パリ協定で気候変動アクションは新たな段階に 求められるのはトランスフォーメーション<2>

だが、毛利教授はCOP21から帰ってきて、パリで感じた変化に対する日本の変わらない部分にショックを受けたという。

 

「世界は越えるべき川を渡ろうとしているのに、日本はどうか。政府や企業の方から聞かれる声は『技術革新しかない』。そして『クリーンコール』などと言っていますが、これではビジネス・アズ・ユージュアルだと思う。いくら単位当たりのCO2排出量が減っても経済活動量が増えればCO2排出の絶対量は増えてしまいます。ジェボンズのパラドックスから抜け出せない。だから技術革新だけではだめ。ソーシャルなエコロジーに変革が生じなければいけない」。

 

では、日本の変革にどう働きかけるか。

 

「自分は大学教育で変えていきたいと思っています。環境NGOを見ているとグリーンピースは環境と平和、FOEは環境と社会(人間)、WWF(世界自然保護基金)は環境と経済、それぞれが(前述の3本柱に)うまい具合に手を伸ばしている。そこが変わってくるカギだと思う。社会科学、自然科学、人文科学の総力戦ですね。日本は工学部的なところが強くて研究費も自然科学が大きい。そこを重視して文系の学部を廃止すべきといった意見もありますが、とんでもない。大きな変革は、社会科学、自然科学、人文科学が統合されたときにこそ生まれる」。

 

良く使われる質問に「雪が解けたら何になる?」というものがある。「水になる」という答えは自然科学的。人文科学的には「春になる」。社会科学的には雪解けはデタント、「平和」になる。

 

「一つの質問にも3通りの答えがある。そういう認識、展開が必要なんだと思います」。

 

技術革新だけでなくソーシャルなエコロジーが重要

毛利教授はCOP21に伴う市民社会の動きにも注目していた。COP21開催2週間前の11月13日には、パリ市内で連続テロ攻撃があり130人が死亡する大惨事となった。

2015年1月にもシャルリ・エブド襲撃事件があったが、この時には何万人もの市民が政府主導で街に出た。しかし今回は戒厳令が発せられ、予定されていた史上最大のデモ行進が中止を余儀なくされた。

 

「活動を予定していたNGOも当然困ってしまったわけですが、色々考えたんですね。最も報道されたのが、自分たちが行進できないので広場に靴を置くアピールですが、それ以外にもグリーンピース、FOE、WWFの3大環境NGOも、それぞれキャンペーンを展開していました」。

 

印象的だったのは、WWFがドラクロアのフランス革命の自由の女神の絵をパンダに変えた巨大ポスターを地下鉄に掲示。

グリーンピースは凱旋門に黄色いペンキを撒いて車が通ると広がっていく、自然エネルギーへの大転換を求めるキャンペーン。

FOEは携帯のジオキャッシング・アプリを使って3000人を動員して「Climate Justice Peace」という文字をパリに浮き上がらせた。

 

「市民運動も制約の中で色々考えてトランスフォーメーションしだした印象があります。パリ会議最終日には、「譲れない一線(レッド・ライン)」を象徴した赤い布を持った市民たちも街中に繰り出しました。こうした活動は世界中で同時多発的に取り組まれていますが、日本ではまだ目立たない。だからといって冷めているわけではなくサイバースペースでもストリートでも静かに進行している」。

 

 

COP21でジャスティスで訴える人々 Christian O'Rourke CC BY 2.0
COP21でジャスティスで訴える人々 Christian O'Rourke CC BY 2.0

「私も第4の柱は何かと色々な人に聞いてきたんです。3つの柱が大事だというのはコンセンサスが出来ていますが、現実にうまく統合されていない。統合するためには何が一番大事かと質問すると、教育関係者は『教育』だと言いい、科学技術者なら『科学技術』と言う。『ガバナンス』だと語る市民社会関係者もいた。一昨年、仙台で開催された世界防災会議に出席した潘基文・国連事務総長にも質問しました。彼の答えは『ジャスティス』でした」。

 

SDGsの目標の16番目がピース&ジャスティスだ。

 

