッセージを発信したらいいのか、どんな機能があるのかを考えながら、街を歩いています」
　今年開局20周年を迎えるJ-WAVEは、実は、とても早い時期から、エコバッグつくり、フリーマーケットを開催するといった、エコロジー的な発信をしてきたラジオ・ステーションでもある。
「都市生活と環境問題は表裏一体です。便利な暮らしがあるからこそ、同時にエコロジーについて考えていく必要がある。J-WAVEでは2005年から『グリーン・キャスティング・デイ』と名づけて毎月１日と祝日に風力発電や水力、バイオマスといったグリーン電力<a href="#greenenergy"> * </a>による放送を開始しました。自然エネルギーを使うことで、“聞いているだけで気持ちいい”っていう感覚を伝えたかった。結果的に、エネルギーソースの選択は、従来型の発電システムだけでなく、まだほかにもたくさんあるんですよっていうプレゼンテーションにもなりました。自然エネルギーについては、かなりの宣伝ができたんじゃないでしょうか」

<strong>やさしさ”と“多様”、そして“つながり”</strong>

　久保野さんの思いは、温暖化の解決やCO2を減らそうということだけでもない。
「この先、100年、200年と人類が生きていくとして、自分の利益ばかりを考えて、子どもや子孫のことを考えずに地球の資源を喰いつくしてしまうのか、それとも、未来のことを考えることができる種なのか問われているんだと思います。僕は、エコという考えの先に“やさしさ”という、大きな視野を持てたらいいなと。それから、“多様”も大事なキーワード。それぞれの違いを認め合うことですね」
　やさしくなれること、違いを認め合うことで、人は利己主義から解き放たれて、つながり合えるのかもしれない。防災士<a href="#bousaishi"> * </a>の資格を持つ久保野さんは、これからの時代は、特に地域やコミュニティとのつながりが重要だと感じている。
「2004年くらいに、国はもう面倒みることができませんから、みなさん自助努力してください！って、社会構造が変わった感じがしたんです。いろんなものが官から民へ移行して、気がつけばNPOもたくさん増えた。もし大規模災害が起きたら、国が動くまでは自分たち自身で地域を助けるしかないでしょ。その時に地域の人たちのつながりは大切だし、いろいろなNPOも活躍する。災害の時に限らず、普段からラジオはその地域コミュニティのハブになれるはずだと思うんです」
　そして、今、何よりも面白いのが、地域やコミュニティ、NPOなどで出会う人たちなのだとか。
「保守で革新でもない第三世代層の志向っていうのがあって、それが東京の新しい潮流になる可能性を持っている。文化の感応力が高いニュータイプが出て来ていると感じます。そういう可能性をもった若者たちが今、NPOやコミュニティに集まっているように思うんです。ついつい“応援するよ”なんて言っちゃうんですよね」

「J-WAVEは、未知の世界とリスナーをつなぐ扉のようなもの」と、久保野さん。共感して、扉を開けて入って来た人たちが、それぞれ自由につながってほしいという。
「お互いに距離感がある東京だからこそ、つながっていくといいと思うんです」
　地球温暖化は、もちろん止めなくてはいけない。でも、その前に、自分はやさしいだろうか、誰かとつながっているだろうか。インタビューを終えて、そんなふうに問いかけてみたくなった。

<div style="font-size:90%;color:gray;"><b>（※注）</b><br />
<div id="greenenergy" name="greenenergy">グリーン電力…環境に負荷を与えない自然エネルギーによって発電された電力。風力、地熱、太陽光、バイオマスなどがこれに当る。</div><div id="bousaishi" name="bousaishi">防災士…特定非営利活動法人日本防災士機構による資格。防災意識の啓発や災害時の避難誘導や救助などに当る。
</div></div>
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   <title>エコは、おしゃれか、モテるか、儲かるか</title>
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   <published>2008-06-11T01:57:40Z</published>
   <updated>2008-06-13T08:23:05Z</updated>
   
   <summary>ラジオＤＪ やまだひさしさんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<strong>僕はエコ初心者担当</strong>

　10代を中心としたリスナーに圧倒的な人気を誇る『やまだひさしのラジアンリミテッドDX』（TOKYO-FM/JFN系列全国38局フルネットにて放送）のDJやまだひさしさんは、「僕は、エコの初心者担当。ものすごく知ったかぶりできるし、すごくいい位置に居られるからね。もっとエコのこと勉強したい人は次のステージに行く。それは他の人に任せている」と笑う。とかく堅苦しい話になりがちなエコも、やまださんにかかれば敷居はめちゃくちゃ低い。
「エコは別にみすぼらしくてケチケチしたものじゃないんだよって。むしろ、リッチになるし、モテるよ！っていうようなことを言いながら僕自身もハマっていったので。おしゃれか、モテるか、儲かるかみたいな…そんなんでいい。ちょっと過激に思うかもしれないけれど、エコ儲かりますよ！って言うと、ぽけーっとしたおじさんも、パッとこっちを見ますから（笑）」
　難しい環境用語をバッサリと斬ってしまう達人でもある。たとえば、中学生が「排出量取引について教えてください」と質問すれば、「排出量取引っていうのは、要するに金で解決っていうことだよ。ひどい話だろ？　あとは自分で調べろ！」という具合。
　実は、やまださんのトークによく登場する「あとは自分で調べろ！」は、やまださん自身がお父さんに言われてきた言葉でもある。
「この意味なに？って聞くと、“辞書で調べろ”って必ず言われるのね。なんで教えてくれないのかと思ったけど、“辞書を引くと、前後の文章も覚えるからだ”って。エコも同じなんじゃないかな」
　確かに、情報や答えだけをポンッと与えられるよりも、自分で調べることで世界は広がっていく。与えられるのを待っているのではなく、自ら動くこと、想像すること、つくり出すことの大切さを、やまださんはお父さんから学んだようだ。
「うちの父親はサラリーマンだったけど、物作りが好きだったね。週末になると何か作っていた。いちばんはまっていたのが日曜大工。だから、僕が使っていた机やベッド、滑り台…ぜんぶ手づくりなの。小学校入学のときに家具屋さんに連れて行かれて、どの机がいい？って聞くから、「これ！」って言うと、寸法を測って店を出ちゃう。そのまま大工センターに連れて行かれて、木材選んでるわけ。明日から机で勉強できると思ったのに、２学期になっても３学期になっても出来ない。そりゃそうだよ、日曜日しか作れないんだもん。いつ出来るんだよ？もう頼むよって（笑）」

