2016年

3月

28日

2016年度「ミス日本みどりの女神」は国際開発の分野で活躍することが目標

日本の木の文化や、緑・木の重要性などについてわかりやすく発信する活動に携わる「ミス日本みどりの女神」。

今年1月に開かれた「第48回ミス日本コンテスト大会2016」で、本年度の「ミス日本みどりの女神」に、飯塚帆南さんが選ばれた。

将来、国連等で国際開発の分野で活躍することを目指す飯塚さん。

幼少の頃から高校までを上海で過ごし、英語も堪能で、5月に開催予定のG7伊勢志摩サミットに向けて先日行われた海外プレスツアーにも同行して参加者と積極的に交流していたという。

国際問題に関心を持ったきっかけが高校時代のアフリカ・マラウィでのボランティア体験。緒方貞子さんが目標と言う飯塚さんが、「ミス日本みどりの女神」として今年1年、日本の緑や木の新たな価値を国内外に発信していく。

取材・文/大川原 通之

写真/織田 紘

森林・林業の正しい知識広めたい

「ミス日本みどりの女神」は、森林・林業・木材産業等をPRする農林水産省の「みどりの広報大使」としての役割も担う。

ただ、これまでは日本の林業についてはあまり詳しくは知らなかったという。ミス日本コンテストでは、最終選考に残った候補者を対象に様々な勉強会=後述=を開催しているのだが、その中で林野庁担当者による講義があり、そこで初めて、日本は国土の67%が森林で、森林率がOECD加盟国第3位ということを知り驚いたそうだ。

それ以来、「日々暮らす中では自分の生活がどれだけ木に支えられているか分からないけれども、少しだけアンテナを張ると、あれも木だし、これも木だし、これも木造で出来ている」と、どれだけ木に囲まれているのか敏感になったそうだ。

勉強会ではまた、伊勢神宮の式年遷宮を題材にしたドキュメンタリー映画「うみ やま あひだ」を鑑賞する機会があった。

「日本人がどれだけ木が根付いた文化で暮らしてきたか、どれだけの人が関わって立派なクオリティの高い木を神様のために育てているのかということを学び、日本は自然と近しい関係を持ちながら暮らしてきた文化があるんだということに気づくことが出来た」と語る。

伊勢志摩サミットに向けた海外プレスツアーでも伊勢神宮に参拝したが「これまでも何度か参拝していますが、より自然の力を感じました。こうした知識を持って伊勢神宮に参拝するとまた違った感覚があり、すごい人数の職人さんが何十年もかけて作り上げたということを知った上で参拝すると、改めてその偉大さを感じました」という。

その上で「これまで森林・林業に対して間違った認識を持っていました。人間の手を入れずにずっと放置していることによって自然が守られるという認識だったんですが、様々なワークショップや講演に参加して、山を守っていくためには育てて手入れをして伐採して使ってというサイクル、循環が必要だということを知りました」とこれまでの自分を振り返る。

「おそらく、多くの人が以前の私と同じような認識なんじゃないかと思います。なので、そうした現状が改められるような正しい情報を広めていきたい」。

マラウィでのボランティアきっかけに国際関係に関心

子どものころは、すごくやんちゃで男の子と外を走りまわっているタイプだったという飯塚さん。ザリガニを釣ったり、ダンゴ虫をいっぱい手に転がしたり、とてもわんぱくだったそうだ。

ちなみに、子どもの頃を過ごした中国・上海は大気汚染がひどく、外でサッカーをして家に戻って鼻をかむとティッシュが真っ黒になったという。

夜は星も見えなかったのだが、万博が開催されることになると規制が強化。クルマのナンバープレートの奇数・偶数によって運転できる曜日が決められたり、工場の操業時間も制限されたりしたところ、空が少し青くなり夜も星が見えそうなぐらいに空気がきれいになったそうだ。

「人間ってがんばればできるんだなと思った」。

その後また元に戻るのだが、「中国・上海は地球温暖化には非常に影響を与えていたので、地球温暖化問題はとても耳にはしていた」そうだ。

そんな飯塚さんが国際関係に興味を持ったのは、上海での高校1、2年生の夏休みに、アフリカ・マラウィで体験したHIVエイズ孤児の学校でのボランティアがきっかけだった。

