2012年

1月

12日

タネが危ない理由

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野口種苗の野口勳さんにお話をうかがいました。

 

取材・文:温野まき

撮影:黒須 一彦 

野口 勳(のぐち いさお)さん

1944年東京都青梅市生まれ。野口種苗研究所代表。親子3代にわたり在来種・固定種、全国各地の伝統野菜のタネを扱う種苗店を埼玉・飯能市で経営。店を継ぐ以前は手塚治虫氏の担当編集者をしていたという異色の経歴を持つ。2008年「農業・農村や環境に有意義な活動を行ない、成果を上げている個人や団体」に与えられる山崎記念農業賞を受賞。著書に『タネが危ない』(日本経済新聞出版社)、『いのちの種を未来に』(創森社)。

 

大量生産と大量消費がタネを変えた

野口種苗は、日本で唯一と言っていい「固定種」専門のタネ屋さん
野口種苗は、日本で唯一と言っていい「固定種」専門のタネ屋さん

 昨年9月に、『タネが危ない』という本が出版された。この本を執筆したのは、埼玉県飯能市で野口種苗店を営む野口勳さんだ。

 いま、豊か過ぎる「食」の裏側で何が起きているのか、その根本にあるタネの問題を知りたくて、野口さんを訪ねた。

 実はこの日、野口さんは体調を崩されて歩くこともままならない状況だったのだが、予定通り取材を引き受けてくださった。

 

 店の引き戸を明けると、野菜のタネ袋がずらっと並んでいる。一見普通のタネ屋さんのようだが、ここで売られているのは、すべて「固定種」と呼ばれる野菜のタネだ。固定種とは、大昔から受け継がれてきた野菜のことで、代々農家は、できの良い野菜のタネを採種し、翌年にまた蒔いて収穫することを繰り返してきた。ところがいまは、京野菜などの伝統野菜の一部を除いて、一般には固定種の野菜を育てる農家はほとんどいなくなっているという。

 

 では、私たちが日頃、スーパーや八百屋さんで買って食べている野菜はどんな野菜なのかというと、ほとんどがF1(エフワン=雑種第一代)と呼ばれるタネから育てられている。F1とは、異なる品種を掛け合わせて、一代目の時だけに現れる“雑種強勢”という性質を利用した品種改良技術だ。雑種強勢によって野菜の生育はよくなり、さらにメンデルの遺伝の法則によって形が揃い、同時期に一斉に収穫することができるようになった。つまり、F1の野菜は規格が揃うので、大量生産、大量消費にうってつけなのだ。1960年代頃から普及したF1は、世界のタネ市場に急速に広がっていった。

 

「いま、農家が市場に野菜を買ってもらうためには、野菜の揃いを良くすることが第一条件なのです」

 

 野口さんは、探究心に満ちあふれた少年のような目を向けて話しはじめた。

 

「固定種が主流だった頃は、大根一つとっても大きさも見た目もまちまちで、八百屋さんで量り売りをして値段をつけていました。それが、大根1本○○円、というように均一に値段をつけられるようになったのは、F1のおかげです。しかし、このF1の野菜は、二代目以降はタネを採って蒔いても、親と同じ野菜はできず、姿形がめちゃくちゃな異品種ばかりができてしまう。ですから、F1の野菜を作る農家は、毎年、種苗業者からタネを買うことになります」

 

子孫を残せないタネたち

 タネ採りはできなくとも、大量生産に向いたF1の野菜は市場の需要を満たしていった。それは同時に種苗業者に大きな利益をもたらし、F1を効率的に作るための技術開発も日進月歩で進んだ。

 

「F1は雑種をつくる技術なので、本来、植物が行っている自分の花粉で受精する能力は邪魔なのです。だから最初は、人が手作業で雄しべを取り除いて自家受粉できないようにして、他の品種と交配させることでF1を作っていました。日本では大正時代に始まった技術です。次に、自家不和合性という、同じ株の花粉では受粉できない植物の性質を利用してF1をつくる技術が生まれ、さらに、雄しべを持たない雄性不稔(ゆうせいふねん)という突然変異を起こした個体の特性を取り込む技術になっていきました。雄性不稔はミトコンドリア遺伝子の異常で、極わずかな確率で自然界に生まれます。自分で子孫が作れないために、自然界では淘汰されてきたのですが、それをたまたま発見したアメリカ人が、これは使える、と思ったわけです」

 

生殖能力を持たない野菜を食べ続けても人間には本当に影響ない!?
生殖能力を持たない野菜を食べ続けても人間には本当に影響ない!?

