“エコピープルリバイバル” モヤシの種がバングラデシュの希望の種となる

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株式会社雪国まいたけ常務執行役員の

佐竹右行さんにお話をうかがいました。

(2010年12月1日初出)

取材・文/加藤 聡

撮影/黒須 一彦

佐竹右行 (さたけゆうこう)さん

1955年生まれ、京都府出身。早稲田大学法学部卒業。野村証券に19年間勤務後、株式会社パラカの経営に参加し、専務取締役としてマザーズに上場させる。その後、持株会社の役員として東京グロースリートを東証不動産部に上場させる。2008年より株式会社雪国まいたけに入社。現在は同社常務執行役員としてカット野菜の開発やグラミン銀行との合弁会社設立など新規の事業開発を手がけている。

グラミンと日本企業による初の合弁会社

 2010年10月13日、バングラデシュのグラミン銀行本店において、グラミングループのグラミン・クリシ財団と新潟県南魚沼市に本社を構える雪国まいたけ、そして九州大学による合弁会社「グラミン・雪国まいたけ」の設立に関する調印式が行われた。合弁会社設立の責任者である佐竹右行さんは、「当日は世界中がチリの鉱山落盤事故の救出作業に注目していて、ほとんどニュースで流れなかったのです......」と苦笑いするが、この日に発表されたことに大きな意味があった。グラミン銀行のムハマド・ユヌス総裁がノーベル平和賞を授賞したのが4年前の2006年10月13日。つまり、グラミン銀行にとって最も特別な日に、合弁会社設立の締結を行ったのである。これを見ても、同行のこの事業にかける本気度の高さが伺える。グラミン、そして雪国まいたけが目指そうとしているビジネスとは一体どのようなものなのだろうか?

 

「今回のプロジェクトは、バングラデシュでモヤシの種子を栽培する事業です。みなさんもご存知のとおり、今年は天候不順の影響で野菜の価格が高騰しました。そんななかでも、一袋30~40円程度と、食卓の強い味方となってくれたのがモヤシです。ところが、このモヤシの原料となる緑豆は、9割以上が中国産です。それを日本で発芽させてモヤシにしている。ということは、レアアースのようにひと度輸出に規制がかかれば、たちまち日本国内にモヤシが入ってこなくなってしまうのです」

 

 もちろんレアアースは重要だが、デジタル機器がなくなっても私たちが死ぬことはない。ところが、食料の多くを海外に頼っているわが国に、食べ物が入ってこないとなれば死活問題だ。どちらが大事かは言うまでもないだろう。

 

「こうしたリスクを回避するためには、供給先の多様化を図らなくてはいけません。本来であれば日本で作るのが一番いいんでしょうけど、現状のモヤシの価格ではとても採算が合いません。しかも中国産緑豆の価格は、この3年間で3倍近くも上がっているのです」

 

 私たちにとって最も身近な野菜であるモヤシの種が、ほぼ中国産であるということにも驚きだが、価格の上昇によって安定供給の危機が迫っていたことなど、ほとんどの人は知る由もなかったのではないか。

 

「しかし単純に生産地をバングラデシュに移すだけでは、これまで先進国が行ってきた植民地型の農業となんら変わりません。われわれが目指しているのはバングラデシュに、より多くの仕事を作ること。実際に緑豆を栽培する農家に加え、豆のなかのゴミや虫を取り除く選別作業者。さらには、グラミンダノンという企業の販売方式を参考に、現地の女性を採用した訪問販売事業も考えています」

 

 モヤシは種のままより、発芽した状態で食べた方が栄養価は高い。収穫した緑豆の7割は合弁会社から雪国まいたけが購入する形で日本に輸出するが、残りの3割については低価格の栄養改善食品として現地で販売する計画だという。

 

「もうひとつ重要なのが日本のプレゼンスという点。バングラデシュに対する日本のODA費用は年間約400億円ですが、残念ながらそれだけの影響力があるとは思えません。かたやこのプロジェクトには1億円もかかっていませんが、バングラデシュ国内での注目度は高く、大きなインパクトになると期待しています」

 

 貧しい農村部に仕事の機会を作ると同時に、モヤシを食べることによって子どもの栄養改善にもつながるこのプロジェクトは、社会的課題の解決とビジネスを両立させる、まさにソーシャルビジネスといえる。その上、この事業によって生じた合併会社の利益は、"すべて" バングラデシュの貧困層の福祉や教育、さらなるソーシャルビジネスの推進に活用されることになっている。 

 

ユヌス総裁との出会い

 今年1月、佐竹さんは自身が受講していた「日本元気塾」の研修の一環でバングラデシュ視察に参加。同塾の塾長を務める一橋大学の米倉誠一郎教授らとともに、地方の農村の調査行った。結果、この旅が今回のプロジェクトの発端となった。

 