「そこでは、子どもたちは過酷な環境で暮らしているんですけれども、それでも一日一日大切に前向きに生きていたんですね。その姿にとても感銘を受けて、自分の生き方を見つめ直した。自分はとても恵まれた環境で暮らしてきたのに、一つ一つの小さなことにありがたみを感じていなかったことに気づきました。2年目には空港に到着したら300人ぐらいの子どもたちが私の名前を呼んで歓迎してくれました。一年経ったのに覚えていて待っていてくれて、ほんとにほんとに嬉しくて。彼らのような純粋な心と笑顔を持った子どもたち、そういう人の幸せに携わる仕事がしたいなと思いました」

マラウィの学校では、音楽の授業で歌ったり、休憩時間には子どもたちとサッカーしたり、病気の子を病院に連れて行ったり、昔から習っていたクラシックバレエを教えたり。また、図書館に各国からドネーションで本が集まっていたため、それを整理して本棚に並べていく作業を行ったり、水洗トイレが工事中だったためみんなで穴を掘ってつなげたりといった様々な活動に取り組んだ。

マラウィでのボランティアの前には、NGOハビタット・フォー・ヒューマニティの活動で、タイでの家づくりボランティアに参加したこともある。現地の人たちと協力してレンガを積み上げて一週間かけて住宅を建てたという。

「今まで知り合いではなかった現地の人と一緒に働くことで、近い関係になっていく過程が好きです。会話をして彼らの生活や現状、文化について知ったりすることができることが楽しい。文字で読んで感じ取ることだけだと分からないことがたくさんある。イメージは湧いても、やっぱり現場に行かないと、深刻さだったり重要性は分からないと思うので、なるべく現場に足を運びたい」

ICUのリベラルアーツ教育で自分と向き合う

高校卒業後は米国の大学に進もうと考えていた飯塚さん。しかし、両親から日本の大学も見てみたらとアドバイスされ、「将来国際的な仕事をするにしても日本人として日本のことを何も知らないのは恥ずかしい」とも思い、また「これを機に日本で暮らさないと一生日本に戻ることは無いな」とも感じて、日本に帰国し、ICU国際基督教大学に入学した。

ICUの建学の精神が〝リベラルアーツ教育〟。自分の志望や興味に合わせて様々な分野を幅広く学んだあと、2年次の終わりに専門分野を決定する。

文系、理系の区別なく幅広い知識を得た後に専門性を深めることで、豊富な知識に裏打ちされた創造的な発想ができる人を育てることを目指したものだ。

リベラルアーツ教育を振り返って飯塚さんは、「その2年間は非常に貴重な時間で、自分が興味がある分野を様々な授業を受講することで模索できる時間。自分の興味があるものの共通点を見つけていくとても大切なプロセス」だったという。

「リベラルアーツは自由だからこそたくさんの決断をしなければならない。決断するには自分を見つめ直して、自分に向き合わないと、自分に適した決断、後々後悔しない決断をすることが出来ないと思う。4年間を通して自分と見つめあう機会がたくさんある。自分を知ることが出来るし、自分が社会で何を貢献できるか、社会との関係性を考えたりすることが出来たと思います。対話も大切で、自分がその決断のために誰と話したらいいかすごく考えたり、どういう視点が必要なのか考えながら過ごしました」

卒業論文では、国際条約なども学ぶ中でMDGs(ミレニアム開発目標)やSDGs(持続可能な開発目標)などを分析してまとめた。

「分析を通じて感じたのは、これまでの世界は人間を中心とした考え方を採っていて、人間を中心とした政策だった。それが2000―2015年である程度、人間に最低限必要なベーシックな基盤が出来たからこそ、環境にも目を向ける余裕が出来たという認識をしています。そういう意味では良い方向に向かっていると思っています。人間が生きていくためには、ちゃんと自然環境を整備して守っていかなくてはならない。これからは、自然が自分たちの生活水準を上げていくという認識を持ちながら色んな政策がつくられていくのではないでしょうか。掲げられた目標やターゲットが実践されていくことが大切だと思いますし、それに少しでも携われたら」と語る。