<strong>若い子たちにとってエコは当たり前になる</strong>

　若い頃は環境のことを考えたこともなかったという やまださんが、エコと言い出したのは、６～７年前のこと。なぜエコだったのか。
「僕がラジオを始めて、今年でラジオ10年目になるんだけど、当時中学生だったリスナーがいつの間にかOLになったりしている。かつて10代だった子たちに、いまも聞いてます！って言われたときに、ん？待てよ、この人は成長しているのに、俺、止まっちゃっている？　そう思ったら、何しゃべっていいかわからなくなった。壁にぶつかったんだよね。自分も新しいことを発見したいし、身につけたいって思った。そのうち、環境問題があちこちで言われるようになって、ゲストに呼んだミュージシャンが再生紙でジャケット作ったり、フジロックみたいな音楽フェスで、ゴミを拾って帰る若者とかを見て、え？　ライブ終ってからゴミ拾い？　無料で？って驚いた。僕は何もしてないや…って」
　おそらく当時、エコを考えて行動しているのは若い世代のごく一部の人たちだったはず。でも、やまださんは、「いまから普通にこういうことを伝えれば、この子たちにとっては、それが面倒くさいっていう感覚じゃなくて、当たり前だって思えるようになるんじゃないか」と感じたという。
「だけど当時は、環境教育っていうと上からの物言いと、悲劇的な話しかしなくて、それがすごくやだった。未来の話をするのに、もう絶望的だとか、住むところも食べ物もなくなるんだよって言われたら、じゃあ宇宙に引っ越せって言うの？って」
　絶望している場合ではない、“行動すれば未来は変えられる”ことを、どうしたら若い世代に伝えられるだろうと、やまださんは考えた。そして生まれたのが、音楽のパワーを借りて、面白く、楽しくエコを伝えるRe-Style LIVE（<a href="#restylelive">＊</a>）だった。

<strong>Re-Style LIVE VOL.5withチーム・マイナス６％の裏テーマ</strong>

　Re-Style LIVE VOL.1が開催された2003年以来、自らプロデュースと総合司会を担当。同郷でもあるGLAYのメンバーを中心に、ORANGE RANGE、HYDE、元ちとせ、木村カエラ、絢香…など、そうそうたるメンバーの賛同を得て開催してきた。とにかくライブに来てもらい、アーティストを通じて地球環境に少しでも関心を持ってもらうのが狙いだったが、今年５回目を迎えたRe-Style LIVEは、いままでとはちょっと違う。
「最初は、いろんなアーティストのライブが見れるからみんな来てたんだけど、回を重ねるごとに、“音楽も楽しかったけれど、もう少しエコについて知りたかった”という意見も増えてきた。だから、今年はエコについてのボリュームを上げてるの」
　実は、今回のRe-Style LIVE VOL.5 withチーム・マイナス６％では、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットで、当時12歳の少女が大人たちに向けて訴えた伝説のスピーチが裏テーマとなっている。奇しくも今年の夏、やまださんの故郷、北海道でG8サミットが開催されるとあって、この裏テーマへの思い入れには並々ならぬものがあるようだ。
「自分が生まれ育った北海道に世界各国の首脳が集まって何を話し合ってくれるのかっていうのは大変興味があるけど、それと同時に、16年前にセヴァン・カリス＝スズキ（<a href="#sevansuzuki">＊</a>）という少女がそうした人たちの前で、あれだけのスピーチしたのに、何も変わってねえじゃないか！って言いたくて、今回、朗読をモチーフにショーをやるんです。国の偉い人たちに僕たちの意見が本当に届くのか、そろそろはっきりと教えてくれ！っこと。それから、普通の人たちが普通にエコの気持ちを持って行動していかないと、だめなんだっていうことを伝えたい」
　そして、世界環境デーの６月５日。Re-Style LIVE VOL.5 withチーム・マイナス６％の東京会場となったNHKホールは、今年も10代を中心とした若い世代で埋め尽くされた。ライブで使用される電力は、グリーン電力証書によるもの。アーティストもスタッフもリユースカップを使い、バックステージでの食事は、地産地消に即した東京や関東近郊産であることをアピール。最高にハッピーなライブと演出で会場がヒートアップした終盤、セヴァン・カリス＝スズキの言葉が俳優の緒形直人さんの声で朗読されると、会場は水を打ったような静寂に包まれた。
　ライブを目前に控えたインタビューで、「エコのボリュームを上げてみて、どうだったかは、このライブが終った後にわかる。結果が楽しみだね」と言っていた やまださん。鳴り止まない拍手がその答えだったのではないだろうか。

<img alt="yamada4.jpg" src="http://www.eco-online.org/eco-people/images/yamada4.jpg" width="105" height="158" style="text-align:center"/>

<div id="restylelive" style="color:gray;line-height:125%;">
＊ <strong>Re-Style LIVE</strong>…2003年から始まり、環境省のサポートで行われる毎年恒例となっている一大環境イベント。VOL.5の今年は、東京は６月５日にNHKホールで、Les Frères、KCB、w-inds、風味堂、The brilliant green、松岡充・都啓一（SOPHIA）、Robin Dupuy(CHELLO)、山田大祐(影絵師)と俳優の緒形直人さんによる朗読によるライブ、いとうせいこう＆柳生真吾をトークゲストに迎えて開催。北海道は６月10日に札幌市教育文化会館で、orange pekoe、CREATIVE OFFICE CUE、福原美穂、ONE☆DRAFTが出演。</div>


<div id="sevansuzuki" style="color:gray;line-height:125%;">＊<strong> セヴァン・カリス＝スズキ</strong>…『あなたが世界を変える日　12歳の少女が環境サミットで語った伝説のスピーチ』（学陽書房）が出版されている。</div>


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   <title>ポイント・グリーン。それは、みんなの脳の中にある“小さな環境意識”</title>
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   <published>2008-04-30T23:49:35Z</published>
   <updated>2008-05-01T02:38:29Z</updated>
   
   <summary>心療内科医でもある、環境大臣・鴨下一郎さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<strong>環境問題の解決にリーダーは要らない</strong>

　政界に入って15年。昨年、安倍内閣に引き続き、福田内閣でも環境大臣に任命された鴨下一郎さんは、環境大臣になる以前から環境問題に向き合って行動を起こしてきた人だ。かといって、その方法は政治家にありがちなトップダウンではない。
「私は環境問題の解決にリーダーは要らないと思っています。上から“やれ！”と言われたら、かえってみんなの意識はしぼんでしまうかもしれない。いままでにもすごく熱心な人は何人もいたけれど、その人たちだけでは世の中は動かない。１人が一生懸命に旗を振るよりも、みんながちょっとずつ意識することが大切です」
　そこで鴨下さんが広めているのが “ポイント・グリーン” という考え方。ポイント・グリーン？ これって、環境に優しい物を買うと貯まるポイント!? と思いきや、“頭の中にある小さな環境意識”のことなのだそう。

