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ドイツの未来の都市交通(その2)


ボーンテ市のシェアドスペースの計画図

さて、シェアドスペース(Shared Space)に関して前回の続きを書きましょう。

ドイツ北部に位置するボーンテ市(ボームテ市)には、州道のクラス3という道路が自治体を貫いています。ボーンテ市は人口1.3万という小さな自治体ですが、住民の数と同じ数の車がその州道には毎日通過しています。また、近隣の自治体が工業団地を強化したため、この1.3万台/日の交通量のうち、トラックなど貨物車の割合は年々増加してゆき、またトラック自体の大きさも大型化してゆきました。現在のトラックの割合は全体の交通量の1割となっています。平日の通勤時間と木曜日と金曜日の午後には、市内中心部の交差点の信号を基点に車が数珠繋ぎになるのが通例でした。

通常であれば、ボーンテ市の周りは農地や森林、炭鉱の跡地ですから州道を付け替えて、郊外にバイパスを通し、市内中心部の交通負荷を削減して終わりになるケースです。そして実際にもバイパスを1本建設していますが、主に5方向から集まる車の多くは少し遠回りとなる新設したバイパスを通らず、従来の市内中心部を通り抜ける状態が続きました。このバイパスに完全に交通負荷を移すのには、さらなる付け替え工事が必要ですし、バイパスを強化することでその郊外地域と近隣自治体への悪影響についても懸念が残ります。単に負を外に押し付けるということでは、本当の解決とはいえません。ですから、道路の付け替えに関する計画は、合計8案も出てきており議論されましたが、どれも決め手にはなりませんでした。

そして2002年、市長選が行われ、これまで交通問題の解決に消極的だった市長が入れ替わりました。若手の改革意欲溢れるギョーデヨハン氏が市長に当選したのです。彼は、EUが支援するパイロット・プロジェクト「シェアドスペース」という事業があると聞きつけると、これがボーンテ市の交通問題の解決の決め手になるとすぐに直感し、議会や市民の説得にかかります。交通工学者で「シェアドスペース」の生みの親であるハンス・モンダマン氏をオランダから招聘してシンポジウムを開催し、市民がこの解決策に対して関心を高めるように務めます。同時にEUにパイロット・プロジェクト参加を申請し、認められました。ボーンテ市は2004年から拡大住民参加を行い、住民のこの州道を「シェアド・スペース」にする際の市民意見を募ります。

拡大住民参加には、この地域外から中立でプロのモデレーターを招聘して4度のワークショップを行ったり、そのワークショップや数多く重ねられた住民会議に対して、行政は白紙の計画で挑むなど、基本的に守らなければならないことを忠実に守りました。拡大住民参加が成功するかどうかのポイントは、行政が市民意見を計画に反映させる意思が本気であることを市民が感じる雰囲気を作り出すところにあります。その結果、「これこそが私たちが計画し、私たちが利用する空間だ」というボーンテ市民の意見の一致を見た計画が完成します。拡大住民参加を行うと、コストや時間がそれなりにかかりますが、計画が確定した際に、圧倒的に市民の支持を得られ、市が一丸となる、まちづくりとしての効果が多大であるというメリットが得られます。

さて、こうしてできあがった計画は、EUにも認められましたが、問題が一つでてきました。州道を管轄している州出先機関の道路担当局長が、このプロジェクトをボーンテ市からではなく、先にメディアの報道で知ったことで、へそを曲げてしまっていたのです。世界中、どこでもありがちなパターンで、根回しが足らなかったわけですが、このことにより州は、ボーンテ市にかなり厳しい条件を突きつけています。それは、もしこのシェアド・スペースが失敗したときは、信号や標識などすべての交通インフラの復旧作業を自治体単独の財源で行わなければならないというもの、さらに州道であるにもかかわらず、この区間は、冬季の除雪や道路清掃などは州ではなく、自治体の財源で行わなければならないというものです。

しかし、ボーンテ市民はこの条件を了承し、州との覚書に市長は署名します。そのようにして、ようやく建設許可が下りると、2007年5月から1年間をかけて、述べ全長およそ500mの州道の改修工事を行いました。延長自体は短いのですが、交差点(三叉路)で信号があり、もっとも交通負荷が大きい部分を改修したことに意義があります。シェアドスペースは2008年5月に完成を迎え、すでに1年間が経過しています。

20090519sansaro.jpgシェアドスペースの三叉路の様子。誰がどこを通過しても構わないが、前方右方からの交通が優先という道交法のルールは存在する。

この1年の経験で注目すべきことは、驚くべきことは、これまで年間30~40件あった交通事故の数が、ほとんどゼロになったこと(シェアドスペースとは関係のない事故はこの州道部分で7件)、そして信号がなくなり、交差点にはルールが存在しなくなったにもかかわらず、渋滞が解消され、交通の流れがスムーズになったことで、周辺の住民の居住環境の改善が図られたことです。また、この州道は時速制限50キロの道路ですが、ほとんどの車はこの制限を大幅に下回る速度で通過するようになりました。それゆえ、自転車と歩行者による通行は快適なものとなり、道路は出会いの社会的な空間へと変化しています。標識や信号がないのに、これらのことが実現されたのはなぜでしょうか?

