民主主義を大きくしよう――投票権を16歳からにする理由
ドイツではこの年末から新年にかけて、既視感(デジャヴュ)でないかと錯覚するほど、すでに見たことがあるような同じ内容の新聞報道が繰り返されています。ロシアの天然ガス、イスラエルの侵攻、そして金融危機関連がそれで、数字や表現は違えど、同じところの堂々巡りです。人間の本質って懲りないところにあるんでしょうね。これに輪をかけて、もう1つ繰り返しの報道が今週から激しくなってきました。今週の日曜日、1月18日にフランクフルトのあるヘッセン州の州議会選挙を控えての選挙報道です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%98%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%B3%E5%B7%9E
昨年のはじめにこのブログでも紹介しましたが、昨年1月にヘッセン州では州議会選挙が行われ、政権を担っていた保守政党のコッホ氏が大敗し、社会民主党の新星イプシランティ女史が躍進しました。
http://eol.sakura.ne.jp/eco-online/german-eco/20080223182.php
!!!ここからは、ドイツの政治情勢を知らない人には退屈な話しとなりますが、後半から面白くなりますから、少し我慢して読み進んでくださいね!!!
ただし、この選挙結果は最近のドイツの傾向と同じように、どちらの2大政党とも、常連の連立のパートナー相手(CDUはFDP、SPDは緑の党)と組んでも、議会の過半数が取れません。ですから、Linksという左党(日本でいうところの共産党で、旧東ドイツからの流れです)と組むのか、大連立か、あるいは綱渡りで少数派政府を形作るのかのどれかでしか、議会を運営することができませんでした。当面はすべての連立工作も失敗し、州知事になるための過半数を誰一人取ることができなかったため、規定通り前知事のコッホ氏が暫定政権を形作り、議会を運営してゆきました。しかし、政党間の事前取り決めというルールのない過半数割れ政権は、うまくゆくはずがありません。選挙が終わった後も、ヘッセン州の政治は停滞していました。
そこで、社会民主党のイプシランティ女史は、Linksとの共同という禁じ手に手を伸ばします。Linksは、「ポピュリズムであるため、旧東ドイツやベルリンなど歴史的な背景のある特別な州以外では相手にしない」というのがその他4つの国民政党(CDU, SPD, 緑の党, FDP)の主張です。ですから、正式な連立ではなく、州知事選挙の際は、Linksはイプシランティに投票するものの、その後は連立を組まない。社会民主党と緑の党という少数派政権を作り、決議の内容に応じて、左よりの内容であればLinksと協調し、保守的な内容であればCDUと協調するという方針です。この他には政治的な手段がなかったわけですから、まあ妥当な妥協案のように私には思えました。昨年の11月に再度、州知事を選ぶ投票を行い、ヘッセン州はようやく選挙という民意をへて活動を開始するかのように見えました。それが、投票の直前にLinksとの協調路線を嫌った社会民主党の3名の造反が出で、この投票は撤回となります。イプシランティ女史は党首から退き、結局、混乱のまま再選挙が行われることとなりました。
アメリカの大統領選挙では、もし8年前にゴアが当選していれば・・・、あるいは少なくとも4年前にブッシュが再選さえしなければ・・・、というのは環境保護を推進する人びとの間でよく聞かれる話しです。ドイツの場合のこの「IF」は、この11月の投票です。もし、イプシランティ女史が予定通り11月に州知事に選ばれていれば、新エネルギーの分野で画期的な政治が行われていたことでしょう。私も活動の拠点をフランクフルト市か州都のヴィースバーデン市に移すため、引越ししていたかもしれません。それぐらいインパクトがあったはずなのです。理由は、彼女は再生可能エネルギーの推進に積極的で、選挙戦もヘルマン・シェーア氏を経済大臣などの主要ポストに任命する予定を公表するなど画期的な政策提言を展開していたからです。つまり、日本では金融危機を受けて、さらにオバマが当選してからようやく口にしはじめた「グリーン・ニューディール」を1年以上も前に具体的な案を含めて公言していたのです。
ヘルマン・シェーア氏とは、社会民主党の政治家で、自身は1988年からユーロソーラーというNGOを主催しています。世界中で導入されはじめている新エネ促進法「フィードインタリフ」をドイツに導入したという偉業もあります。彼は再生可能エネルギー推進にかかわる講演を世界中で年間200箇所ほどこなし、世界中に翻訳されている本も多数執筆していますが、同時に「オルタナティブ・ノーベル賞」を1999年に受賞し、2002年にはTIME誌が「Hero for the Green Century」に評しています。世界中で信頼されている再生可能エネルギー分野の実力者ですが、政治家として党内では浮いている人物です。
ただし選挙戦から11月の造反劇までの間に、彼女が政治をこうした新しい体質に変革することを、社会民主党自身が望まなかったという面が暴露されました。社会民主党は、炭鉱の労働者が支持基盤で拡大した政党です。とりわけヘッセン州ではこの傾向が強く、現在も巨大な石炭発電所の計画が進行中です。このエネルギー供給体制を一気に変更しようとするとき、その改革者はいとも簡単に足元をすくわれることになります。ドイツといえども、奇麗事で政治は動いているわけではありませんし、民意と政治は常に相関関係にあるわけではないのです。既得権益サイドによる抵抗というのは、世界中どこにでもある普遍的な事象ですね。
日本でも世論調査から分かるように、もはや定額給付金は民意ではありません。しかし、政治はそのまま淡々と進むようですね。こうした状況で、個人的にはドイツの新聞も、日本の新聞にも目を通すのにうんざりしていましたが、フライブルクの地方紙、バーデン新聞には興味深い記事が掲載されていました。お隣の自治体、スイス・バーゼル市についての記事です。