 本来は生殖機能を持った植物を、雄しべがなかったり、花粉がなかったりする植物に変えることで、より効率的に他の品種と交配させてF1を作ることができるようになったのだ。

 

「簡単に言うと、野菜を無精子症にしたわけです。雄性不稔は母系遺伝するので、正常な野菜と人為的に交配させることで無限に増やすことができます。今後は、私たちが食べている野菜のほとんどが、雄性不稔によるF1になるといっても過言ではありません」

 

 だが、自然の摂理から大きく外れて発展した交配技術の安全性について、野口さんは警鐘を鳴らしている。

 

「自然というのは本来の姿に戻ろうとするので、時々、雄性不稔の野菜の中に雄しべのある正常な花が咲くこともあるんです。それを種苗会社は見つけては抜いて捨ててしまう。生命として正常な野菜は捨てられ、雄性不稔というミトコンドリア遺伝子の異常を利用した野菜を私たちは食べている。それが先々どういう影響を与えるのかを考えると、私は怖くて仕方ない。生命にとって、ミトコンドリアはエネルギーの源で、免疫機能を司り、変異を起こせば生命の死に関わってくる。それは植物も人間も同じなんです。子孫をつくれない野菜ばかりを食べていて、人間に影響がないなんて、あり得ないのではないでしょうか」

 

外食産業の需要7割のための市場

 私たちの食生活は、もはやF1がなければ、成り立たなくなっている。

 

「いま、流通している野菜で、家庭で調理されているのは3割を切ったそうです。この間まで4割くらいだと言われていたのに……。残りの7割は、外食、中食です。外食や中食は、形や重さなどの規格が揃っていなくてはダメなんです。固定種は、機械調理に向かないし、野菜の味が濃いために、均一に味付けできません。市場は、規格が揃っていて味付けしやすいF1野菜を、外食と中食産業のために仕入れている。家庭で調理する3割のためではありません」

 

 野口種苗には、最近、これから農業を始めたいという人が、固定種のタネを求めてやってくるが、野口さんは、固定種で農業をやることを勧めない。

 

「固定種は昔の野菜の味がする、味がいいから作りたい、と言われても、現実には流通に乗せるのは難しい。スーパーで固定種の野菜を売ることは、まずできません。だから私は、農業で暮らしていきたい、しかも固定種を作りたいという人には、F1と両方作ってくださいと言っているんです。売り物はF1で作って出荷する。固定種の方は、自分で食べるように自家採種して作り続けていくことによって、やがて、固定種を売ってください!という人が必ず来る時代になるからって。安いもの、便利なものがいい、という価値観が続く限り、F1の流れは止まりません。世間一般のほとんどの人が、固定種とF1の違いを知らないのが現状ですから」

 

 だからこそ、野口さんは一般の人たちにこの事実を知ってほしくて『タネが危ない』を書いたのだ。

 

「種苗業者側から見れば、一般の人には本当は知られたくない、知る必要がない、ということを書いているので、今回の本は、種の業界の中ではアンタッチャブルな存在ですよ(笑)」

 

生命をいじり過ぎた先に何が起こる?

 実は、野口さんは若い頃、家業の種苗店を継がずに、手塚治虫漫画の編集者だった時代があった。しかも、手塚治虫のライフワークとして知られる『火の鳥』の初代担当編集者だったのだ。手塚作品の根底に脈々と流れる生命尊重と自然への畏怖、地球環境保全への願いは、野口さんの人生観に大きな影響を与えたという。

 

「子どもの頃に読んでいた手塚漫画に、『黒い宇宙線』という読切漫画があるんです。宇宙から宇宙線が飛んで来て、その宇宙線が入ることによって生命が動き出す。この宇宙線は、『火の鳥』でいう、コスモゾーン(宇宙生命)と同じです。植物も動物も人間も、目に見えないような細菌も生命、そして地球そのものも生命体だと、手塚漫画は教えてくれました。いまは、生命を研究することが面白くて、科学者がみんなでいじっている。もちろん、それまでわからなかったことがわかってきたのだから、面白い時代ではあります。ただ、人間は利益を追求するあまり、わけのわからないままに生命をいじり過ぎているのではないでしょうか」

 