「頭の中をCTスキャンなどでスライスして見ると、ちょっとグリーンの部分がある… そんなイメージですね」
　もともと心療内科医でもある鴨下さんは、人の “意識” がどのように“行動”につながるかをこんなふうに説明してくれた。
「私たちは行動する前に、頭の中に何らかの考えが “芽” としてないと、行動には至らないわけです。逆に言うと、頭の中で強くイメージしたものは必ず実現すると言ってもいい。環境問題について行動している人は頭の中はほとんどグリーンな状態。一方で、環境は大事だと思っていても、寒いところでダウンジャケットを着て我慢するってわけにはいかないし、10分くらいだったら歩いて行けばいいのに、つい車に乗ってしまう…というように、わかっているけれど行動できない人も多い。でも、そういう人の頭の中にもちょっとずつは環境のことを考える気持ち、つまりポイント・グリーンがある。みんなの頭の中にあるポイント・グリーンは、１人だと小さいけれど、みんなで表現して発信し合うと行動に結びつきやすくなってくるんです」

　頭の中にあるポイント・グリーン＝環境意識を発信する方法はいたって簡単。緑色のアイテムを身につければいいのだ。携帯のストラップでも、アクセサリーでも、手帳でも、ハンカチでも何でもOK。自分が普段身につけているアイテムでさり気なく表現できてしまう。
「あの人も、この人もグリーンなものを身につけている。みんな環境のことを意識しているのか。そうか…って心強い気持ちになって、だったら自分も行動してみようと。たとえば、１人だったら早起きして会社に行くのは辛いけれど、みんなが電車に乗って行くと当たり前になるでしょ。それと同じように、まず環境について意識してもらって、意識をしている人たちがワンポイントのグリーンで表現する。それがネットワークでつながって、だんだんみんなの環境意識が高まってきて、閾値を超えると、ある瞬間に行動へと変わるんです。その行動は三日坊主で終わるかもしれないけれど、自分が三日坊主、隣りの人が三日坊主、その隣りの人が三日坊主…ってやれば９日間誰かがやっていることになる。自分は３日で飽きてしまったけれど、誰かがやっているのを見て、じゃあまた自分もやろうか、という相乗効果が生まれる。そのためには、まずは、環境のことを意識している仲間を増やしていかなくては」
　みんなの中に芽生えた小さなポイント・グリーンが、いつか大きな変化を生み出すと鴨下さんは信じている。

<strong>一人ひとりがグリーンのアイテムで表現して欲しい</strong>

「かつては、100年くらいかかって変化したパラダイムが、情報社会によって10年くらいで変わる可能性があります。環境を意識した価値観が次のパラダイムになっていけば、まだ間に合う」

　“まだ間に合う”という言葉に、鴨下さんが大きな危機感を持って、ポイント・グリーン運動に取り組んでいることがわかる。その危機感の源は、環境大臣という職務に就く遥かむかし、中学生時代にまでさかのぼるのだった。
「私が中学生の頃は、日本は高度成長期で、東西冷戦が始まって、また核戦争が起こるんじゃないかっていう時でした。当時、恐怖の対象は核戦争だったけれど、その後に公害問題が出てきたり、乱開発が行われたりするのを知るにつけ、このまま人類は滅びるのかな…と考えた。昆虫や植物が好きな少年だったこともあって、サスティナブルな生き方ってどういうことなんだろうなって、悩みに悩んで夜も眠れず死にそうになったほど。いま考えてみると、あの年頃にありがちな“生への執着”であり“死への恐怖”だったんじゃないでしょうか。それが私のポイント・グリーンの芽生えで、いま、政治家をやるうえで世の中を変えるのにはどうしたらいいか、ということにつながっているんだと思います」

　間に合わなくなる前に、より多くの人にポイント・グリーンを広めるために鴨下さんが行っているのが音楽フェスなどの開催だ。そこには、思い思いのグリーンのアイテムを身につけた人たちが集まって来るという。
「私のいまの到達目標は、出身の足立区の荒川河川敷で100万人のエコライブをやることなんです。人間って情緒の部分が大きくて、何を言われるんだろうかって、理性で思っているときは、なかなか脳の中に考え方が染み込まない。でも、感動しているとき…つまり心が動いている状態なら、警戒心というドアがポンッと開いている。そういうときに、まわりの人も自分と同じ思いで、アーティストもメッセージをくれたら、そうだ！って思えるんですよ」

　なるほど、エコ、エコって声高に叫ばなくても、グリーンのアイテムを身につけて表現（＝発信）するだけでいいんだ。それならやってみようかな、という気持ちになってくる。
「私は、変化までにはそんなに時間はかからないと思っています。“まりも羊羹” って知ってる？　ゴムで包まれた丸い羊羹で、爪楊枝で刺すとツルンと剥ける。みんなの環境に対する意識が中身の羊羹だとすると、もう、ぱんぱんになっている状態に近いと思う。あとは、いつ楊枝が刺さるか。まだ捨てたものじゃない。みんなでがんばりましょう」
　今年は、７月に北海道の洞爺湖でG８サミットが開催される。しかし、政治の力だけでは何も変えられないということを、鴨下さんは改めて教えてくれたのだった。
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   <title>ノセる！巻き込む！盛り上げる！〜イベントで引き出す社会のヤル気</title>
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   <published>2008-04-03T01:54:55Z</published>
   <updated>2008-04-22T13:33:24Z</updated>
   
   <summary>アースデイ東京・事務局長 中島悠さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      とても失礼ではあるが、“プラス20歳”の人生を歩んでいるような気がする。早熟タイプである。そしてそのキラキラと輝く瞳に今たくさんの人々が動かされている。『未来はきっと変えられる』という想いを受け取って…。

2006年からアースデイ東京・事務局長を務める中島さんは、自らを「ただのお祭り好き」だと言う。「高校時代は入学した時から学園祭の事しか考えてないような生徒でした。で、１日でも長くやりたいから、２日間だった学園祭を３日間にするための活動を１年生の時からやってました(笑)」　普通なら先生に頼み込む、要望書をどうにか作って提出する…それ位が頑張れる範囲だ。しかし中島さんの“お祭りへの情熱”は桁違いだった。「生徒の中には学園祭期間を休日にして学校に来ない人もいる。その参加率を上げなければならない。ゴミの問題もある。生徒側のマナーも改善しないと先生が認めてくれないのは当然。だから学校全体のムーブメントにしなければダメだと思ったんです」　

そこからの中島さんの行動を一気に紹介しよう。まず学園祭通信を毎週発行。読まない生徒がいるのも当然なので署名活動や横断幕作成にも取り組み、「生徒がいつも学祭の事を考えてしまうような雰囲気(笑)」に。また学園祭の目玉の一つとして芸能人の誘致を目指す。その一方、期間延長によって減少する授業数の分散プランを全学年分（中高一貫校のため６学年）作成、３日間にすることの効果分析と併せて学校側に提示。生徒・教員によるミーティングを２週ごとに開催。PTAの講演プログラムも企画。生徒・先生・親の三者が盛り上がれる構図づくりにアイデアを出し続けた。さらに学園祭に向け学校全体で取り組むボランティア活動を立ち上げ、学園祭への意識向上と社会的意義を構築。具体的には、障害者の野球チームとの交流試合、地元のゴミ拾いなどに取り組んだほか、授業内で環境家計簿を作成し、あの京都会議に届けた。