スイスのバーゼル市は、行政区分でいうと隣接した2つの小さな自治体を含めて、バーゼル・シティ準州を形作っています。この州政府の政治家、緑の連合のロレッタ・ミュラー女史は、2007年初頭から政治参加の年齢を、現行の成人である18歳から、投票権だけは16歳に下げようとの提案を行いました。この意見は政府や議会で議論され、過半数の支持が得られています。そして、ここからが直接民主主義という政治体制を取るスイスのすごいところです。こうした州法の改正、一定額以上の予算項目、大きな政治的な対立、などなどについては、常に住民投票で最終的な決議が行われるのです。ですから、バーゼル市民は2月8日に、被選挙権のない選挙権を16歳以上からにするかどうかの住民投票に駆り出されることになります。
こうした投票はスイス人にとっては日常で、ちなみに2008年のバーゼル市民は合計6回の選挙+住民投票に駆り出されています。そして、その度に、その投票の趣旨が説明されたパンフレットを読み、各政党の意見を調べ、自身の意見を築いて、投票に臨むというわけです。ちなみに、この選挙権16歳の住民投票のために準備されたパンフレットは、以下のサイトでダウンロードできます。ここには、PROとContra(その趣旨に対する賛成と反対意見の説明)が必ず記載されます。
http://www.regierungsrat.bs.ch/w-a-09-02-08-erlaeuterungen.pdf
このパンフレットのPROである賛成には以下のような理由が記載されていました。反対意見はそれほど内容がないので関心しませんが、この賛成意見は非常に爽やかなので、それを取りまとめて紹介して、今回のブログ記事は締めとしたいと思います。誰かこれに真っ向から反対できる人はいますか?
なぜ投票権を16歳からにするのか?
賛成意見としての理由:
・スイスでは少子高齢化が進んでいます。これは有権者の平均年齢を押し上げることを意味しています。2010年以降、スイスでは50歳以上の有権者数が、全体の50%を超えることになります。高齢の有権者と、青年層では志向も異なりますので、投票する傾向も当然異なります。私たちの国では、できるかぎり公平なバランスの取れた民主主義を実現したいと考えていますので、できるかぎり多くの若い年齢の国民が投票権利を行使することが必要だと考えます。
・16歳は、政治的な判断をすることができる成熟した年齢でしょうか? 政治的な成熟とは、その自身の判断が及ぼす影響を推し量ることができるかどうかです。18歳という成人年齢と、この推し量る能力があるとされる年齢とは同一ではありません。スイスのこれまでの判例では、結果を推し量る能力(責任能力)は、成人年齢よりも先に来ることを示しています。選挙権は、従って成人を基準とするのではなく、この推し量る能力を得た年齢を基準にするべきです。
・16歳とは、スイスでは一般的な教育(義務教育)を終了し、職業を選択したり、さらなる専門的な学業分野を選択する年齢です。自身のこの先の生涯を決定することを16歳に任せているのに、自身の置かれる政治的、社会的な状況を自身で決定する権利を与えない、あるいは与えて行使できることを信じてやれないのはおかしくはありませんか?
・16歳までには学校教育で一定の政治的な知識を与える政治教育を行っています。この選挙権年齢を下げることで、政治教育に実質的な効力をより持たせることができ、若者の政治的な関心を増大することが期待されます。政治教育にとってチャンスとなるとは考えられないでしょうか?
・政治的な決定能力とは、決定権を与えてはじめて芽生えるものです。権利のないものに自動的に能力は発生しません。さらに若者には、選挙権を与えても行使しないため意味がないという反対意見もありますが、行使するかしないかも個人の判断で、それと、権利を与えることは関係がありません。統計では70歳を大きく上回ると投票率が低下する傾向がありますが、だからといってそうした高齢者の投票権を剥奪しようという議論にはなりえないのもこのためです。
・若者は他者に左右され易いという意見もありますが、我われの中で他者に全く左右されない者がいるでしょうか? それならば、なぜ選挙戦を戦い、選挙ポスターを貼るのでしょうか? 民主主義の政治とは、他者に理解を図る過程です。他者に左右されるという問題はその質や程度の問題であり、民主主義の仕組みと制度の問題です。16、17歳という年齢の問題ではありません。
直接民主主義。もちろん、現実は理想郷ではありませんが、しびれちゃいますね。ちなみに、この投票権を16歳にというキャンペーンのポスターは非常にカッコいいので、ダウンロードして見てみてくださいね。子供服がキツキツになった若者の写真です。中央のドイツ語で書かれたキャンペーンの台詞は『民主主義を大きくしよう』です。
http://www.waehlenab16.ch/Stimmen16_F4_screen.pdf
環境ジャーナリスト 村上 敦
www.murakamiatsushi.de
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むらかみ あつし
ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身
日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学
フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介
南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い
2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける
専門分野:
1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画
2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策
オフィシャルサイト
フライブルクから地球環境を考える
〜村上 敦のエコ・エッセイ〜
http://blog.livedoor.jp/murakamiatsushi/
村上 敦の書籍
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