2016年

6月

30日

<アースタロット>走る、ということ

CC BY-NC 2.0 by Harald Kobler
CC BY-NC 2.0 by Harald Kobler

走る、という行為はとても原始的だと思います。

 

そして、そんな原始的な行為であるランニングやウォーキングがこの現代において世界的に流行している様子。

 

運動が面倒くさい私でさえ、海外の友人に勧められ20分ジョギングをするようになりました。

 

 

 

行き先があるわけでもないのに、ただただ走っている自分がバカじゃないかと感じながらも。

 

その友人はジョギングに夢中というよりも、強迫観念かのように走っていて、自分のスケジュールに沿うことができなかった時には、ものすごい罪悪感に苛まれているようですらあります。

 

これは彼だけではなくて、ランニングに夢中になっている人たちはみんなこのような傾向があるみたい。

 

走ることがなぜそんなに彼らにとって大切なのか??

そして地球は、人間たちがポコポコとまるで自分を指圧するかのように走りまわっていることをどう思っているのでしょうか。

 

 

今回は、人間の「走る」という行為について、あるいは、それが及ぼす地球への作用について、タロットを通して探っていきたいと思います。

CC BY 2.0 by Phil Dolby
CC BY 2.0 by Phil Dolby

走る=コミュニケーション?

まずは、「人間はなぜ今、夢中で走っているのか?」というところから聞いてみました。

 

本当に心の底から走るのが好き、という人も数パーセントはいるのでしょうが、大半は何かのために、あるいは何かと引き換えられると思っているから走っている、という答えが出てきます。

 

何かを防ぐために走っているようなあまり純粋ではない感じがあります。

少なくとも、ワクワクした感じはここにはありません。

 

しかし、純粋であることが必要とされていない世の中のため、むしろ、不純だったとしても自分が傷つかないようにしたほうがよっぽどいいでしょう、ということになっているみたいです。

 

その上で、ランニングって新鮮なアイデアで楽しそうじゃない?

と自分を楽しませて、それを信じて納得させているような感じ。

 

本当に走りたくて走っている感じではないんです。

と言うよりも、本当は、走ることなんてしたくないみたい。

 

では、地球の方はどうなんでしょう?

 

「人間たちが自分の上を走っていることをどう感じているのか?」と聞いてみたら

 

悪くないね、とのことです。

 

でも、地球は完全にそれで満足できるわけではなくて、地球が望んでいる人間との完全なコミュニケーションには満たないけれども

ま、悪くはないね。

という感じでした。

 

 

走っている人間としては、地球とのコミュニケーション感は割とあって、こんな風に地球とコミュニケーションしているのだから大丈夫だろうと安心しているふうでもあります。

 

何が "大丈夫” なのか、といえば、地球とちゃんとコミュニケーションしているのだから突然平手打ちのように災害などを起こしたりしないだろうね

というようなことを思っているのかもしれません。

 

地球と人間、両者共に、何かしらのコミュニケーション感はあるようではありました。

走る意味とは?

ではちなみに、自動車や自転車がなかった頃の、昔の人にとっての走るという行為は?

 

現代の人間のような余裕がありません。

走らなくてはいけない責任、怒り、悪巧み、などなど、苦しそうなエネルギーがたくさん出てきました。

 

走る深刻な理由があったのだと思います。

 

そこへ急いで行かなくてはいけない理由。

逃げるということかもしれないし、もしかしたら何かを先取りしなくてはいけなかったり

人を殺すことだってあったかもしれません。

 

それくらい、走ることには重たいエネルギーがくっついて出てきます。

 

その時の地球のエネルギーを呼び出してみると、やはり人間と同様にテンションが悪い意味で高く、

苦しそうな感じがありました。

 

そして、地球は何かを人間に訴えなくてはいけない、それを実行しなくてはいけない、というところまでエネルギーが張り詰めていました。

 

こんな時、地球は、洪水とか、地割れ、雪崩などを起こして人類のどす黒いエネルギーを消化することをしたのかもしれません。

 

それに比べると、今の地球のエネルギーは引退したおじいちゃんのように平和な感じ。

ちょっと寂しげではありますが。

 

地球の危機!などと言われていますが

昔に比べると、世の中は段違いで平和になったんだなと感じます。

楽しいことにエネルギーを走らせよう!