「高校一年の時に24時間テレビのボランティアとして車椅子の方々のお世話をしました。その体験がヒントになったんですが、社会のために色々な人が参加できる仕組みを作るのが面白いって気づき始めたんです」　そんな学園祭運営の過程でゴミ問題の対応にも興味を持った中島さんが、ごみゼロナビゲーションなどで知られるNGO・A SEED JAPANを知るのも自然な流れだったのだろう。学校史に残るお祭り男は、FUJI ROCK FESTIVALやSUMMER SONICなど環境志向の高い音楽イベントを支える活動に進んでいった。


その中島さんが環境家計簿を京都会議に届けてから10年が過ぎた。アースデイ東京・事務局長として３年目を迎える。「世の中はどんどん進んでいて、いま出来なくても来年できるようになるものがたくさんある。だから少しでも出来る可能性が今ある事は追求した方がいい」との思いから、今年のアースデイ東京（4/19〜20 東京・代々木公園）には燃料電池を導入。去年までのバイオディーゼル、ソーラーパワーと併せた３大エネルギーによるイベントのグリーン化に挑む。企業協賛も58社にまで増えた。しかもただお金を出すだけでなく、出展・ツールの提案までを含めた協賛を依頼しているという。「10万人が参加するイベントをみんなで支えるという気持ちが根底に必要なんです。自発的な気持ちの集まりで運営されるイベントですから、ボランティアのスタッフは使う道具や仕入れる材料の一つひとつにまでこだわっています。これがいいお金の循環を生み出す訳で、そんな活動をバックアップして頂くことが企業の気持ちが伝わるPRに繋がります」　中島さんの言葉を借りると、100万人に発信して1000人に振り向いて貰うのがＣＭの手法ならば、100人に呼びかけて90人に振り向いて貰うのがイベント。来場者にじかに伝わる出展者の想いの強さや温かさ、それをどんな仕組みで引き出すのか…学生時代からお祭りのために使ってきた頭脳がフル回転する。「国際的に連帯することがアースデイの意義だし、最大の強味だと思います。それを今年も継続し、来年も再来年も継続することを一番大切に考えています」


前回のアースデイ東京は来場者12万人。日本最大の市民フェスティバルとなった。いかにたくさんの人を巻き込むか…10年前の学園祭男そのままに中島さんはエコロジーのフィールドで様々なイベントを仕掛けて行く。昨年は世界７大陸で同時開催された『LIVE EARTH』も手掛けた。「そもそも好きな事っていうのが社会活動なんです。で、そんな活動に参加していたら、結果的にお金がついてきた。自分はまず目的が先にないと生きて行けないタイプ。好きなことを社会問題に絡める、その事自体が仕事になる。それを目指すのが僕の人生のミッションだと思っています」

まず社会ありき。その目線から仕事を組み上げていく。颯爽と社会の盛り上げ役を買って出る若きお祭り男に、熱い声援を送る人々が多いのも頷ける。

      
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   <title>“世界の風に価値を持たせる”</title>
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   <published>2008-03-05T14:17:01Z</published>
   <updated>2008-03-15T14:18:00Z</updated>
   
   <summary>日本風力開発株式会社　代表取締役社長　塚脇正幸氏にお話を伺ってきました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.eco-online.org/eco-people/">
      <![CDATA[「日本に何日分の石油が備蓄されているか、知っていますか？」商社に勤務していた当時の仕事について尋ねると、逆に質問された。
「答えは半年足らずです。一般の人はそういうことを知らずに、暮らしているでしょ。その裏で命懸けで一生懸命やっている、エネルギー業界の人がたくさんいるのです」第２次オイルショックとイラン・イラク戦争のさなか、商社マンとして中東からの石油の調達に苦労した。中東からの石油が止まったら、日本はどうなってしまうのかを考えると、日本独自のエネルギーを開発するしかないと考えた。

「エネルギービジネスは、エネルギーをとった人が勝ちます。日本は石油もガスもウランも外国に売ってもらわなければなりません。でも自然エネルギーはどこにでもあります。もちろん日本にもあるので外国とエネルギー源として奪い合う必要はないですから」なかでも風力発電は技術革新もあり、必ず成長すると考え勉強を重ねた。商社に残ることも考えたが、安定はしていても、一度きりの人生だが、自分が世の中で最も役に立つのは何なのかと、悩みに悩んだ結果退職した。

「起業するのは苦しいことです。でもたくさんの人との出会いがあり、その人たちにもらった『思い』やその人たちとの必ず成功させるという約束があります。会社を成功させるのに必要なのは、“人”です。モノもお金も人についてきます。」
起業当初、資金繰りが厳しくなると、商社の同期の仲間たちがボーナスを集めて持ってきてくれた。商社時代の仕事で、自分がリストラした人たちがやってきて、1年間無給で働いてくれた。金融機関が相手にしてくれない中、政府系のベンチャー・キャピタルの社長は「日本にはそういう仕事が必要だ」と社内の反対を押し切って出資をしてくれた。
社員も今では８０人を超え、名だたる企業からの転職者も多い。「社員はみんな『何かやらないと』という前向きな危機感をもって仕事をしてくれています。でももっと、前へ進みたい。　いつまでも補助金をもらっていることを是としたり、自然エネルギーだからやさしい電気のように言ってもらって喜んだりということからは業界として卒業してゆかないと」

「天気予報はよく見ますよ。お天気キャスターよりも天気には詳しいかもしれません」いつも風が気になり、空を見上げることも多い。どこにどのくらいの風が吹いているかは、社内の立地開発の担当者やメンテナンスの部署など、だれもが気にしている。「風力発電施設を建設するのに大切なことは、地元にお金が落ちる仕組みを作ることです」雇用が生まれ、風車が地域のためになっていることを認識してもらえれば、将来に渡っていい関係が作れる。企業として地域に貢献することを常に考えているという。

「将来は発展途上の国々に学校を作りたいです。ぼくらの世代に何ができるかと考えたら、未来の子どもたちに、残せるのはモノのような与えられるものではなく自分で考える教育ではないでしょうか」
行楽日和じゃなく、少し風のある日に、３人の娘さんと皇居を散歩するのが何よりの楽しみと笑った。

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   <title>スポーツが未来の子どもにできること</title>
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   <published>2008-02-01T00:00:01Z</published>
   <updated>2008-02-01T03:59:52Z</updated>
   
