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      <title>クラ アルディーヤ</title>
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      <description>JICA青年海外協力隊の活動から見えてくる中東シリアの“いま”をエコロジーの視点からレポートします。</description>
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         <title>シリア人から見た日本</title>
         <description>「どこの国から来た？中国か？フィリピンか？」

「日本です。」

「そうか、日本か！日本の産業技術は最高だ！少し高いけれど、信頼できる。」

シリアでしょっちゅう交わされる会話です。

シリア人はとても親日的で、日本に対して憧れに近い思いを抱いている人も少なくありません。シリアには、日本の車、電化製品などが流通しており、高い評価を受けています。また、日本のアニメも人気が高く、『名探偵コナン』『ポケットモンスター』など様々なアニメがアラビア語に翻訳され、テレビで放送されています。

JICAの日本語教師隊員のもとで日本語を勉強しているシリア人の友人も、日本のアニメファンの一人です。彼は9歳のときに「日本」という国のことを知ったそうです。

そのきっかけはゴミ収集車。

“日本からシリアへの贈り物”という一文が、彼の家の近所を回っていたゴミ収集車にアラビア語で書かれており、それを見て日本という国に興味を持ったそうです。

彼が「日本」と出会ってから約20年。今でも日本からの無償援助によって提供された、日の丸をつけたゴミ収集車が活躍している様子を、シリアのまちの至るところで見ることができます。

しかし、シリア人の日本に対する信頼の高さは、「物」に対するものではありません。ダマスカス市内の公園で毎月一回、定例の公園清掃を行っているのですが、そこに参加していたシリア人からこんなことを言われました。

「途上国への支援といえば“物”だけを提供する欧米諸国と違い、日本は“物”ではなく、あなた方のような“協力者”を届けてくれる。私たちは日本に本当に感謝しています。」

環境を良くしていくには、高価な機械や建物が必ずしも必要なのではなく、人々の意識を変えることが何よりも大切なのだと改めて気付かされ、勇気をもらった一言でした。

私がシリアで行っている環境教育は、まだまだ手探りの状態です。初代の環境教育隊員が始めた小学校への環境教育の巡回授業は、今年4年目を迎えようとしています。現在は4校の小学校でしか授業を行っていませんが、先日、私の配属先である環境局の副局長から「今年は全部の小学校に巡回授業に行きましょう」という提案がありました。

環境局スタッフの数も少なく、教育省や学校側の理解もまだ少ないため、実際には全部の小学校に授業に行くということはもちろん無理なのですが、シリア人側からそのような発言があったことは、少しずつではあるけれど、環境教育の重要性を理解してもらえてきたのかなと感じました。

子どもたちに環境について考える機会をできるだけ多く提供することで、学校、家庭、社会、様々な場面を通じて環境への意識が変わっていくきっかけを作ることができればと思います。

前述した日本語学習者のシリア人の友人は、ゴミ収集車が日本から提供されたと知ったことをきっかけに、日本人がシリアで様々な支援活動を行っていることを知り、大きな感銘を受けたそうです。そして、私たちに次のようなメッセージをくれました。

「あの日、20年前、私は日本にありがとうと言いたかったけれど、9歳の私は誰にお礼を言えばいいのかわかりませんでした。しかし、今、あなた方に心からありがとうと言うことができます。」

シリアに来て、日本は様々な面で注目をされていると改めて気付きました。シリア人からもらった「ありがとう」の気持ちに恥じないような活動ができるよう、私も自分ができる「シリアにおける環境教育」を模索していきたいと思います。


＜写真＞

①日本からの無償支援で提供されたゴミ収集車が、シリアで活躍している
②7月の定期公園清掃には、在シリア日本大使も参加してくださった
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         <pubDate>Wed, 20 Aug 2008 09:22:44 +0900</pubDate>
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         <title>途上国における環境教育</title>
         <description>先日、日本の小、中、高校の教員11名がシリアを訪れました。

これはJICAが主催する研修のひとつで、国際理解協力や開発教育に関心のある教員対象に、開発途上国の置かれている現状や国際協力活動の視察を通じて、その経験を帰国後の授業実践に生かし、生徒の国際理解の促進につなげてもらうことを目的としています。