「バングラデシュに行ったのは、ソーシャルビジネス、マイクロファイナンスの現場をこの目で見てみたいと思ったからです。今の資本主義経済は、100億円稼いでいる人たちがいる一方で、9割の人たちは年収100万円以下。こんなの誰が考えてもおかしい。それを共産主義とは異なるやり方で平準化を図ろうとするソーシャルビジネスの取り組みには大変興味を持っていました。さらには、グラミン銀行総裁のユヌス先生にお会いできるチャンスかもしれないと。というのも、この旅にも帯同した九州大学准教授のアシル・アハメッド先生はグラミングループの幹部であり、以前から私のビジネスプランについて、『ユヌス先生に話せば絶対に協力してくれる』と太鼓判を押してくれたのです。そうはいっても、本当に会うことができるのかは半信半疑でしたが」

 

 佐竹さんらは滞在中に数多くの村を見て周った。きれいな水や電気がないような場所がほとんどという過酷な環境だったが、実際の貧困の現場を肌身で感じたことで、自身のアイデアがある程度実現可能だという手ごたえをつかんだという。

「そしていよいよ帰国も迫ってきたある日、ついにユヌス先生とお会いできる機会をもらえたのです。私は限られた時間内で事業プランの説明を行いました。プレゼン中のことはあまりよく覚えていませんが、発表が終わり、ユヌス先生から『This is perfect!』と声を掛けられ、頭が真っ白になったことだけは覚えています(笑)」


 しかしユヌス総裁は、毎日世界中からたくさんの訪問客がやってくるほど多忙な人。もう会うことはできずにこのビジネスも形にはならないだろうと、佐竹さんは半分あきらめていたという。そう思っていた矢先、滞在先のホテルに1本の電話がかかってきた。なんと、もう一度会って話をしたいという、ユヌス総裁からのラブコールだった。


2日間で2回も会えることができるなんて夢かと思いました。しかもユヌス先生自身が、より具体的なビジネスモデルと協定書のドラフトを作ってきてくれたんです。ウソみたいな話でしょう(笑)。絶対に実現しなければと燃えましたね」


 帰国した佐竹さんは、まずは社内への説得を開始。ところがほとんどの社員が、ソーシャルビジネスはおろか、バングラデシュの場所さえ知らないというのが現実だった。


「やれ危険だの、やれ儲からないだの、いろいろなことを言われました(笑)。ですが決してそんなことはありません。バングラデシュは、BRICsに続く注目国『NEXT11』にも入っていて、今後大きな可能性を秘めている国のひとつです。雨季には国土の4割が水に漬かってしまう水害大国という一面もありますが、この豊かな雨こそが肥沃な土壌を育み、バングラデシュを農業国たらしめているのです。私どもの会社がある新潟県は、冬は3メートルもの雪が積もる豪雪地帯ですが、そのおかげでおいしいコシヒカリと日本酒が作れます。同じような境遇なんですね。そう説明したところ、そこは元お百姓さんの会社。そういうことならばやってみようと、なんとか社内の理解を取り付けることができました」

 

 とはいえ、雪国まいたけにとっては全く新しい未知へのチャレンジ。佐竹さんにも通常の常務執行役員としての業務がある。会社に迷惑をかけないこと、責任はすべて佐竹さん自らが負うということを条件にプロジェクトはスタートした。

 

本当に必要なのは農業による雇用創出

「このビジネスには、グラミンの協力が欠かせませんでした。われわれのような中小企業が、田舎の農村に行き、彼らにベンガル語で作り方を教えて、できた豆を回収してお金を支払うということはできませんから。グラミンには網の目のようなネットワークが構築されていて、これまで800万人以上にマイクロファイナンスを行ってきた実績があります。彼らのネットワークを利用するからこそ信用も得られるのです」

 

 このほか、バングラの気候風土に適した農業手法や緑豆の種類を導き出すために、ダッカの国立農業大学と提携してポットによる栽培試験を行っているが、こうした研究機関のコーディネートもグラミンによるものだ。

 

「今年の1月以降、バングラデシュを訪れたのは4度。その主な目的は、緑豆の生産を委託する農家を募るためです。首都ダッカからバスで8時間の場所にあるランプールという村の集落をキャラバンで周るのですが、どこの集落に行っても、村人たちは目を輝かせて、私たちの話を非常に熱心に聴いてくれました。それくらい現地での期待は大きい。われわれとしては品質のいい豆を安定的に確保できるし、彼らとしても正当な賃金水準が保証される仕事が得られる。誰もがオールハッピーなビジネスです」

 

 現在、そのランプールでは、8ヘクタール規模の実験栽培を行っている。緑豆は3ヵ月ほどで実ることから、先日、初めての収穫が始まったそうだ。

 

「いま一番の心配が、いざ豆ができても、そのうち何十%が発芽して、ちゃんとしたモヤシになるのかということ。なにしろすべてが初めての取り組みですから、こればかりはトラックレコードを重ねていくしかないんですね。実際にうまくいけば来年度からは、500~1000ヘクタールでの本格栽培に移す予定です。選別作業や訪問販売での雇用も加えれば、数千人規模の雇用が実現しますし、その家族を入れれば万単位の人を養えることになるでしょう」