   <summary>サッカー日本代表監督　岡田武史さんにお話を伺いました。</summary>
   <author>
      <name>管理者</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.eco-online.org/eco-people/">
      <![CDATA[スポーツをする人は環境の変化に敏感である。きれいな空気や水・緑などがなくなると、できなくなってしまうから。<br />
岡田監督は学生時代から環境問題に関心を持っていた。「大学生のとき『成長の限界』という、環境破壊や地球資源の枯渇についてのレポートを読んで衝撃を受けた」<br />
１５年ほど前、ドイツにサッカーを学ぶため家族とともに滞在した際、たくさんのエコな体験をしたと言う。「ある冬、車で旅行をしてアルプスを越えるために、車ごと列車に乗る順番を待っていた。すぐに後ろの車の人が降りてきて『環境に悪いからエンジンを切ってくれ』と注意された。他の車を見たらみんなエンジンを切り暖房をせずに、ダウンジャケットに帽子をかぶって震えながら待っている。これはすごい国だなと思った」<br />
帰国後もサッカーに軸足を置きつつ、さらに多くの環境に関する本を読んだり、環境のＮＰＯの活動に参加しながら勉強を重ねた。<br />
<br />
サッカーはボールひとつでできるシンプルなスポーツ。しかしＪリーグの試合を開催すると、環境負荷の大きいイベントになってしまう。そこで日本サッカー協会として環境プロジェクトをやりましょうと川渕会長に持ちかけた。「まず試合をやることで発生するＣＯ２をオフセット(<a href="#offset"><u>※</u></a>)する。次にサッカー選手の影響力を活かした環境についての啓蒙活動。さらにＦＩＦＡ（国際サッカー連盟）に日本発の環境保全に関する提案をし、それを世界各国へ伝えたい」<br />
Ｊリーグが目指す地域に根ざしたスポーツクラブを作ることで、人々のライフスタイルを変ることができると考えている。「日本では子どもだけでゲームセンターに行ったり、デパートで買物することがレジャーになっているでしょ。でも全国各地にスポーツクラブができれば、休日に家族で地元のクラブに出かけていろいろなスポーツを楽しむことができる。モノを消費しなくても、自分の体を使うことで新しい豊かさや喜びが生まれて来るんじゃないかな」<br />
<br />
長年にわたり環境問題に関わってきた監督も、ここ数年の環境に関する活動の盛り上がりには驚くとともにチャンスだと考えている。このタイミングを活かし、再生可能エネルギーを主体とする持続可能な社会の実現のため、発起人として「地球環境イニシアティブ」という政策提言グループを発足させた。「地球の４６億年という長い歴史の中で、人類の存在はほんの一瞬にすぎない。その一瞬に人類が地球環境にしたことのしっぺ返しを受けようとしている。そのしっぺ返しをうけるのはだれか？　ぼくらの時代は大丈夫かもしれない。子供の時代はどうか？　孫の時代は？　インディアンの格言に『自然は子孫からの借りもの』というのがある。いろいろな環境活動に対して『そんなことしても』とか『どうせやったって』と言われますよね。でもぼくらには、地球の未来に対する『希望の光』を子どもたちにつないでいく義務があるんじゃないかと思うんです。そのために多くの人に向けて、力を合わせて一緒に踏み出そうと呼びかけています」<br />
<br />
最後に代表監督に就任した決意について尋ねた。「夢みたいなことかもしれないけど、日本人の発想力を活かして世界をあっと言わせるチームを作りたい。そういう大きな夢がなかったら、代表監督なんて引き受けられない」<br />
サッカーの日本代表監督としてはもちろん、環境問題についての夢の実現にも期待したい。<br />
<br />
<br />
<div class="caption">
<a name="offset"></a>※CO2のオフセット：日常生活で発生するCO2を吸収するための木を育てたり、クリーンエネルギー事業を支援することで、CO2（＝カーボン）を埋め合わせ（＝オフセット）しようとすること。</div><br /><br />

（取材：吉野裕昭　　写真：毎日新聞　山田茂雄）
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   <title>キモノが奏でるハーモニー</title>
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   <published>2008-01-01T14:00:01Z</published>
   <updated>2008-01-08T00:35:02Z</updated>
   
   <summary>ラジオDJ/ナレーター　守乃ブナさんにお話を伺いました。</summary>
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      <![CDATA[かつて「鈴木万由香」という名前で守乃ブナさんがDJをしていた頃、B’zと出演するラジオ番組の収録に立合わせて頂いた事がある。たくさんの機械に囲まれたFM局のスタジオで、和服姿にヘッドホンを着け番組を盛上げていく光景が印象的だった。もちろんその出で立ちは日本を代表するロックスターの２人をも魅了し、彼らからベタ褒めされていた。

同じように多くの人が着物姿をどこかで目にすれば、“あ、いいな！”と思うはずだ。お正月、成人式、結婚式…。街なかですれ違うだけで思わず目を奪われてしまう。なのに自分で着ようと思うかというと、また別問題だ。そんな我が身を恥じながら投げかけた質問に守乃さんは優しい眼差しで答えてくれた。
「値段の問題もあるけれど、人間は慣れているものに寄って行く習性がありますよね。出掛ける時、ジーンズ履いてＴシャツ着て飛び出せば５分もかからない。でもこの着物だって慣れれば10分で着られちゃうんですよ。」
この“５分の差”を大きいと感じるか感じないか…である。現代人にとっては感じないくらいの方が、実はいいのかもしれない。
「ムダがない生活を求め過ぎなのかもしれませんね。服にもスローがあってもいいんじゃないかなって思うんです。」
スロー・ファッションとでも呼べばいいのだろうか。その５分を惜しむ事をやめて着物を着る機会を持つようになると、生活はこう変化してくるらしい。例えば、アイロンのかかっていないハンカチ、バサバサの髪の毛…そんなのが合わないことに気がつく。そうして身なりを整えていく結果、「毎日を丁寧に過ごしたいと思う」ようになるのだと。
「それに和服を着ると、自分がぶれなくなるんです。疲れが溜まって姿勢が悪くなると、その“ズレ”がまず着物を崩してしまう。それに着物は中心線がハッキリ出る服…左右の襟を合わせた位置や帯締の結び目などポイントが真ん中に揃うものだし、背中側も縫い目が真ん中にくるように着る。だから姿勢を真っ直ぐに…となると、気持ちを真っ直ぐに持つ事が自然と必要になってくるんですね。」