一方、プラネタリー・バウンダリー(地球の境界)論の提唱者、ストックホルム大学レジリアンス・センターのロックストローム所長に聞いたところ

「第4の柱にこだわるな。新しいパラダイムは、安全でレジリアントな地球システムの境界の中での繁栄だ」との答えが返ってきた。

 

「京都議定書ではキャップ&トレード方式で運営された。削減量を決めてその中でトレードする仕組みに代わって、カンクン合意以降は各国が自主的にプレッジしてそれをレビューしています。パリ協定もプレッジ&レビュー方式を踏襲していますが、それが成功するかどうかは、自主的に設定した目標を後戻りさせずに次はそれ以上の目標を更新してゆく『ラチェット・メカニズム』が働くかどうかによると思う。化石燃料からの投資撤退、省エネ、自然エネルギーへの投資競争が求められている。日本もパリ協定に合意したのだから、変革に動き出すべき」。

 

自分の思い込みからの解放を

 その意味で、ICUの建学の精神〝リベラルアーツ教育〟は、これからの社会に求められる教育の一つだと言えるだろう。

ICU のリベラルアーツ教育は、自分の志望や興味から様々な分野について幅広く学んだあと2年次の終わりに専門分野を決定する仕組み。

文系、理系の区別なく幅広い知識を得た後に専門性を深めることで、豊かな教養に裏打ちされた創造的な発想ができる人を育てることを目指したものだ。

ICUと同様、リベラルアーツを導入している大学も増えているが、本格的な理系と文系の学生が同じキャンパスの同じクラスで学ぶ例はほかにはない。

 

 「アメリカには自由の女神が2つあって、有名なのはニューヨークの女神ですが、連邦議会議事堂の上にもう一人います。ニューヨークの女神は〝Statue of Liberty〟、ワシントンは〝Statue of Freedom〟。ニューヨークの女神は、絶対王政から革命を経たフランスから贈られたもので、この女神の「自由」はリベレーション:解放を意味します。一方、アメリカは独立戦争もありましたが、新大陸的には最初から自由だった。つまりワシントンの女神はフリーダム:生まれながらの自由を意味します。リベラルアーツに謳われるのは前者。囚われていたものからの解放を意味しています。石油文明に囚われた20世紀的な知識から解放されたラーニングが必要です」。

 

一方、アートにも様々な解釈がある。「ミケランジェロにとって彫刻は1つのアートですが、彼が知人に宛てた手紙によると、彫刻を彫る前に大理石の中に天使がいるという。その天使を解放するまで彫るのだと」。

 

例えば雪が解ければ『水になる』という自然科学的な思い込みから解放すること。例えば「環境を守るためには経済成長しなければならない」という思い込みから解放する学びが21世紀のリベラルアーツだ。

 

「そのためには社会科学、自然科学、人文科学の境界を超えて学ぶ。世界を変える手っ取り早い方法は自分を変えること。リベラルアーツで自分が変わると思っています。今までの常識を批判的に疑う。ICUのリベラルアーツはクリティカルシンキングとロジカルシンキングを大切にしていますが、右脳と左脳の両方を使うことで常識から解放される」。

 

例えば、シャーロック・ホームズ好きの文学青年が、入学してから社会正義論を学び、血痕を研究するために生物学で卒業論文を書いた。今はアメリカの大学院で犯罪科学を研究している。ICU生らしい人文、社会、自然科学の渡り歩きだと思いませんか。また、自然科学、人文科学、社会科学それぞれのメジャーの卒業生が活躍している環境NGOもある。環境NGOの中でリベラルアーツが開花している。環境NGOも自然科学だけではだめだし、フェアトレードのようにビジネス的な側面も必要とされている。

 

「だから様々な変革が予感できますね。個人や組織が変革する時代。何か新しい言葉や概念が構成されてガラッと変わる。SDGsでは『誰一人取り残さない』がスローガンになっていますが、こうしたビジョンが世界を変えていく。トランスフォーメーションって徐々にではなく、突然風景が大きく変わるのではないでしょうか。そのアイデアは素材としてすでに存在していて、何かを媒介にして化学反応のように急に変わる。社会の生態系風景ももう変わり始めているのではないでしょうか」。

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