 

 11月4日、5日にドイツのヴォルフスブルグで行われた「グローバル・ソーシャル・ビジネス・サミット 2010」の席でユヌス総裁は、グラミンと雪国まいたけのプロジェクトについて、「世界初の農業ソーシャルビジネスだ」と紹介した。

「"世界の工場"が中国からバングラへ移り始めたということが言われていますが、そういった動きがいくら広がっても、栄えるのは都市部だけです。しかしバングラデシュの貧困の多くは農村部にある。先ほども言いましたが、村には水も電気もガスもありません。そんな所には工場が作られることは100%ない。だが我々の事業に必要なのは肥沃な大地だけ。農村部にたくさんの仕事を作ることができると、ユヌス先生は本当に喜んでくれています」

 

 佐竹さんとユヌス総裁が出会ってから、合弁会社設立の調印を交わすまでの期間はわずか9ヵ月。一般的には東南アジア圏は時間にルーズで、ビジネスもなかなか進まないという声もよく聞くが、ほかのどの案件をも差し置いても、この合弁契約を進めたかったのかもしれない。

 

社会起業を目指す人たちへ

 雪国まいたけのこれらの取り組みが始まった背景には、日本で社会貢献やソーシャルビジネスが注目されるようになったこともあるだろう。その一方で、現在の安易な社会起業家ブームについて、佐竹さんは警鐘を鳴らす。

 

「ソーシャルビジネスは、頭にソーシャルと付いているために、援助とかCSRとかいった意味合いを強く感じますが、99.9%普通のビジネスと一緒です。違うのは最後の配当の行き先だけ。通常は株主に支払われるべき配当が、ソーシャルビジネスにおいては貧困層や救われるべき人に行くだけであって、それ以外は同じなんですよ」

 

 社会を良くしたいという純粋な想いは大事だが、まずはビジネスありきということだろう。

 

「私は野村証券に在籍していた約20年の間、たくさんのビジネスマンを見てきました。ユヌス先生のことを仏様のように思っている人が多いかもしれませんが全く違います。もちろん普段は貧困層の救世主という顔を持ってますが、ことビジネスということになれば超ハードです。ウォール・ストリートのビジネスマンよりビジネスマンらしいですよ。もしも理想を言っているだけの人だったら、グラミン銀行のような一大事業をわずか一代で築けるわけがありません」

 

 ここまでの話だと、合弁会社設立はトントン拍子に進んだように見えるかもしれないが、佐竹さんとグラミンの間では、水面下でかなり難しい交渉があったようだ。グラミン銀行はこれまでに外国企業9社と合弁契約を結んでいるが、この数は決して多くはない。最後の最後で合意に至らないケースが多く、途上国でのソーシャルビジネスの難しさを表している。

 

「途上国を相手にするということは、現地の法律や会計に関する知識も持ち合わせてなければいけないし、当然だまされたりすることも少なくない。まさにビジネス、その辺はシビアです。もっとドロドロとした部分に対する覚悟がある人にしかできないと思いますし、それを乗り越えた人にだけ蓮の花が咲く。そんな気がします」

 

 そして、自分たちはたまたまパズルがうまくはまっただけ、と笑う佐竹さん。これからのビジョンを聞いてみた。

 

「現在の日本の緑豆輸入量は5万トン。そのうちわが社のシェアは3%、1500トンです。まずはその1500トンを、中国産からバングラデシュ産にシフトさせることを目指します。バングラの農業ポテンシャルから見れば、生産の拡大は十分に可能ですから、将来的にはほかのモヤシ業者への緑豆の販売や、大豆やトウモロコシといった農産物へのチャレンジも検討しています」

 

 日本人が食べれば食べるほどバングラデシュの農村が幸せになるバングラ産緑豆のモヤシ。その大いなる可能性に夢は広がる。わずか数ミリのモヤシの種が、バングラデシュの地で大きな希望の花を咲かす日もそう遠くないはずだ。

 

雪国まいたけ

http://www.maitake.co.jp/
グラミン・クリエイティブ・ラボ@九州大学
http://imaq.kyushu-u.ac.jp/~gcl/japanese/index.html

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コメント: 1
  • #1

    りえ (土曜日, 05 4月 2014 19:51)

    今日たまたまつけたテレビで、バングラデシュでeラーニングの普及活動する税所さんが紹介されていてそのつながりでグラミンの検索してここに来ました。
    関わる人みんながうれしい、そうゆうビジネスのお話を聞くだけでもうれしい。希望を感じます。
    雪国まいたけさんがこうゆう活動されているのを知りませんでした。もやしを買うとき、いったことのない遠くのバングラデシュの人を応援できてると思えるのは素敵です。

    こうゆう話って本当元気もらいます。
    こうゆうビジネスが社会にどんどん増えて、買うことだけでなぅ自分もそうゆう仕事が出来たらいいなぁって思います。




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