私の配属先であるダマスカス県環境局にも視察に来られるということで、シリアにおける環境教育について紹介をすることになりました。

「エコクラブ」という小学校4校で実施している環境教育の巡回授業を見ていただけるとよかったのですが、あいにくシリアも今、学校は夏休み。そこで、シリアの学校教員を集めて意見交換を行うことで、学校現場における環境教育について日本の先生、シリアの先生が共に学びあうことができればと考えました。

この研修の受け入れは2年目で、昨年度も同じような意見交換会を企画しましたが、参加してくれたシリア人の先生は2名。学校が夏休み中は、教員も同じく夏休みで給料もありません。だから夏休み中に別の仕事に就く人や、旅行などでダマスカスを離れる人も多いのです。しかし今年は教育省の協力を得て、11名のシリア人小学校教員が参加してくれました。

環境局で巡回授業を行っている4校では、環境教育について教員が熱心ではないため、シリアでは、まだ環境教育を学校に取り入れることは難しいのかもしれないと感じていました。しかし驚いたことに、今回の研修で環境教育に関して非常に関心の高いシリア人の先生が集まってくれて、学校における環境教育について日本とシリアで活発な意見交換を行うことができました。

先生方の話を聞いていると、シリアで行っている環境教育は、日本に比べると視点が地球規模ではないようです。どちらかといえば環境衛生の取り組みで、自分の身を清潔に保つこと、教室にゴミを捨てないことなどを指導しているようでした。

日本の学校では、「総合的な学習の時間」などで環境について学ぶ機会があります。また、子どもから大人まで、テレビ、本などで地球環境保全に関する情報を見聞きする機会が非常に多くあります。このような違いを知り、日本は先進国として、地球規模の視点を持って地球環境に責任を持たなければならない立場にあるのだな、と改めて考えることができました。

シリアにおける環境教育は、まだまだ始まったばかりです。国として分別回収のルールや、リサイクルのシステムは確立されていません。ゴミのポイ捨ても日常茶飯事です。野生の動植物も少ないため、自然保護に対する感心も非常に低いと言えます。

だからといって、日本は上からの目線に立ってしまい「途上国は地球環境に興味を持っていない」と決め付けたり、「日本の環境教育は進んでいる」と奢ったりするのではなく、このような現状の途上国に対して日本はどのようなサポートができるのかを考え、実践することが必要であると感じました。しかし、その国の実情に合ったサポートを行うことは、実際はとても難しいことです。

意見交換の場で、シリアの先生方から「私たちは、日本のように環境について学ぶ特別な時間はもっていないが、環境教育は国語、社会、理科など、すべての教科において行うことができる。」という発言があり、非常に頼もしく感じました。

現在4つの小学校に2週間に1度のペースで環境教育の巡回授業を行っていますが、2週間に1度しか訪れない私たちよりも、子どもたちに毎日接している学校教員は、子どもたちの環境教育にとって、大きな影響力を持つことができると思います。今後もシリアの先生方の情熱を信じて、シリアの学校における環境教育を、シリアの先生と一緒に推進していきたいと思います。


写真①　エコクラブの授業の様子。環境局のスタッフが、子どもたちに廃棄物に関するクイズを出している。

写真②　毎月実施している公園清掃活動にて。シリア人ボランティアが人形劇で、子どもたちにポイ捨て禁止をよびかける。
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         <pubDate>Sun, 03 Aug 2008 08:59:00 +0900</pubDate>
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         <title>拡がれ！シリアの環境の輪</title>
         <description>約2ヶ月間の日本での病気療養を終え、無事にシリアに再赴任しました。

シリアは今、初夏です。初夏というには不似合いかもしれませんが、日中は40度まで気温が上がります。日本と違って、シリアは夏場に全く雨が降りません。私は、夏の夕方に雷が鳴って夕立が降り、雨にぬれた土やコンクリートの匂いとひやりとした空気が好きなのですが、ここでは雨のお陰で気温が下がるということはありません。ただ、シリア人は車を洗うのが好きで、道路で車を洗う男性をよく見かけますが、車を洗った後に道路に水を撒くことが打ち水のようになって、ほんの心持ち涼しくなっているのではないかと思います。