そんな守乃さんも、着付け講師や着物カウンセリング/スタイリング・アドバイザーといった着物に関する活動を始めたのはここ数年のことである。それまでには「着物なんて古くさい、鬱陶しい」と毛嫌いした学生時代もあったそうだ。しかし、そもそも子供時代は祖父母に育てられたため「着物がそばにある生活が当たり前だった」。そんな女の子がやがて、どんなお婆さんになりたいかを考える大人になった時「自分のお婆さんのような着物が似合う女性に…」という想いから今の道が開け始めた。
「最初は30年計画のつもりでゆっくりやるはずだったのが、アッという間にのめり込んじゃって…。例えば着物には色々な生地がある。で、どこの産地の生地にはどういう特徴があるなんて事を知ると、今度はその土地の地理や歴史も知りたくなる。そういうのってお酒とか音楽とかでも一緒じゃないですか。ロックが好きだ〜って追究していくうちにアメリカを通り越してアフリカまで行っちゃう…みたいな。」
そして今や、時には和服姿でスタジオに現れる「DJ・守乃ブナ」や「ナレーター・守乃ブナ」がいるのである。
「家にお爺ちゃん・お婆ちゃんの着物がある…という人は、まずそれを出してみるだけで着物への第一歩が始まるはず。無いという人は一度呉服屋さんに行ってみて下さい。いい呉服屋さんほど実は敷居が低いんです。着物が初めてというお客さんこそ大事にしてくれますから。」


<img alt="045morino_icon.jpg" src="http://www.eco-online.org/eco-people/images/045morino_icon.jpg" width="96" height="89" align="left"/>
新年を迎えて「和」の良さを再認識する季節でもある。そして「和の暮らし」こそがエコロジーだと言われるようになって久しい。でも守乃さんは「着物＝和とは考えていない」と言う。
「“和”っていうと“The日本”みたいに考えられがちだけど、“和”は世界のものだと思っています。同じ“わ”の音を持つ他の文字を考えてみると、環・輪・話…など周囲にある物や人と繋がっていく言葉が出て来ますよね。よい“環”境の中で私達は“輪”を作って交流が生まれ、そこで色々な“話”が語られて“和”を創り出す…そんな事全てを想像していくと、“和”って“ハーモニー”だと思うんです。たまたまそういう事に敏感だった民族の一つが日本人だったというだけで…」
「自分がそこに組合せを見つければ、それが何であれ“和”が生まれる」という守乃さんの言葉に、ちょっと自信を貰った気がする。まずは何でもいいから新しくやってみたいと思った事に一歩踏み出してみればいい。それが必ず自分自身とのハーモニーを生み、私達一人ひとりを和の暮らしに導いてくれる違いない。

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   <title>いつまでもきれいな海を残したい　そのためにできること　</title>
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   <published>2007-12-05T03:12:04Z</published>
   <updated>2007-12-17T08:24:21Z</updated>
   
   <summary>エコサーファー　堀直也さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      神奈川県、辻堂の駅に降り立つ。かすかな潮のにおいがする。ここは日本のサーフィン発祥の地とも言われている湘南だ。この場所を拠点としてエコサーファーの堀直也さんは活動している。長身で日焼けした笑顔が印象的だ。

「まずは海、行ってみましょうか」
あいにくの曇り空で肌寒い。ふと足下を見ると堀さんはいつのまにか裸足である。
「とにかく海が大好きで。小さなころから親父がよく海に連れて行ってくれまして。素潜りとかタコを素手で捕まえたりとかやってました。もう自然に体が海を欲しているというか」
中学生の頃は釣りにあけくれ、高校時代は水泳部、大学は海洋学科に進学、この頃からサーフィンを始める。生活の中に絶えず海の存在があった。
卒業後は一般企業に勤務、朝の出社前に一人で海のゴミ拾いをしたという。
「もうきりがないんですよ。ゴミがなくならない。声をかけて参加してもらっても続かない人が多くて。一人でやることの限界を感じましたねえ」
海を大事にする、かっこいいサーファーになりたい、と考える。サーフィンの盛んな場所のサーファーたちはどんな様子だろう、とカリフォルニア、ハワイ島に渡る。
「特にハワイでの半年間がよかった。地元のサーファーたちからいろいろ学びましたよ。向こうの子供は海で遊びます。だいたい3時から6時くらいまで遊ぶんですけど、その時間、大人たちはサーフィンはしない。他の所から来たサーファーにはローカルサーファーが教えるんです。今は子供たちの時間だから待ってって。彼らは海で遊ぶ楽しみを毎日続けているし、それを子供たちにも伝えている、ぼくがやりたい海の守り方だなあと。ゴミに関しても行政が海のビーチクリーンをしているんです。もう当たり前でしたね」


帰国後、フリーマガジン「ES（Eco Surfer）」を創刊、執筆や編集も担当する。現在では年三回、一万部発行しており湘南地区の約350店舗に設置されている。
「海やサーフィンのことを伝える使命感を感じます。子供たちやみんなに海のことを知って欲しい、だから表現していきたい。その手段ですね」
堀さんはいま第一、三土曜日の月二回、辻堂のサーファーたちが行うビーチクリーンに参加している。
「ただゴミひろいだけじゃつまらないなあ、みんなが楽しくなるアイデアはないかなと思ってたんです。砂浜にはガラスのかけらが結構落ちてる。これを何か価値あるものにして、使えないかなと」
勤務していたエコ商品メーカー「がんこ本舗」（茅ヶ崎市）の社長の協力を得て、地域通貨“ビーチマネー”の取り組みが始まる。砂浜のゴミ拾いの時にビーチグラス（角が取れ丸みを帯びたガラスのかけら）も集めてもらい、それが湘南の協力店舗で通貨として使えるような仕組みを作った。ビーチマネーとしての基準は大きさが３cm以上であること、角が丸くなっていて握っても痛くないことなどがある。一店舗につき1人1ヶ月一回まで、大きさや色によって最高300円程度の割引が受けられる。
「この辺の店のオーナーはみんな海が好き。はじまって一年半たった今、だいたい50店舗が参加してくれてます」

今年9月会社を辞めエコプランナーを目指し独立した。エコロジーをキーワードにした事業を企業や地域に提案する仕事だ。
「ぼくは海やサーフィンが好きで、きれいな海を残したいから環境に興味を持った。環境をよくしていくには地域の協力は欠かせない。これは地域の活性化にもつながります。企業や地域とうまく連携しながら行動していくためにプランナーとしてつなげていければと思うんです」
地域の小学校とも定期的に交流を持っている。初め3年生だった子がいま6年生、すでに3年間関わっている。
「総合の授業に参加してるんですけど、一緒に遊んでるって感じです。みんなとビーチクリーンにも行くんですけど、その子たちが“このゴミって全部大人が捨てたんだよね”って言うんですよ。ハッとします。何かを教えるという立場じゃない、むしろ一緒にやってください、という気持ちです。子供たちからはいつも教えてもらってばかりですよ」
「難しいことは専門の学者さんにやっていただいて、ぼくはいろんな人にもっと海を知って欲しい、海に来て欲しい。そのために動きたい」と堀さんはいう。原動力になるのは“海が好き”という気持ち。そんなシンプルな気持ちから広がっていく今後の活躍が楽しみである。