それにしても、本当は走りたくもないのに何かのために走らなくてはいけないと思って走っている現代の人類。

 

これについては、宇宙はどう言うのでしょうか。

 

この世を総括している存在に聞いてみますと

走ることは、良い、でも、重荷を抱えながら走ることはしなくていい。

とのこと。

 

「走ることは良い」の「良い」の意味は、健康に良いとか、減量のために良いとかいうわけではなくて、ただ、単純に楽しいだろうから「良い」ということ。

そして、むしろ、「~のために」と考えて走ること自体が重荷だと言っているようです。

 

では、何のために走れば良いのか?

と聞きましたところ

 

楽しいことに向かって走りたいだろう、そのために走れば。

との答えが。

 

例えば、1キロ先に住んでいるまりこちゃんのうちに遊びに行くのが楽しみだから走る、という感じでしょうか。

 

もしくは、実際の「走り」じゃなくても、エネルギーがまるで走るように外向きに強く動くことは、

実際のランニングと同じようなことになるようです。

 

人間は運動しないと体に悪いと思い込んでいるけれども、実はそれ自体が大きな思い込みで

その考えが体に負担をかけている場合すらあるみたいな感じです。

 

昔の女優さん、高峰秀子さんは運動など一切しない意志を持っていて、家で好きな読書ばかりしていたそうですが、86歳までも長生きしたそうです。

 

運動したくないのならば、むしろしないほうが良いのかもしれません。

しかし、その代わりにエネルギーを楽しい方向に走らせること。

 

そうしたら地球もきっと喜ぶに違いないよね?

と聞いてみたら、

 

地球は、そんなにすぐに人間がそうできるとは信じられない

と言います。

 

だから、すぐに信じて人間に接することができないって。

傷つきたくないから、なんだそうです。

 

地球は、人間のドロドロとしたエネルギーで苦しかった記憶がたくさんあるのだと思います。

 

そうなの?と聞いてみたら

 

人間は、その昔、宇宙における人間のあり方を全く信じずに

自力で物質的なものを完成させることを求め

苦痛のエネルギーをたくさん発していた

それを地球が受けていた

からのようです。

 

その時には、地球の機嫌が悪かったはずですが、そのような地球の態度が人間にとっては疑わしいものに感じられたのではないでしょうか。

そこらへんから、地球と人類のココロは離れ始めたのかもしれません。

しかし、宇宙が提案する、実際に、あるいはエネルギーだけだとしても、とにかく自分を楽しく走らせる、ということをしておけば間違いないみたいです。

 

実のところ、地球は、それを「早く早く」と望んでいるようだからです。

 

そして、楽しく走っている人間のエネルギーは地球にとって、とても懐かしいものだから、そしてつながることができるものだから、と言っていました(地球談)。

R(あーる)

…人間のエネルギーを Tarot カードに降ろして、魂からの原始的な情報を伝える仕事をしています。渋谷Angel Stone(現在は休み中)、多摩センター、電話、Skype、クラブイベントなどにて。電話&Skypeセッションは、毎日当日予約のみ受け付け中。大好評血液型別タロットリーディングもblogにて月1更新していますのでよかったらチェックしてみてくださいね⇨ 【Primitive Code】

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コメント: 2
  • #1

    ピーヨン (金曜日, 22 7月 2016 10:56)

    新鮮な視点です!

    100%みんな、走る→疲れる

    とゆうことをわかってるのに、何かの達成のために頑張る走り方をしてますね!

    お友達の家に行きたい、早く会いたい!
    こどものように野原で気分よく走り回る
    おにごっこ

  • #2

    R (火曜日, 02 8月 2016 01:12)

    ピーヨンさま、

    お忙しいところ読んでくださいましてどうもありがとうございます!
    ご丁寧な感想もどうもありがとうございました。

    自然についてリーディングするたびに、へえ〜〜、と驚くことがありまして、
    自分の中でのいろいろな概念がガラガラ崩れていっておもしろいです。
    今回の「走る」についても。

    リーディングのあと、無性に
    こどものようにワクワク走りたいと思いました!

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