 著書『タネが危ない』で触れられている、雄性不稔が人に及ぼす影響や、2007年に全米で起きたミツバチの失踪現象などについての関連性については、現時点では仮説に過ぎず、検証されているわけではない。ただ、検証する間もなく、次々と新しい技術がタネという生命を変えていこうとしている。

 

「TPPが決まれば、アメリカにとって、日本は遺伝子組み換え作物の格好のマーケットになる。固定種はますます追いやられるでしょう。だから、いまのうちに日本中に固定種を広げておきたい。なるべく多くの人たちが自家採種して固定種を守っていって欲しいのです」

 

 F1という画期的とも言える技術から発展した、雄性不稔や遺伝子組み換えによるタネは、果たして豊かさだけをもたらしてくれるのだろうか。

 私たちは、小さな生命のつながりの中で生かされているということを、いま一度考え直す時にきているのかもしれない。

 

 

野口種苗

http://noguchiseed.com/

 

『タネが危ない』 (野口勳著/日本経済新聞出版社)

http://www.amazon.co.jp/タネが危ない-野口-勲/dp/4532168082/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1325902637&sr=8-1

 

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コメント: 6
  • #1

    高橋 由人 (金曜日, 20 4月 2012 13:09)

    3年前から裏山で勝手に隠し畑を開き、農業の真似事をしています。
    無農薬で作物が育つ環境に面白がっておりましたが、F1の話を聞き、異常な事だと思いました。今年は固定種に切り替えてみようと考えておりますがホームセンターや種苗店ではF1の物以外購入出来ない現状に唖然としています。

  • #2

    HajimeWada (土曜日, 21 4月 2012 15:21)

    とても参考になるお話です。ありがとうございます。
    米国でのミツバチの失踪に関して、この3月30日にNPRという公共ラジオ放送で、トウモロコシやカノーラの種に塗布されているNeonicotinoidが、成長した個体の蜜や花粉に含まれており、それを蜂が吸収しているということです。最新の研究結果によると、蜂を殺すほどではない量でも、嬢王蜂を作らなくなったり、巣へ戻れなくなったりするような影響をあたえることが指摘されました。以下のリンクで記事がアクセスできます。
    http://www.npr.org/blogs/thesalt/2012/03/29/149614689/studies-show-why-insecticides-are-bad-news-for-bees?sc=tw

  • #3

    特定非営利活動法人エコロジーオンライン (水曜日, 25 4月 2012 00:34)

    高橋さま

    コメントありがとうございます。F1のこと、一般には知らさせれていないことですよね。編集部も取材を通じて知ることができてよかったと思いました。効率を優先し過ぎると、その反動も大きいのではないかと考えてしまいます。

  • #4

    特定非営利活動法人エコロジーオンライン (水曜日, 25 4月 2012 00:41)

    Wadaさま

    コメントありがとうございます。野口さんは、農薬ネオニコチノイドによるミツバチの失踪と、雄性不稔による失踪とを分けて考えているようでした。ただ、どちらにせよ、ミツバチがいなくなるということは、人が生きていくうえで大変な影響を与えると思います。すべての生き物が役割をもってつながっているのですから。

  • #5

    松木武久農園・営業担当 松木規恵 (火曜日, 12 6月 2012 19:34)

     野口さんのお話は各地で伺い、お勉強させて頂いております。うちはりんご専業農家ですが、野菜も自家用に作ってます。ただ、本業が忙しくて、自家採取にまで手が回らずに、親戚から戴く苗(F1種)で野菜作りをしており、自分の代になったら、なんとか自分達の分だけでも自家採取に切り替えていきたいと考えております。

     拙いブログですが、~りんご売りの少女~内or公式ブログ等でこちらのリンクを貼らせて頂きました。

  • #6

    川口美江子 (木曜日, 24 3月 2016 15:42)

    宇宙の法則(神様の掟)で7年間野菜作りを習ってきました。初めはマンションのベランダのプランターで実践していましたが、昨年より市民菜園を借りてやっています。先般、食育研鑽会に参加し世間の食事情の怖さと人体への影響を考えると将来の若者達のためにも真剣に取り組まなければと思い「たねの森」さんのホームページを拝見させていただきました。野口様には感謝の気持ちでいっぱいです。よく固定種を残してくださっておられました。まだまだ勉強しながらの私ですが、健全な食生活と地球環境を整えていけるよう固定種を残してゆく活動に参加させていただきたいです。

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