先日、首都ダマスカスで第35回花の博覧会「International Flower Show」が開催されました。この博覧会はシリア観光省とダマスカス県が主催するもので、ティシュリーン公園という大きな公園で開催されます。植物を販売するブース、石けんやはちみつなどシリアの特産品を売るブース、観光省のブースなどが公園内に設置され、私が配属されているダマスカス県環境局も公園の一画をもらって展示等を行いました。

環境局職員のシリア人たちなりに考えた環境汚染の防止を呼びかける看板や作品をいくつか置いたりするものの、特に積極的な呼びかけは行いません。環境局の職員は8割が技術職で環境モニタリングを専門としているため、環境教育的な考え方はあまり持ち合わせていないのが現状です。

そこで2年前から、環境局に配属されているJICAの青年海外協力隊の環境教育隊員が子ども向けに環境教育活動を行うことになりました。今年は広告で紙すきをして作成したカードに、子どもたちが“地球へのメッセージ”を書く再生紙カード作りと、環境に関するクイズを解いてまわる環境クイズラリーを実施しました。

「環境を守るためにどんなことをしなければいけないかな？」「学校や家で、どんな環境に優しいことをしている？」と環境教育隊員が問いかけると、子どもたちは初めは困った顔をします。学校でも家庭でも、そのような環境保護に対する考え方を問う質問をあまりされていないからです。

「木を植える」「ゴミをゴミ箱に捨てる」など、日本でいえば幼稚園児が答えるような答えを一生懸命考えて答えてくれるのですが、これをきっかけにして、環境のために自分ができることを考え、行動してくれたらと願っています。

この花の博覧会での活動で、子どもの活動に手出し口出しをする親がほとんどであることを残念に思った反面、子どもの主体性を大切にする親も意外といることも知りました。

シリア人は過程よりも結果を気にする傾向があります。例えば、子どもらしい絵よりも親が手伝う美しい絵。子どもの素直な気持ちの文よりも、親が考えた理論的な文が良いとされます。

例えば、クイズラリーでは、クイズの答えを子どもが考える前に親が正しい答えを言ってしまい、「ほらっ、書きなさい！」と正しい答えを書かせる親。他の子が書いた正しい答えを盗み見て、クイズラリーを回らずに、自分の子どもの解答用紙に答えを書かせる親。

「環境は友だちってどういう意味だと思う？」と聞くと、子どもに答えさせずに自分が答える親。横から子どもに耳打ちして、肘でつついて自分の言葉をそのまま子どもに言わせる親。

そんな親がいる反面、子どもにちゃんと考えさせる親もいました。

子どもが分かるようにクイズの質問を噛み砕いて説明して、子どもに答えを考えさせる親。「環境は友だち」って、自分はこう思うけど、あなたはどう思う？と、子どもの意見を考えさせ、答えさせる親。

環境教育は点数で評価たり、競争で勝ち負けが決まるものではありません。まず感謝の気持ちや思いやりの気持ちを持つこと、一人ひとりのアイデアを出し合うこと、協力し合うことが第一歩ではないかと私は思っています。

この花の博覧会のような機会を通して、大人から子どもに。そして子どもから大人に環境の輪が拡がっていくよう、シリアにおける環境教育を工夫して行っていきたいと思います。

写真２）環境クイズラリーに挑戦する親子
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         <pubDate>Sat, 19 Jul 2008 07:26:16 +0900</pubDate>
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         <title>『自分と地球にやさしいこと』</title>
         <description>前回、1月のレポートから、ずいぶんとご無沙汰してしまいました。

実は今、私は日本に帰ってきています。

通常、青年海外協力隊員は任国に派遣される2年間は日本に帰国することができません。しかし、今回はシリアで手術が必要な病気が見つかり、治療のために緊急一時帰国しています。

おかげさまで体調はすっかりと良くなり、6月末にシリアに再赴任できることになりました。

シリアに行って約1年。赴任した当初は新鮮なことばかりだったことが、当たり前に感じるようになってきていたシリアでの生活。しかし、今回思いがけず日本に帰ってきたことで、あらためてシリアのこと、そして日本のことを考え、気付くきっかけを持つことができました。