それは、この道を利用する自動車交通に対して、シェアドスペースは「狙い定めた不安感」を与えたからです。このシェアドスペース区間に入る車には、何一つ特別な情報は与えられません。シェアドスペースに突入する手前の部分に唯一設置された小さな交通標識には、『優先順位変更』の印があるだけです。普通の人には、何のことか良く分からないまま、交差点近くに来ると、突然その交差点はこれまで私たちが経験したことのない空間だと気づきます。つまり、どのようなルールでここが運営されているのか、よく分からず、不安になるのです。不安は注意力を増大させ、他者への配慮を生み出します。ドイツの道交法の第一条の一項は、『道路交通への参加者には、間断なき注意と相互の配慮を要求する』、
第二項は『すべての交通参加者は、他者に危険を加えない、危機感を与えない、障害を与えない、そして負荷を与えないように行動するものとする』という文面ですが、それが普通のケースでは忘れられてしまっている車交通に対して自動的に強要されるわけです。

もちろん、この道を何度か通るうちに、あるいは地元の住民は、どのようなルールでこの州道区間が運営されているのかを知ることになります。ただし、そのルールは唯一つであり、道交法で規定されている通りの「前方右方からの交通の優先」というものだけです。歩行者であっても、自転車であっても、車椅子であっても、車であっても、右方からの交通を優先させれば、このスペースはどのように使ってもよいこととされています(他者への障害にならないのであれば、駐停車も許されています)。

通例の車交通は、社会が車交通優先であるからこそ、信号や歩道など大まかな配慮のみを行えば、相互配慮だとか、間断なき注意などは行っていないのが実情です。それどころか、車交通は往々にして他者に危機感や負荷を与えています。それが、このシェアドスペースでは、車優先の考えに不安を与えるインフラ整備がなされたわけです。およそのこの取り組みの思想は理解されたでしょうか? 詳しい話はこれ以上追求しませんが、非常にユニークな取り組みですので、皆さんも「シェアドスペース」という言葉に今後注目してみてくださいね。

そうそう、最後にもう一つ。このシェアドスペースは、交通量を緩和するための措置ではありません。そのためには、他の対策を行うことが必要です。ですから、今現在も工事前と同じ量の交通がこの州道には通過しています(詳しい交通量調査は現在実施中ですから、もう少しすると、工事前と後の比較が正確に行えます)。実際に私はこのシェアドスペースに面したところに部屋を取り、1日半滞在したのですが、夜中になっても車は減りませんでしたし、早朝から激しい交通量には少し驚かされました。また、人通りが少なくなると、車交通のスピードがかなり増加するのも実感しました。

しかし、同じ交通負荷の激しいこの道路が、シェアドスペースによって、住民にとって少しは愛着のあり、誇りに感じ取れる区間に変ったのは確かなようです。アンケート調査では市民の90%がポジティブにこのプロジェクトを捕らえているという説明も市役所で聞きました。2008年の真夏、サッカーの欧州選手権が行われたときのことです。ドイツ代表の試合は、州道を締め切って(迂回措置を取って)、なんとこのシェアドスペース上で市民が観戦(パブリックヴューイング)しています。今年のクリスマス市は州道で行う予定だそうです。すごいですよね。

さらに、毎週世界各地から視察が絶えず、市役所では対応しきらなくなってしまったため(私も建設局長のペトカーさんを半日拘束してしまいました。すみません・・・)、「シェアドスペース・センター」を市民参加型の組織で設立する予定だそうです。全国でまったく無名であった小さな自治体が、非常に有名な自治体へと変化し、それによって新しい雇用が生まれるのであれば、まさに市民のための空間だったといえるのではないでしょうか。

残念ながら、その他の自治体は視察は行ってもまだ導入には躊躇している段階ですが、ハンブルク市では緑の党が連立政権に入ったため、すべての住宅地区に最低一箇所は「シェアドスペース」を設置することを連立の条件に盛り込みました。この取り組みは、ここ数年で一気に全国区となることでしょう。

さてさて、視察を1日半行うとベルリンにとんぼ返りして、交通省が開催した『国家自転車会議2009』に参加しました。この会議は5月7、8日に2日間にわたって行われ、参加者は500人程度の大きな催しです。前回報告した会議と同じように地方自治体の行政や交通工学者、交通関連のコンサルやシンクタンクも参加していましたが、それ以上にこちらは自転車関連団体――ドイツにはJAFの自転車版のADFCとオルタナティブ交通版のVCDがかなり大きな組織力でロビー活動をしています――、そして最近ブームとなった自転車観光に関連する人たちの出席がありました。

2009051902.jpg(写真:国家自転車会議2009におけるティーフェンゼー大臣の開会の挨拶)

こちらの会議には力が入っていて、交通大臣が開会の挨拶にやってきました。テレビメディアもかなり来ていましたから、この秋に行われる総選挙のイメージ戦略とも勘ぐりたくなります。さて、この会議に私が参加した理由は、自転車交通の費用便益比(B/C)に関する研究報告が行われたからです。それがどうしても聞きたかった。理由は・・・次回に話しましょう。

環境ジャーナリスト 村上 敦
http://murakamiatsushi.de/

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村上 敦
村上 敦
むらかみ あつし

ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身
日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学
フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介
南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い

2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける

専門分野:
1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画
2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策

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