「葉とらずリンゴ栽培」に情熱を傾ける 斉藤匡一さん(青森県)
文:鞍作 トリ

丹誠込めて育てたリンゴと写る斉藤さん
農業の行く末はどうなるのだろう?
一昨年前くらいからよく考えるようになった。健康や自然保護を考えて有機農業や無農薬栽培などが人気だが、背景には生産者の大変な努力や模索がある。その背景に少し目を向けたい、と思う。
生産に関わる人々が何を感じ、考えているのか。そのことを知るだけでも日本の農業は変わっていくかもしれない。この連載でそうした人々を知る旅に出かけたい。
ひょうや台風にも負けない
リンゴはなじみ深い果物のひとつだ。その歴史はとても古く約8000年前のリンゴの化石も見つかっているという。栄養価も高く、リンゴが赤くなると医者が青くなるなどのことわざもあるほど。日本にはもともとはなく、初めて入って来たのは平安時代とされている。ただしこれは今食べられている西洋リンゴではなく「和リンゴ」という小さな観賞用のリンゴ。西洋リンゴが輸入されたのは明治4年以降。その後リンゴは日本でもメジャーな果物になり今ではおよそ30品種が流通されている。余談だが和リンゴは林檎という漢字で日本に伝わり当時は「利牟古(りむご)」とも呼ばれ「りんご」という和名がついたのは江戸時代とか。
寒冷地で育てやすいため、はじめは北海道の函館市で栽培され、その後青森県が名実ともにリンゴの代表産地となった。現在全国の約半分を青森が、そのうち弘前市が全国の約2割を生産している。
その弘前市でリンゴ生産を営む斉藤匡一さんという生産者がいる。西に岩木山、南に白神山地を眺める弘前の南側一帯にあるリンゴ農園で働いている。
おぼえのある人もいるかもしれないが、昨年の6月青森県に突然ひょうが降った。
「夕方仕事を終えて家に戻った時、空が嵐のようにくもってきておかしいなと思ったら屋根からおかしな音が聞こえ始めました。親指の爪ほどのひょうがバラバラと落ちて来て。辺り一面真っ白になるほど降ったんです。目の前が真っ暗になりました」
直径3cmくらいに育っていたリンゴの表面に、たくさんのキズがついた。こんなひょう害は初めてで、商品になるのか、手入れしてどうにかなるのかといろんな思いが斉藤さんの頭を駆け巡った。
その年はひょうだけでなく、春先に霜の被害も受けた。霜が降りると寒くて花がやられてしまうのだ。結果、普段の7割程度しかリンゴの実の収穫が見込めなかった。その後のダブルパンチだった。
幸いにも斉藤さんたちリンゴ農家が集まって形成しているゴールド農園は、生活協同組合のパルシステム連合会の産直産地でもある。パルシステムを中心としてキズありリンゴはリンゴジュースやジャムに加工して販売することができた。
「今はこうして受け皿もあるから助かっているんです。一番ショックが大きかったのは平成3年の台風19号。リンゴ台風とも呼んでいましたが、そのとき私の農園では収穫間際のリンゴがすべて落ちてしまった。収入はゼロでした。木もたくさん倒れて一家で呆然としました。でもそのままにしておけない。リンゴを拾い、廃棄し、やれることを黙々とやって立て直しに5年くらいかかりました。あの時のことがあるから今回のひょう害にも耐えられる」
「おいしい」という声が何よりの力
斉藤さんはリンゴ農園の二代目。お父さんの代からリンゴ一筋でやってきた。 やりがいを感じるのはお客さんの生の声を聞いたときだ。年に数回対面販売をする機会がある。そのとき「おいしかった」「また買いたい」と言われると本当に嬉しい。作っててよかった、としみじみ思う。同時に気持ちも引き締まる。お客さんをがっかりさせないよう、正直に作らないといけないなと。 「これだけやればいいか」という気持ちになるとき、お客さんの顔を思い出し、「もう少しがんばってみよう」と思う。 斉藤さんたちの集まるゴールド農園では「葉とらずリンゴ」栽培を実践している。市場で人気なのは赤いリンゴ。リンゴの実を赤くするため葉っぱを早いうちに摘むやり方がある。これに対し、葉を摘まないでおくと色味は落ちるが、光合成が盛んに行われ味がおいしくなる。これが「葉とらずリンゴ栽培」だ。
また、できるだけの減農薬をすすめている。多少の農薬は使うができるだけ人体や土壌に影響の少ない農薬をチョイスする。肥料は100%有機質のものを扱う。
研究が楽しくて
これは農業全般に言えることだが、リンゴ農園にも後継者という課題がある。リンゴ農家の仕事は肉体労働。特に収穫時が大変で、多い時はリンゴ20kgの箱を20万箱も出荷する。本当は若手に任せたい労働だが、実際の現役は60〜80才だ。
斉藤さんはいま39才。修行に10年くらいかかった。リンゴの収穫は年に一度しかない。収穫時のことを学ぶ回数も他の作物に比べて少ない。だから一から覚えるのに相当時間を必要とするのだ。ただ、その長い修行を終えて仕事を任されるようになると楽しくなってくる、と斉藤さんは話す。
いま一番気になっているのは「紅玉」のこと。紅玉は今も店頭に並ぶが目当ては昔の味の紅玉だ。
「昔の紅玉は色もまだらで青味もあるけど味がいいんですよ。ほどよい酸味も好きです。昔の栽培方法を研究して試してるんですけどなかなか到達できない。科学的なデータをとって調べてみると糖度は同じなんですが、食味が違うんです。どうして違うのかなあと今も模索中です」
語る斉藤さんはイキイキしている。リンゴ農家も楽ではない。でも斉藤さんのくじけない前向きな探究心にこちらも嬉しくなってしまう。
最近スーパーでも「キズありリンゴ」と称して売っているのを見かけるようになった。少しでもリンゴ農家を応援したくて...手に取りカゴに入れる。そんな人たちが増えるといい。
ひょう害を受けたまだ青いリンゴ
赤くなったがひょう害で受けたキズは残る
被害にあったリンゴはジュースに生まれ変わる 林檎園ジュース
ジュース加工のために投入されるリンゴ
ひょう害にあったリンゴを満載したコンテナ
くらつくりの とり
フリーライター・編集者
東京都出身。業界新聞社・雑誌社の記者・編集者として勤務後フリーランスに。
専門はエコロジー全般、とりわけ最近では森林関係の執筆を行う。
趣味は昭和・大正期の生地集め。
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