そのひとつが、「想像することの大切さ」です。

日本に帰ってきて、友だちにシリアの写真を見せて話をすると、「やっぱり行ってみないとわからないね」と言われることがよくあります。

しかし、私がシリアから日本に帰ってきて思ったことはその逆で、「必ずしも実際に行く必要はない」ということです。

もちろん、実際に自分の目で見て、耳で聞き、肌で感じ、頭で考えることはとても大切なことだと思います。自分がシリアに行き、実際に見なければ分からなかったことは本当にたくさんあります。街中のポイ捨てのゴミの山、シリアの人の笑顔、イスラムの祈りの姿、青く澄んだ広い空･･･。数え上げると、きりがありません。

しかし、「自分が想像しえない日常が、世界のどこかで営まれている」と意識すること、想像することが、むしろ大切なのではないか。それが、大きく言えば世界を変えるパワーにつながるのではないかと思うようになりました。

例えば、自分が日本で信号待ちをしているとき、ふと「この瞬間に、大海原でクジラが潮を吹いているかもしれない。」とか、「この瞬間に、アフリカのどこかでお腹をすかせて死んでいく子がいるかもしれない。」などと想像したりする。その想像は壮大な自然であったり、小さな昆虫の動きであったり、子どものことだったり。

今はテレビ、本、インターネットなどで、世界中の様々な情報を得ることができます。情報によって、その想像はよりリアルになるし、既成概念にとらわれていた世界が広がり、楽しくなります。

自分の目の前のことだけではなく、世界のどこかで起こっていることを意識して考えてみる。そして、それがもし、自分が行動をおこすことで良い方向に変えられるかもしれないようであれば、例え小さなことでも、自分のできることをやってみる。

募金をしてみる。献血をしてみる。節電をしてみる。エコバックをもってみる。

そこで、自分と世界が、どんどんとつながっていくような気がします。

シリアで生活し、そして日本に戻ってきてみて、「自分のまわりに広がっている世界について想像すること」が、自分にとっても、そして地球にとってもやさしいスタイルのひとつと言ってもよいのではないかと思うようになりました。

そう思えるようになったことが、自分がシリアに行ったことで変わったと感じることです。



写真①･･･「シリア最貧困地域」と言われているシリア北部の村に住む少年とロバ。まっすぐな瞳とさわやかな笑顔が印象的。

写真②･･･映画『アラビアのロレンス』の舞台となった、シリアの隣国ヨルダンにある「ワディラム」という地域の砂漠。ただ、砂と岩と空が広がる。
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         <pubDate>Wed, 11 Jun 2008 11:25:54 +0900</pubDate>
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         <title>シリアの公園と清掃活動</title>
         <description>明けましておめでとうございます。2008年の年明け、皆さまはどのようにお過ごしでしょうか。シリアでは、12月19日から1月5日まで、平日を何日か挟んだものの、祝日と休日が連続していました。

シリアの季節は、日本と同じく冬。レバノンとの国境付近の山々は雪がかぶっています。ダマスカスの街中では時々小雨が降るぐらいで、雪はまだ降っていません。砂漠の国で雪？と奇妙に思われるかもしれませんが、シリアの気温は1年を通して東京と同じような変化をします。

　シリアの年末年始は特に変わった様子はなく、普段と全く同じです。1月1日のみが祝日で、学校や会社は休みになります。しかし、日本人にとってはやはり意味深い年末年始。私のシリアでの年越しは、紅白歌合戦（衛星放送で、日本の番組が放送されるチャンネルを見ることができます）を見て、年越しそうめんを食べました。

　私の2007年の仕事納めは12月29日。公園の清掃キャンペーンの実施でした。

　シリアには公立の大きな公園が多くあります。日本の公園のように木や花が植えられ、噴水や遊具があります。シリアには娯楽施設が大変少ないため、小さな子どもを連れた親子や若者、お年寄りなど様々な人が公園に集まり、くつろいでいます。夏には涼を求めて、夜遅くまで多くの人がピクニックをしています。芝生が人で埋まるくらいの公園利用率の高さや、真っ暗な中、子どもが遊具で遊ぶ様子に、シリアに来た当初はとても驚きました。