      
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   <title>宿屋から、あたりまえの日本の昔を提案し続ける</title>
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   <published>2007-11-06T01:15:38Z</published>
   <updated>2008-02-28T01:30:17Z</updated>
   
   <summary>株式会社吉水　代表取締役の中川誼美さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
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      <![CDATA[<strong>ウッドストックでの経験が礎に</strong>

銀座という立地にありながら、日本の伝統的な生活様式を感じることのできる場として海外メディアからも注目の存在となっている宿屋「吉水」。女将の中川誼美さんがあらためてエコロジーを意識し始めたのは、三十数年前に訪れたヒッピーの町、ニューヨーク州ウッドストックでの暮らしからだという。
「食べ物はオーガニックのベジタリアンでしょう。化粧もしないし、髪の毛を切らないからみんなキリストやマリアさまみたいなの。特に手づくりの住まいには驚いたわよ。思いもかけないところにトイレがあったり、家の中が３段になっていたり、日本人が考えるような家のつくりじゃないの。それはもう訪問するのが楽しみだったわ」
目を輝かせて当時のセンセーショナルな経験を振り返る誼美さん。だが、こと食に関しては逆に、彼らに衝撃を与えたようだ。
「キャベツなんか千切りしようものなら、みんな飛んでくるのよ。むこうは食材を手で持ってナイフで剥くように切るだけだから、目を丸くして。だからしょっちゅう人が見えて、いっぱい食事もつくったわよ。野菜の天ぷらも好評で、ほとんど毎日揚げていた感じよね」
子どもの頃から、お母さまに提言するほど食へのこだわりは強かったという。それは今も、吉水で提供する食事に如実に表れている。玄米、農薬を使わない季節の野菜を中心にした和食。素材のうまみを強く感じる大地の味わいである。

<strong>宿屋は生活すべてを見せられる空間</strong>

それにしても、ウッドストックから一転、なぜ宿屋を？　
「衝動買いしてしまったのよ。京都が学生の頃から大好きで、東京より道をよく知っているくらいに精通しているのね。それでセカンドハウスがほしいなと思っていたら、京都・円山公園で売りに出ていた古家の旅館に出会って……幻想的なサクラの樹に一目惚れしちゃったの。それが京都吉水よ」
　驚くようなことをさらりと言ってのける誼美さん。宿屋経営もそんなふうにさらりと自然体でこなしてきてしまったようだ。
　「客室にはテレビも電話も冷蔵庫も置いていないのよ。建物も、竹のフローリングに、無農薬のい草畳、天井や壁は珪藻土を使った天然素材ね。お掃除は箒と雑巾。飾る花は、農薬が気になるから野の花を摘んでくるの。食べ物もぜんぶ、本物のいわゆるオーガニックを自分の足で歩いて探してね。こうした、あたりまえだった日本の昔の暮らしをもっと大切にしてほしいわね」
　京都吉水を続けるうちに、衣食住のすべてを見せられる宿屋という存在の大きさにあらためて気づいたという誼美さん。「銀座でそれを実現させたい」という半ば使命感にも似たような気持ちで、銀座に土地を買い、ビルを経て、こだわり抜いた建材で、４年前に銀座吉水を誕生させた。
<strong>
各方面に広がる活動の場</strong>

　ウッドストックでの暮らし、衝動買いして始めた宿屋、並々ならぬ食へのこだわり……そこには「日本の少し前のもったいないという気持ちや思いやりの心をもって、そして暮らしそのものを慈しみ大切にしたい」という想いがある。
宿屋女将と同時に持つ、いくつもの顔がそれを証明している。
１年前に移り住んだ神奈川県大磯では、地元住民や観光協会を巻き込んで、豊かな自然の保全や伝統の継承、地域振興を手がける。漁業・林業・農業を応援する海山農海援隊、免疫療法を支援する医療海援隊も結成した。全国からの講演やラジオ出演依頼も多く、ぬかを使った食器洗い、塩と炭での洗濯、玄米を中心とした食事など、自身の暮らしを紹介しながら、「今の生活が自分のカラダや自然にどんな影響を与えているのか考えてほしい」と説いて歩く。
「どこから手を付けたらいいかかわらないくらいに日本はダメな国になってしまったわね。自分のしていることは琵琶湖に目薬を差すようなものよ。無駄だしお金にはならないけど、やらずにはいられないの」
海を渡ったあのときから三十余年。今も、そのパワーは健在だ。
我が家に帰ってきたような、どこか心休まる宿屋吉水。エコハウスという箱ものの大切さと同時に、その中でどう暮らすかが重要と説く女将。誼美さんと吉水にはこれからも、忘れてはならないことを思い出させてくれる、そんな存在であり続けてほしい。

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   <title>イケてるECOを発信する　EMERALD DRIVE</title>
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   <published>2007-10-14T15:00:01Z</published>
   <updated>2007-10-19T04:47:16Z</updated>
   