目標とする緒方貞子さんもかつて、ICUで准教授を務めていた。飯塚さんが在学中に、緒方さんの講演を聞く機会もあったという。「大学では安全保障について学んでいたのですが、そのコンセプトをつくったのも緒方さん。国際関係学者として世界で活躍し、国連難民高等弁務官の時代には、それまで事例がなかった決断をたくさんされて、他人の目を気にせずに自分が信じたことを実践してそれが評価されて日本だけじゃなく世界で活躍されている」。そういうところに憧れているそうだ。

国際派としての役割に大きな期待

昨年、ICUを卒業し、「目標があった方が頑張れるタイプ。素敵な目標が欲しかった」という飯塚さんは、ミス日本コンテストと出会い、応募する。ミス日本コンテストは他のコンテストとは異なり、そもそも、第二次世界大戦後の米国からの救援物資であるララ物資へのお礼の親善大使を決めるところからスタートした。

現在でも親善大使的な役割が大きい。そのため、最終選考に残ったファイナリストを対象とした勉強会の期間が5カ月間設けられている。

内容も、能や茶道、浮世絵、日本の神話などの日本文化について、メイク、ウォーキング等々。外務省や林野庁、国土交通省などから講師も招く。コンテスト事務局によると「向上心のある女性に10年後、20年後に社会のリーダーとして活躍して欲しいというコンセプトで開催されており、様々な勉強会でプロと触れ合うことで自分の夢を持ってほしい実現してほしい」という。

「海外にいた期間が長かったので日本についてそれほど深い知識がなかったので、良い機会だなと思いました」と飯塚さん。書類選考、面接、地区大会を経て、他の12人のファイナリストとともに5カ月間切磋琢磨した。飯塚さんは勉強や活動の様子などもfacebbokで発信。いいねとリーチ数はファイナリストの中で1番だったそうだ。

勉強会では外交官の方の講義は、大学で国際関係と政治を専攻し国際開発というテーマに非常に関心を持っていたことから、「大学で学んだことをサマライズしたような内容だったので、自分はこの分野に非常に興味があることが確信できた」。

同時に、今まで自分が触れたことがなかった世界を学ぶことができ、「あれも知りたいこれも知りたい」と興味の幅が広がったそうだ。例えば、浮世絵の勉強会のあとは、街で浮世絵を見かけると、「これは誰の絵だろう」「何年に描かれたんだろう」と、敏感になったという。

海外で活躍することを目標としている飯塚さんにとって、こうした日本文化を日本人として知ることはとても大切な機会。「先生方にも『日本人として海外で活動するならば日本について知り、日本の真心で活動しなければいけませんよ』と言うメッセージを頂いた」と感じている。

間伐・間伐材利用推進コンクールの表彰式に出席した昨年の女神の佐野加奈さん。飯塚さんも様々な場での活動が予定されている。
間伐・間伐材利用推進コンクールの表彰式に出席した昨年の女神の佐野加奈さん。飯塚さんも様々な場での活動が予定されている。

 「ミス日本みどりの女神」は、飯塚さんが二代目。まだまだ新しい役割だが、「個性を活かし、その人にあった活動をしていくようになる」とのこと。先述の伊勢での海外プレスツアーでも、飯塚さんは参加者と物怖じすることなく触れ合っていたという。今年は伊勢志摩サミットをはじめ、海外の要人が日本に集まる年でもある。飯塚さんには国際派として、様々な役回りも期待される。

「先日、尾鷲の森に行かせていただいたときに、木でつくられたロッジのようなものがありました。ぜひ、子どもたちとそうした木造の建物をつくるなど、現場で自然と触れ合いながら子どもたちに自然の大切さを感じてもらえる活動がしたい。自分も小さいときに両親に自然がたくさんある場所に連れて行ってもらい、生命力のすごさを感じた経験があります。自然の中で学べることがたくさんあるので、将来的には、ぜひそうした活動もしたいです」と話している。

みどりの女神活動日記

2016年1月25日 コンテスト大会当日
2016年2月16-17日 伊勢志摩サミット事前海外プレツアー同行
2016年2月18日 森山大臣表敬&みどりの広報大使任命式
2016年3月2-3日 秋田県角館現場視察&平成27年度森林組合員研修会トークショー
2016年3月4日 第1回「山の日」記念全国大会in上高地 公式プレイベント PR活動@銀座NAGANO 

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