　市民がよく利用している公園ですが、通り同様にゴミのポイ捨てが目に付きます。ゴミ箱はたくさん設置してあるのですが、目に入らないかのようにゴミをポイ捨てしています。シリアの人は「公共の場を掃除するのは清掃員の仕事」という考えを持っているようです。

　そこで、「自分たちの手で、自分たちのまちをきれいにしよう」という気持ちを持ってもらいたくて、ダマスカスの中心部にある公園で毎月第4土曜日に、公園に集っている子どもたちとその保護者を対象に清掃キャンペーンを実施しています。活動の実施主体は、JICA、ダマスカス県清掃局、環境NGO、大学生のボランティアなどです。

　活動では、紙芝居やゲームで、「ゴミをポイ捨てしないように」ということや「自然を大切にしよう」といったメッセージを伝え、単調なゴミ拾いにならないように工夫しています。11月の活動では、清掃局のスタッフに、ゴミの捨て方やごみ収集のしくみについて簡単な講義をしていただいた後、その公園周辺を担当されている清掃員の方に、インタビュー形式で「どんなゴミの捨て方が困るか」「昔と今のゴミの種類や量の違い」などのお話を伺うことができました。小さな子どもたちには少し難しい話だったかもしれませんが、子どもたちの保護者を含め、公園に集っていた大人たちは大変興味深げにお話を聞いていました。

　この清掃キャンペーンはJICAの呼びかけで2年前から継続しており、今も私たち環境教育隊員が中心になって実施しています。しかし、シリア人スタッフの主体性を引き出すように働きかけてきたところ、最近では、清掃局のスタッフや学生ボランティアが活動のアイデアを出してくれるようになりました。少しずつ活動の主体をシリア人に移していき、JICAがいなくなっても活動が継続できるようにしていきたいと考えています。

　ここ数ヶ月、活動の最後に「私たちのまちをきれいに保つことを約束します」とアラビア語で描いた白い布の横断幕に、参加した子どもたちが手形を押すという活動をしています。この横断幕が手形でいっぱいになれば、まちがきれいになる･･･とは思いませんが、子どもたちを始め、シリアの人たちの心の中に“環境の種”を撒くきっかけになればよいと思います。

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         <pubDate>Fri, 25 Jan 2008 10:14:26 +0900</pubDate>
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         <title>小学校での環境教育</title>
         <description>　現在私は、シリアの首都ダマスカスにある「ダマスカス県環境局」にJICA青年海外協力隊の環境教育隊員として派遣されています。

環境局にはラボラトリー部門とパブリック・アウェアネス（公衆意識向上）部門があり、私はパブリック・アウェアネス部門に所属しています。パートナーであるシリア人女性2名が小学校を巡回して環境教育の授業を行うにあたり、彼女たちをサポートしながら新しい提案や手法を取り入れて一緒に授業を作っていくことが私の主な活動です。

　シリアに赴任した当初は小学校が夏休み中で、環境教育授業のための学校巡回が始まっていませんでした。夏休み明けにラマダン（断食月）が始まり、ラマダン明けには教育省からの許可がおりていないとのことで、なかなか学校巡回ができずにいましたが11月末からようやく環境教育の授業を実施できることになりました。

　日本では「総合的な学習の時間」に環境について学習することが多いと思いますが、シリアにはそのための時間はありません。音楽や体育などの時間をもらって授業を行っています。それでも小学校において環境に関する授業を行うということは、途上国においては先進的な取り組みとも感じています。

　現在4校の小学校の6年生に対して、来年6月末までの年間スケジュールを組んで2週間に1回授業を行っているほか、その他の小学校を巡回して1回のみの授業を行う計画があります。その4校では11月に2回の授業を実施しました。1回目の授業テーマは「地球規模の環境問題」、2回目の授業テーマは「食物連鎖」です。

　日本の子どもたちと同様、ダマスカスの子どもたちもテレビや本から得る「知識」はとても豊富です。環境問題に関しても多くの子どもが地球温暖化や野生動物の絶滅、砂漠化などの知識を持っていました。しかし、実際の「体験」はとても少ないと思います。特に自然に触れる体験は、ダマスカスの子どもたちにとってあまり機会がありません。

