地域自立して、一国自立

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株式会社トビムシ代表取締役の

竹本吉輝さんにお話をうかがいました。

 

取材・文:温野 まき 撮影:黒須 一彦

竹本吉輝 (たけもとよしてる)さん

1971年生まれ、神奈川県出身。横浜国立大学国際経済法学研究科修了。上智大学大学院地球環境学研究科後期博士課程修了。アーサー・アンダーセン、ERM日本を経て、環境コンサルティング会社を設立、経営。その後、アミタ株式会社(現アミタホールディングス株式会社)へ合流、同社経営戦略本部戦略統括を経て現職。専門は環境法。国内環境政策立案に多数関与。同時に、財務・金融の知見を加味した環境ビジネスの実際的、多面的展開にも実績多数。2009年に株式会社トビムシを設立し、「共有の森事業」などを展開している。

 

エコや温暖化防止のためではなく、快適に生きていくために

「私がやってきたことは、エコというより地域。国の法律ではカバーしきれないことを地域でなんとかするための条例や要綱、協定をつくることが好きだったんです」

 

 そう言って竹本吉輝さんは、人なつっこい笑顔を見せた。

 大学時代から行政法を研究し、外資系企業を経て、環境コンサルティング会社を設立。アミタ株式会社(現アミタホールディングス株式会社)入社後は、数々の環境マネジメント・プロジェクトを展開する一方、国内環境政策にも関わってきた。

 

「私が所属していた大学院の研究室では、地方自治体のコンサルをしていたようなものです。どんな地域でも、その地域の特性に合わせて、健康に、快適に暮らしていける仕組みづくりが必要ですが、国の法律だけではできないことが多い。特に、最も急進的に制定されていたのが公害対策の条例です」

 竹本さん自身、公害を小さい頃に体験している。小学生時代を送った横浜市鶴見区は、川崎市の工業地帯に隣接。排煙・排ガスの公害が社会問題になっていた時代だ。

 

「友達が喘息などで、他県へ越して行くのを目の当たりにしました。例えば、大気汚染防止法という法律がありますが、すべての地域の大気汚染問題をこの法律でカバーすることはできません。そこで川崎市は、大気汚染問題に限らず、独自の条例を設けて公害問題に対処していきました。当時は子どもだったので、そこまではわからなかったですが、公害の実体験として自分の中に残っています」

 

 その公害問題が、90年代から"環境問題"に移行していく。1992年にはリオ・デ・ジャネイロで「地球サミット(環境と開発に関する国際連合会議)」が開催され、翌年には、日本でも環境基本法が制定された。

 

「研究のために欧米の条例などを調べていくと、そこには必ずと言っていいくらい深刻な健康被害や環境問題がある。これは、ひどい!と思うわけです。そういうことが世界中で起こっていて、地球環境は大丈夫なの!?って。だから、エコとか、温暖化をなんとかしたいというよりは、地域で健康に、快適に生きていく仕組みづくりはどうあるべきか考えてきました」

 

日本の政策は、産業を保護するだけで育成していない

 2009年、竹本さんは、地域と日本の森林再生のために株式会社トビムシという会社を設立した。ちなみにトビムシとは、森林土壌に生息している体長2〜3ミリの生きもので、落葉などを食べて有機物の分解を助け、森林の生態系の循環に欠かせない役割を担っている。社名にしたのには、人知れず森の循環を支えているトビムシたちのように、森を支え、森と共に社会と人々の暮らしを支えていく存在になりたいという想いが込められているのだ。

 まず始めたのは、岡山県・西粟倉村の森林を対象にした日本初の森林・林業支援の事業ファンド「共有の森ファンド」。集まった資金は、高性能林業機械の購入費用やFSC森林認証費用など、森林の付加価値化につながる費用などに使われ、配当には、対象となる森林から生産された木材の販売売上や、高性能林業機械のレンタル収入の一定割合が充てられる。1口5万円(上限は10口50万円)で出資できる気軽さもあって、これまでに200人以上の投資家を集めた。

 こうした事業を展開するなかで、竹本さんは、国の保護育成政策に疑問を感じている。

 

「産業を保護育成しようとしている政策は、基本的にはほとんど失敗していると言っていい。なぜかと言うと、保護しているだけで育成していない、育成できないからです。これまで、国際競争力にさらされた産業が飛躍的に成長しているのは、競争の中で努力して革新的なことをしているからです。日本の第一次産業は保護だけされてきた典型。林業の場合、木を使わなくても、間伐のための補助金がずっと出続ける。やる気と覚悟のある事業を支援して、倒れそうになったときは期間限定で自治体が支える...というくらいのスタンスでやらないから、林業が立ち行かなくなっていると思います。特に、県は、国が決めたことを最大公約数的に政策に反映しようとするあまり、リスクをとって実行に移している市町村や組織体を積極的に支援することが難しく、決定に時間がかかり、新たな取り組みが進まないというケースも多いんじゃないでしょうか。これから地方分権の問題も整理されていくと思いますが、県と市町村、そして企業との役割分担で産業を育てていくことが重要です」

