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つややかな光沢が美しいシルク。そのほとんどは、繭の良質な部分だけでつくられたもの。残りの屑繭(くずまゆ)と呼ばれるところは捨てられているって知っていますか?

すべての素材を余すことなく使い、テキスタイルで創作活動を続ける自然染織家、伊豆蔵明彦さんにお話を伺ってきました。

写真)上:屑繭を使って織られたシルクのショール。柔らかな中にも、素朴さと力強さを感じる。

 人が中を歩けるほどに大きな、布のトンネル。長さはなんと50メートル。数
メートルおきに配された竹の輪っかと、筒状の巨大なシルクだけで構成されるこのトンネルは、風にたわみ、光を呼吸する。トンネルの中では、まるで巨大な生き物の体内にいるかのような温かさを感じるという。天然素材にこだわったテキスタイルの創作活動を通じ、人と自然の共生を表現し続けている伊豆蔵さん。大胆でスケールの大きい、このシルクのトンネルも、その表現のひとつだ。
 
 人間はそもそも自然の一部。そのことを忘れ、身の回りの衣食住のすべてに、利便性ばかりを追求する人間のルールが横行してしまった現在。それは、染織の世界にも顕著に現れているようだ。「人間のルールのおかげで確かに経済性は向上しました。でも、染織ちゅうのは、いのちをいただいてできるものです。シルクは蚕から、染料は草、木、虫からいただきます。いのちをもらっている以上、人間の勝手な都合で選って使うのではなしに、最後まで有効に活かさないけないと思いますね」と、伊豆蔵さん。
 
 その想いは、“溜め染め”や“廃棄物ゼロ”といった、独自の染織システムに反映されている。

 繊維は、自然素材を煮出したばかりの染液で染めると濃い色に染め上がり、次に染めたものは、当然、最初に染めたものよりも淡い色に染まる。そうしてどんどん色が抜けていった染液に、原液を足してまた染める。水も染料も一切無駄にはしない。染色後は、色の抜けた素材を焼いて灰にし、その灰を和紙にしたり、陶器の釉薬として使い切る徹底ぶり。捨てるいのちなどないということだ。

 「わたしはこれを、“太陽と水の循環”と言っているんです。同じように、生き物もまた“色”として循環していると思っています。枯れ葉は散ったときに死んだと見なされますが、腐って土に返り、植物としてまた大地に根を張る。姿形は変わっても、そのすべての段階で色素として内在しているっちゅうことです」。染色によって、色として新たに誕生するいのち。伊豆蔵さんは、どんなときも、そのものが一番活かされる方法を考えている。

 そんな、いのちや自然に対する視野の広さはどこから来ているのだろう? 

 布の織る音を子守歌代わりに聞いて育った伊豆蔵さんは、京都・西陣の織物屋の生まれ。常々、大人たちがなぜそれほどまでに織物に魅せられるのか、不思議に感じていたという。織物の歴史をたどれば、人々を引きつけるものが何かわかるのではないかと、大学に入ると同時に研究を始めた。ところが、織物の歴史探索は思った以上に長い道のりで、人類最初の一本の糸にたどり着く頃には優に20数年の月日が経ち、研究員や彼らを支える手織り職人はのべ1000人を数えたという。

 「その研究の過程で、歴史をさかのぼればさかのぼるほど、自然と人間の生活の密接な関係がわかっていきました。同時に、すべてを均一化し、利便性と豊かさを追究する人間のルールを目の当たりにして、失われたものをもう一度取り戻そうと思ったんです」。

 織物という社会とその形成過程をグローバルな目線で分析し続けてきた伊豆蔵さんだからこそ、染織業界の中でも希少で独創的な考え方や活動を、信念を持って貫き続けることができるのだろう。

 伊豆蔵さんの理念と活動は、現代社会における新しいテキスタイルの美として、国内をはじめ、欧米を中心とした海外でも高い評価を受けている。環境先進国デンマークのランドタワー美術館で開催した展覧会でも、「私たちのしている環境への取り組みは、思えば、断片的なものでしかなかったようだ。伊豆蔵さんの染織は、全体をとおしてすべてが流れていて美しい」と評されたほど。国内でも、若者の弟子入り志願者が後を絶たない。

 でも、残念ながら、世界中で示される理解もまだ“点”でしかないのだと伊豆蔵さんは言う。そして、その点がつながって線になり、いのちを大事にするライフスタイルへと変わっていくこと、それが何より大切だと考えている。「人間も動物も、植物も、いのちに優劣なんてありません。見た目だけの美しさを追究するのではなしに、いのちを思いやることから生まれる美、“思いやりの美学”こそが本当の美しさやと思います」。

 つるつるのシルクだけがすばらしいわけではない。みんなが同じ色に染まった織物だけに価値があるわけではない。まさに、美の概念の改革だ。

 伊豆蔵さんは今後、どんな作品でわたしたちにいのちを届けてくれるのだう。

 「思いやりの心が詰まった衣装を実際に着てもらうことで、現代都市に自然をばらまきたいと思っています」。

 シルクのトンネルといい、都市に衣装で自然の空気を送り込むことといい、伊豆蔵さんの発想には驚かされる。そのたびごとに、わたしたちの美への価値観は確実に変わっていくのだろう。


2006年3月11日(土)〜26日(日)にかけて、「AKIHIKO IZUKURA」1周年記念特別企画展として、「The Vision of AKIHIKO IZUKURA ―伊豆蔵明彦の眼差し―」が開催される。実 際の生地や製作行程の写真などで、伊豆蔵明彦さんの作品の詳細を紹介すると共に、各々の技が複合的に絡み合い、生み出された「wearable art (着られるアート)」を紹介する。自由に形を変 化させる組のドレス、羅やスプラングなどの古代の織技術を羽織、織りのみで形を作り上げる「廃棄物ゼロ」シリーズなど、伊豆蔵さんならではの作品の数々が展示される。また伊豆蔵さんの原点ともいえる西陣を拠点に作られた帯や着物の和装も展示する予定だ。詳細は、ホームページ(http://www.ahikoizukikura.com)に詳しい。


文=中島まゆみ 写真=黒須一彦


AKIHIKO IZUKURA
http://www.akihikoizukura.com
IANT
http://www.iant-jp.com/







伊豆蔵明彦(いずくらあきひこ)

自然染織作家 株式会社ひなや他、五社のグループ代表を務める。

1942年、京都・西陣に生まれる。同志社大学在学中より家業を継ぐ傍ら、「織物は何のために作られたのか」という疑問を解くため研究所を設立。20数年をかけ、のべ1000名のスタッフとともに、組む、編む、織る、絡める、製糸、績糸、染めの歴史的研究を重ねる。1994年、研究のまとめとして、古来より培われてきた日本の染織を作法にした染織道を創始。テキスタイルを通して自然と人類の共生を表現している。国内外の展覧会等において多数受賞。

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