　自分の小学校での生活を思い出してみると、校庭で四葉のクローバーを探したり、アリの行列について行ったり、チョウチョやバッタを追いかけたり、砂場でままごとをしたり。私は都会で育ちましたが、学校で小さな自然に触れることは日常だったように思います。

しかし、シリアの小学校には運動場がありません。土がなく、植物がありません。虫がいません。床はすべて石畳です。学校の外に出れば公園や家々の植栽がありますが、日本のように里山のような存在はありません。自然に触れる機会は日本の子どもたちより圧倒的に少ないと思います。日本で生まれ育った私にしてみれば、子どもたちに緑豊かな自然に触れる体験をさせてあげたい！と思うのですが、実際に動植物の少ないシリアでは難しいことも多くありもどかしい思いをしています。しかし、子どもたちは自分の国が大好きです。

シリア人に「子どもたちに環境教育を行っている」と言うと「素晴らしい活動だ。シリアには必要だ。シリアには問題がたくさんあるだろう？」と言われます。道路にゴミをポイ捨てすること、食べものをたくさん残すことなど、自分たちが地球環境に悪い習慣を続けていることを大人たちも認識しています。シリアで続いてきた長年の習慣を急に変えることはできないかもしれませんが、子どもたちに小さいころから環境について教え、考えさせる教育を行うことでこれらの習慣が良い方向に向かえばと思います。

シリアに来て5ヶ月。知らないことがまだまだたくさんあります。シリアにおける環境教育を人々と一緒に模索していくことの重要性と難しさを感じながらも、シリアの魅力や子どもたちの笑顔に日々元気をもらっています。
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         <pubDate>Sun, 16 Dec 2007 14:07:28 +0900</pubDate>
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         <title>シリアの環境意識</title>
         <description>1ヶ月に渡るラマダン（断食月）が終わり、シリアにいつもの生活が戻ってきました。

ラマダンが明けてから３日間は「アイード　フトゥル」という、国民の祝日です。日本で言う正月の三箇日のようなものらしく、皆、新しい服を着て親戚を訪問しあいます。
アイード中に、シリア国内に遺跡を見に行きました。遺跡に行く途中で小さな町に立ち寄りました。町の子どもたちが、景色の良い高台の斜面に連れて行ってくれたのですが、その斜面は一面ゴミ、ゴミ、ゴミ･･･。ショックでした。

「きれいな景色でしょう？」
と、子どもたち。でも足元は一面のゴミの山です。

「景色はきれいだけど、足元はきたないよ。どうしてここにゴミがあるの？」 
と聞くと、子どもたちは 

「車でこのまちを通る人が捨てていったりするんだ。きたないよね。」 
と答えてくれました。
でも明らかに、この町の住人が捨てている生ゴミやプラスチックゴミもたくさんありました。 
悲しいけれど、子どもたちはこのゴミ山の風景を当然のものとして、毎日見て育ちます。そして、自分もゴミを平気で捨て大人になったとき、その子どもも同じようにポイ捨てをするのです。 

シリアに来て一番に目に付くのはやはり「ゴミの多さ」です。
ダマスカスの市内には清掃員がたくさんいて掃除をしているため、それほどひどい状況ではありませんが、市外ではゴミの山を見かけることが多いです。
どこへ行っても目に留まるゴミの山を見ると、自分たちのまち、国をきれいにする気持ちが育まれていないのかと疑問に思います。