 

国産材の価値を生み出して、森林を再生する

 国産材を使うことについても独自の視点を持っている。

 

「国産材の価値を生み出す仕組みをつくっていないのに、購入や使うという行為のみを押し付けても難しいと思うんです。日本の森がダメになるから間伐材を使って!という押し売りは持続可能ではありません。間伐されて出てくる木は、細い木だったり、曲がっていたりで、いい木ではないので、どう価値を付けて販売チャネルを広げていくかを考える必要があります。そこで昨年末に、西粟倉村から出る間伐材を紙として用いる仕組みをつくりました」

 環境NPOオフィス町内会による、間伐を促進する費用を付加した「間伐に寄与する紙」を、西粟倉村から出る間伐材だけを使って日本製紙株式会社が生産するという三者協定が結ばれた。

 

「CSRのために植林するのではなくて、特定地域の森林再生を支援するために間伐材を使うという明快な目的を各企業に理解してもらったうえで、利用していただく。それによって、今回の場合は、西粟倉村の林業の現場に利益がもたらされて、森の再生を企業やステークホルダーが認識できる。幸い、スタートから賛同してくれる企業が増えています。これからは、企業の環境への取り組みに対する消費者の目も厳しくなってきているので、企業自体も"環境にいい"という抽象的なイメージだけでなく、効果的で具体的な取り組みに関わっていこうとしているようです」

 

自らがコントロールできる領域を広げられれば社会が安定する

 時代の大転換期にあって、持続可能社会を目指すうえで何が大事かという質問を投げかけると「自らコントロールできる領域を広げることだと思います」と明快な答えが返ってきた。

 

「海の向こう国の住宅バブルがはじけると、なぜか、日本の某地域の工場が破綻する。本当に丁寧に仕事をしてきたのに破綻してしまう。または、ある不動産会社は、黒字なのに、不動産会社であるという理由だけで運転資金を融資してもらえず破綻してしまう。自分でコントロールできない構造。これがグローバリゼーションの負の側面だと思うんです。じゃあ、コントロールできる領域をいかに広げていくかと言えば、"地域経済の自立"しかない。自立した小さな経済で地域がまわっていく。その仕組みをつくりたいので、トビムシが行っている『共有の森事業』のように、地域にすでにある資源として森林を活用し、経済性を生み出そうとしているわけです。地域自立して、一国自立です」

 実は竹本さんのこうした考え方の背景には、中学生までやっていた水泳と高校生から始めたアメリカンフットボールがある。水泳とアメフトは、一見、正反対のスポーツのように思えるが、実はつながりがあるという。

 

「水泳競技って孤独なんです。水中が恒常的な空間ではないから、よけいにそう感じるのかもしれませんね。一方、アメフトは野球と同じで、ポジションの役割が明確。だから、個人として切磋琢磨してきた水泳から入っても、違和感はありません。例えば、太っていてパワーのある人、痩せていて足が速い人、肩が強くてパスが速い人などがいて、練習もポジションによってまったく異なるんです。それが、試合形式の練習になったときに、スペシャリティが最大限の力を発揮して、結集してシナジーを生み出す。最初に勤務した会社が外資系だったことも大きかったですね。個人評価が明確で、個人の本当の意味での頑張りによって全体がコーディネートされて爆発力を持つことを経験したので」

 そのあたりは、自社の社員に浸透させていることのひとつでもある。

 

「あるプロジェクトがあったら、まずは、絶対にトビムシだけで出来る、もしくは自分だけで出来るということを想定する。自分でやると決めて取りかかって初めて自分の限界を知るんです。だから、各分野のスペシャリティの重みもわかる。最初から依存したら、本来的な役割もその価値もわからないと思うんです」

 

 中央集権化、グローバリゼーション化した責任は体制側にあるが、一方で、「それに問題意識を持たずに乗り続け、安寧を享受してきた我々にも少なからず責任はある」と自戒も促す。

「一箇所に集まってしまった人やお金を、補助金や施しではなく、各自が自立して循環させ、いかに地域へ投下していくか。自分が、お金を使ったことで誰が、どこが、どれだけ豊かになっているのかがわかる社会になればいい。それが、お金を使う側がコントロールできるということだと思います。もちろん、生産する側も自分がつくったものを誰が、どれだけ買ったかを知ることができる。こうしたコントロールできる領域の広がりが、社会の安定性、持続性を高めることにつながるんです」

 

 竹本さんの話を聞いていて、未来に対する不安が大きい今だからこそ、個人、企業、地域、そして国がスペシャリティを持って自立する必要があるように思えたのだった。

 

サイト

株式会社トビムシ

URL: http://www.tobimushi.jp

 

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