ラインを越えて、夢のトラム

 公共交通のルネッサンスといえば、近未来型のデザインのトラムでまちづくり「リデザイン」を行ったフランス・ストラスブールが有名です。このストラスブール市は、ライン川沿い、つまりドイツとの国境に位置しています。また、ストラスブール市は戦争によってもっとも翻弄された街の一つともいえるでしょう。神聖ローマ帝国から自由都市へ、フランス王国からドイツ帝国へ、そして2度の対戦で何度も国境が変っています。

 

 路面電車が普及した20世紀初頭は、ストラスブールを含むアルザス地方はドイツの領土でした。最盛期にはストラスブール市を中心に路面電車のネットワークは、アルザス地方(現在のフランス)とバーデン地方(現在のドイツ)に網の目のように広がり、総延長230キロがあったといいます。1年間の延べ乗客数は1億人近く、その頃には、路面電車は当たり前のようにライン川を越えていたわけです。

 

 ただし、大戦後の経済成長とともに路面電車は縮小・廃止の一途を辿ります。1964年にはストラスブール市の路面電車は完全に廃止され、車社会へと突入しました。美しい大聖堂を持つこの都市中心部も、車の渋滞と騒音、排気ガスにまみれ、魅力的な景観とは言いがたい状況であったようです。

 

 そんな雲行きが変ったのが80年代です。各種の法律と、とりわけ1989年に社会党の女性市長が誕生すると、路面電車、いやトラムと呼ばれるこの公共交通の復活政策がはじまります。現在では5系統、路線総延長54キロのトラムが、世界からの注目を集めながら日夜、市民に親しまれ、市民の足として活躍しています。

 

 成功したストラスブールのトラムは、90年代後半に「再び、ラインを越えて」という声に繋がってゆきます。ストラスブールのライン川を越えた対岸には、ケールというドイツの小都市があります。ケールは、完全にストラスブールの経済圏にある街で、ストラスブールで働く人びと(ドイツ人も、フランス人も)のベッドタウンにもなっており、また、ストラスブール市民にとっては、ドイツの安価で質実剛健な日用品の買物場所でもあります。通勤・通学時には大量の両国民がこの国境を越えているわけです。

 

 現在はバス交通と近距離鉄道(Sバーン)がこの2つの都市を結んでいますが、車交通も多大で、渋滞が激しく、バスではこれ以上の公共交通としての機能を果たすのが難しいという状況です。ここにトラム路線が通れば、乗客はすぐに30%の上昇、時間は2/3に短縮されるといわれています。

 

 市長が何度か入れ替わった結果、これまであまり進展のなかったこのフランス-ドイツのトラムプロジェクトでしたが、2008年の春に現市長のリス氏が就任すると、俄然、この計画は現実味を帯びてきました。総工費7,300万ユーロ(約100億円)を投入するといわれるトラム延長工事の具体的な計画策定のための予算(180万ユーロ:2.5億万円)が降りたのです(ドイツ側の負担分は7千万円)。フランス政府は2011年中に建設工事が開始するならばという条件で総工費のうち1,000万ユーロの助成金を約束しています。EUのInterregという国境間にまたがるプロジェクトのための補助金も認可される予定です。ドイツ政府も、州も、自治体も支援を約束しています。

 

 いよいよ、トラムもライン川を越えて。美しいストラスブールのトラムの車体が5~10年後に両岸の街を行き来することがほぼ決まりました。その日を楽しみにしています。

PROFILE

村上 敦(むらかみ あつし)

ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身

日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学

フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介、南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い

 

2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける

 

専門分野:

1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画

2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策

 

«一つ前のページへ戻る