しかし、そんなシリアにも「まちをきれいにしよう」という取り組みがあることを知りました。ダマスカス県主催の清掃キャンペーンが毎年アイード明けに行われているというのです。
今年はダマスカスの旧市街で行われ、私の活動先であるダマスカス県地方環境局はほとんどのスタッフが参加し、他にも清掃局、環境保護団体、旧市街にある学校の生徒など200名ほどが参加しました。
全員でゴミ拾いでもするのかなぁ？と思っていたら、そうではなく、垂れ幕や看板を持って、みんなで練り歩くというだけのものでした。 
行進では、子どもたちがプラカードを持って「私たちは、このまちが好きです。だから、手を取り合って、みんなでこのまちをよくしていきましょう」という内容のことをアラビア語で呼びかけていました。 
この呼びかけが、単なる言葉だけのものではなく、意識や行動としてシリアの人々に根付き、シリアの環境を自分のこととして考えることができるようになるには、やはり「教育」の力が大きいのではないかと感じます。
もちろんシリア人の中にもシリアの環境をよくしようと活動している人はいます。環境教育隊員としてシリアに来て、一人では何もできないけれど、シリア人と協力し合って、この国の環境について子どもたちやまわりの大人の視点をちょっと変えるきっかけづくりをしていければいいなと思います。
シリアの環境意識の向上、まだまだ先は長そうです。</description>
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         <pubDate>Thu, 25 Oct 2007 17:55:40 +0900</pubDate>
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         <title>シリアの空と山。　そして今、ラマダン。</title>
         <description>みなさん、こんにちは。

日本では秋分を過ぎ、秋の気配が濃くなってきた頃でしょうか。ここシリアも秋。日没時間が早くなり、朝晩が寒いくらいになってきました。シリアは大陸性乾燥気候です。気温は東京と大きく変わりませんが、降雨量がとても少ないです。

シリアの自然環境で、大変驚いたことが2つあります。

1つは“空に雲がない”ということです。

夏の日本は入道雲がもくもくと居座っていて、時には真っ黒な雨雲が流れてきます。そして秋になると空が高くなり、ウロコ雲に夕焼けが映える、そんな空だと思います。

シリアは春～秋には雨は滅多に降りません。雲はなく、ただただ、青い空が広がっています。毎日が“快晴”です。そして、この青い空にベージュ色の遺跡がよく映えます。

もう1つ驚いたことは、“山が茶色い”ということです。

私の住む首都ダマスカスには旧約聖書に登場する「カシオン山」という名前の山があり、ダマスカス市内からはカシオン山がどこからでも見ることができる、ダマスカスの象徴です。このカシオン山には木がありません。低木はありますが、中高木がなく、見た目は茶色です。降雨量が少ないことが原因です。シリアにも緑の多い地域はありますが、ダマスカスの子どもたちは、山の絵を描くと、色は茶色で描くそうです。

カシオン山のふもとにはたくさんの家が不法に建てられていて、夜になると「山の夜景」は大変綺麗です。

このように、「空には雲があり、山は緑である」という、日本ではあたりまえのように感じていたことが、あたりまえではないということに、シリアに来て気付きました。また、日本は自分が思っているよりもはるかに生態系が豊かで、まだ自然が残されている国だと気付くことができ、日本のことがもっと好きになりました。

さて、話題は変わり、シリアの旬なお話。

イスラム教では今はラマダン（断食月）にあたります。9月の新月の日から始まり、1ヶ月間続きます。

ムスリム（イスラム教徒）は、日の出から日没までの間、飲食は一切禁止されています。社会全体がラマダン仕様になり、会社や店は13時すぎには閉まり、人々はそそくさと家に帰って、日没までの間、昼寝などをして時間を潰します。日没の時間にはまちには人も車もなくなり、ほんの数分だけ、通りには動きも音もなくなる時間があります。なんだか神聖な気持ちになれる瞬間です。

ラマダンは食べ物が食べられない貧しい人のことを理解するという目的があるそうです。私は日本人の感覚として、イフタール（ラマダン中、日没後の最初の食事）を食べるときは水や食べものに「いただきます」の感謝の気持ちを改めて感じるようになりました。ムスリムたちは、これが「アッラー（イスラム教の神様）への感謝」になるのでしょう。いずれにしろ、感謝の気持ちを持つということは大切だと思います。

しかし、これが毎日だと気持ちも身体も慣れてしまって、善し悪しもあり。
10月半ばまで、ラマダンは続きます。

ラマダン明けにはシリアの環境教育の様子をお伝えしたいと思います。

それでは皆さん、マアッサラーメ（あなたと共に平安がありますように＝さようなら）。</description>
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         <pubDate>Thu, 27 Sep 2007 09:25:53 +0900</pubDate>
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         <title>アハラン ワ サハラン！ようこそシリアへ！</title>
         <description>みなさんはじめまして。
縁あってシリアから現地レポートさせていただくことになりました。どうぞよろしくお願いします。