   <summary>シホ有限会社G-Revo代表取締役社長の藤田志穂さんにお話を伺いました。</summary>
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      <name>管理者</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.eco-online.org/eco-people/">
      <![CDATA[<p>
<strong>渋谷から広がるEMERALD DRIVE</strong><br />
いま、さまざまなメディアで注目をされている藤田志穂さん。19歳で有限会社を起業し社長を務め、さらにsifowというアーティストとしても音楽活動をしている。<br />
今年の５月、渋谷の街中を、かわいい服にヘアメイクやネイルでおしゃれをしたギャルの集団が練り歩いた。「ファッションブランドか何かの宣伝かな？」そう思ったが、よくよく見ると手にはカラフルな箸を持っている。不思議な光景で、気になってしかたがない。その正体は、藤田志穂さんが手がける、若者からハッシンするエコプロジェクト『EMERALD DRIVE』の第１弾イベントだ。この名前には、エメラルド色の自然を個人のエコ運動(ドライブ)で大切にしよう、という意味が込められている。<br />
<br />
<strong>身近なことから始めるという当たり前のこと</strong><br />
高校生のときから、いわゆるギャルファッションで生活してきた藤田さんは、「ギャルだから」という理由だけで、アルバイトに雇ってもらえなかったり、将来について何も考えていないと周囲に思われることに不満を感じていた。そうしたことをきっかけに、「ギャルの革命を起そう」とシホ有限会社G-Revoを立ち上げ、高校生のときから遊びに通っていた渋谷に事務所をかまえた。<br />
毎日渋谷に通勤しているうちに、いままで気づかなかった街中のごみが気になりだしたという。「自分の使う部屋や家の中は掃除するのに、どうして街中はこんなに汚いんだろうってふと思ったんです」。<br />
まず藤田さんは、自分の事務所の周りを一人で掃除し始めた。そこに、だんだんと会社の仲間たちも加わり、毎週月曜の朝に掃除をすると決めると、道路や公園へと掃除をする範囲も広がっていった。「まだまだ、私自身エコについては勉強中で、最初からエコをやろう！とか地球を救おうぜ！(笑)とか、そんなことを考えていたわけではないんです。ただ、自分の身の回りの気になることから始めて、せっかくだったら何か若者に向けてできないかって&hellip;。周りのギャルの子ができるエコってなんだろうって考えて、エコにおしゃれやエンタメ要素を取り入れたら、若い子たちも取り組めるんじゃないかと思ったんです」。<br />
<br />
<strong>自分の大好きなものがきっかけになるエコ</strong><br />
藤田さんは渋谷109に自分でプロデュースしている店を出しているほど、おしゃれが大好き。この日も、今年流行の黒のワンピースに秋らしいツイードのハットを被っていた。女の子にとって、おしゃれはとても興味が大きいもの。そこに注目した藤田さんは、『EMERALD DRIVE』の第１弾として、渋谷の街をギャルがマイ箸を片手に練り歩くという、先の『エコファッションパレード』を考えた。「集まってくれたギャルの子たちにマイ箸を見せると、すごく反応が良くて。カラフルでバリエーションがあるマイ箸なら、持ちたいって言ってくれました」。<br />
こうして、マイ箸を通してエコに興味を持ってくれた子たちも多いそう。「何よりも、きっかけになってくれることがうれしいです」。と語った。<br />
<br />
<strong>おしゃれ・楽しい・心地いいは不可欠な要素</strong><br />
８月には『EMERALD DRIVE』の第２弾として、『ECO RAVE 2007』を神奈川・由比ヶ浜で開催。『１万人のビーチクリーン』をテーマに音楽とエコのイベントをおこなった。あっという間に１万枚のごみ袋は配布終了し、次々に集まってきたごみは、全国各地から集まった若いボランティアの子たちによって分別収集された。前回は、女の子中心におこなわれたファッションパレードだったが、今回の参加者は半数以上を男の子が占めた。「男の子も女の子も関係なく、やっぱり自分の楽しいことならやりたいと思うんです。参加したアーティストもジャパニーズレゲエをエコバージョンにして盛り上げてくれて、すごくいいイベントになりました」。<br />
大成功に終わった『ECO RAVE2007』だが、大変なこともあったそう。「最初は自分のなかだけで小さくやっていたエコですけど、どんどん活動が大きくなっていくとお金も必要になります。最近は、多くの企業の方たちが興味を持って協力してくださいます。これからは、エコだから仕事をするんじゃなくて、エコするために仕事をするっていうふうになっていって欲しいです」。<br />
藤田さんが考えるエコは、「おしゃれ・楽しい・心地いいもの」。こうした要素は、誰もがエコアクションをするきっかけに必要なものだ。だからこそ、ギャルだけではなく様々な分野からも注目を浴びているのだろう。<br />
気になる『EMERALD DRIVE』第３弾は、来年にむけて考案中とのこと。ギャル発信のエコ、普通だからこそ、あなどれない。
</p>
<hr />
<p>
藤田志穂さんブログ<a href="http://blog.livedoor.jp/sifow/" target="_blank">http://blog.livedoor.jp/sifow/</a><a href="http://blog.livedoor.jp/sifow/" target="_blank"></a>
</p>
<p>
sifowオフィシャルサイト<a href="http://www.sifow.net/" target="_blank">http://www.sifow.net/</a>&nbsp;
</p>]]>
      
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   <title>循環する農、そして山、川</title>
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   <published>2007-10-03T01:15:23Z</published>
   <updated>2007-10-04T08:07:12Z</updated>
   
   <summary>栃木県下都賀郡・藤岡町、あき津亭で30年以上無農薬・無化学肥料で農業をしている町田武士さんにお話をうかがってきました。</summary>
   <author>
      <name>管理者</name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.eco-online.org/eco-people/">
      <![CDATA[ オタマジャクシ、カエル、ホウネンエビ、カブトエビ・・・町田さんの田んぼには生きものたちがいっぱい。田んぼに稲の補植をしながら、縁側でとれたてのきゅうりをかじりながら、地に根ざした生活をしている町田さんの“オーガニック”観をうかがいました。

「農薬を使わないから“有機農法”っていうのとは違うと思うんだよね。」とゆっくりと口を開いた町田さん。自身も試行錯誤して現在の姿がある。「いい答えはないけどさ、その土地、その土地のやり方があってさ、まわりの自然条件にあわせて循環させることが大事なんじゃないかな、と思うんだよね。」と言う町田さんは、山や川や田畑の関係を語った。山に雨が降り水が貯えられ、木々の落ち葉が腐葉土となり栄養が蓄えられる。その水と養分が川を流れ、人々の田畑を潤す。そしてその田畑が様々な生命を育む。この大きな循環の中に農業があると考える町田さん。有機農業が時には「農法」として語られることが多い中、町田さんはこの循環の中にあるということこそ大事だと語る。そこに、常に大きな自然の流れに目を向けながら農業をしている町田さんの姿勢が感じられる。

<strong>どんなきっかけで農業を志したのか？とたずねてみた。</strong>

「家が農家だったからさ、小さい頃、両親に連れられて田んぼや畑によく行ったんだよね。それで穴掘ったりさ、土だんご作ったりさ、それが気持ちよかったんだよ。その感覚を覚えていたんだと思うよ。」という町田さんにとって農業はとても自然なことだったに違いない。ただ、農業をやろうと思ったのは高校生の頃。ちょうど水俣病などの公害が大きな問題となっていた頃だ。そこで「環境を汚さない農業」をやろう、と決めた。その後、試行錯誤を経て今の町田さんの農業がある。

「循環の中にある」ということを大事にしている町田さんは、極力人間の手も加えない。畑の条件にあわせて野菜の種類を選び、肥料も極力使わない。そんな町田さんの畑から採れる野菜たちは小ぶりだが、野菜本来の味がする。「野菜の『野』はね、野生の『野』なんだよね。（野菜だけじゃなくて）みんなそうだけど、自分の力で生きることが大事なんだよ。野菜も自分の力で生きられるようにさ、人間はちょっと助けるぐらいがいいんだと思うよ。」と言った町田さんは、まさに自然の力を借りながら自分の力で生きている人だ。

町田さんの言葉には“オーガニック観”という言葉では語れない深さがある。大事なのは自然の循環の中にあること、そして気持ちいいこと。それは決して農業だけではなく生き方そのものにも当てはまる。私たちもちょっとだけ意識してみると、昨日よりも気持ちのいい日が待っているかもしれない。 

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