現在、私はシリアの首都ダマスカスに住んでいます。JICA(日本国際協力機構)の青年海外協力隊の環境教育隊員として、今年の7月にシリアに赴任し、2009年7月まで、シリアで環境教育の普及啓発を行なう予定です。

このブログでは、協力隊の活動を通して、シリアにおける環境教育についてのレポートや、皆さんにはあまり馴染みがないと思われるシリアの様子についてのレポートなどをお届けしていきたいと思います。ちなみに、ブログのタイトルにした「クラ　アルディーヤ」は、アラビア語で「地球」という意味です。

私からの一方通行のレポートではなく、読者の皆さんが知りたいこと、疑問に思われることなどがあれば、併せてお伝えしていければと思いますので、どうぞお気軽に疑問・質問等をお寄せくださいね。

さて、第1回目となる今回は、シリアの様子について、簡単に紹介します。

「シリア」と聞いて、世界のどこにある国なのか、すぐに思い浮かぶでしょうか？「ギニア」とか「ケニア」とか、似たような名前の国があるアフリカ圏を思い浮かべる人も少なくないのではないでしょうか。

シリアは中東にあります。正式には「シリア・アラブ共和国」と言い、首都はダマスカスです。北のトルコ、東のイラク、南のヨルダン、西のレバノン・イスラエルに接し、また東地中海に面しています。国土は日本のちょうど半分。人口は日本の10分の1ほどです。人口の9割がイスラム教を信仰しています。公用語はアラビア語です。

シリアは、1年前ブッシュ米大統領によって「悪の枢軸」というレッテルを貼られ、テロリストをかくまい、大量破壊兵器の建造または獲得を企てていると非難されました。それによって、「シリア」と聞くと、危険な国のイメージを持つ人は多いと思います。

しかし、実際は「治安がよい」と言えます。「テロ」などの危険な雰囲気はありません。もちろん「外国人は襲われる」というような雰囲気もありません。むしろ、シリアの人々はとてもフレンドリーで、親切です。

シリアの人は日本のことが大好きなようです。シリアで日本人は目立つので、「アハラン ワ サハラン（ようこそ）！！」と、道ですれ違う人々が声をかけてきます。日本では、外国人のことをこんな風に歓迎することはなく、逆に目をあわさないようにしたり、なるべく関わらないようにする人がほとんどだと思います。シリアの“welcomeの精神”は、日本が見習うべきところだなぁと感じました。

私のシリアの第一印象は、「けっこう都会やん」というものでした。首都ダマスカスは、車・ビル・人・モノが溢れているという印象を受けました。首都を少し離れると、雰囲気が全然違いますが、首都ダマスカスは“発展途上国”や“砂漠”などのイメージとは違うなぁという感じを受けました。

シリアに来て2ヶ月。毎日が新鮮な驚きの連続です。ここシリアから、日本人の持つ「シリア像」を、よい意味で壊しつつ、多くの人にシリアに興味を持ってもらえるようレポートしていきたいと思います！

最後に「シリアのIBM」をご紹介。

I･･･「インシャーアッラー」
直訳すると、「神様が望めば」という意味です。何か約束をしても「インシャーアッラー（たぶんね）」という感じで、「必ず」という感覚はないようです。

B･･･「ボクラ」
直訳すると、「明日」という意味です。しかし、「明日」のほかに「いつかね。」という意味で使うことがあります。10分後に会う約束をして、シリア人が来るのは1時間後という“シリア時間”の流れのなかで、「ボクラ」は、「いつか気が向いたら」というシリア人ののんびりさ（いい加減さ？）を表しています。

M･･･「マーレッシュ」
「気にしないで」という意味です。例えば、10分後の待ち合わせに来ないシリア人に連絡すると、「ごめんね。」ではなく、「マーレッシュ（気にしないで）」と返ってきます。「それはこっちの台詞やんっ！」とつっこみたくなりますが、ここはシリア。ぼちぼち行きましょう。

それでは皆さん、マアッサラーメ（あなたと共に平安がありますように＝さようなら）。</description>
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         <pubDate>Sun, 26 Aug 2007 14:20:50 +0900</pubDate>
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