遊べる街

(写真提供:Prof.Bernhard Meyer)
(写真提供:Prof.Bernhard Meyer)

 長らくブログという存在を忘れていました・・・これもツイッターによる弊害ですね。

 

 さて、140文字以上使って報告したいことがありますので、今回は、先月お邪魔してきた自治体、「Griesheim(グリースハイム)」について記します。フランクフルトから電車で20分ほどのところに「Darmstadt(ダルムシュタット)」という街があります。ここは技術や学問の都市として知られ、各種の専門研究機関がある街なのですが、その駅からトラムで20分ぐらい西に行ったところに、人口2.8万人の小さなグリースハイムはあります。

http://www.griesheim.de/Home.1061.0.html

 もともとは幹線道路沿いに農家がポツン、ポツンとあったところで、近年に周辺大都市のベットタウン化されたことで街になりましたが、伝統的な教会を含む広場もなく、なんとなくのっぺりとした印象をうける、ドイツのどこにでも見られるような街であります。

 

 さて、そのあまり特徴のない街が、1つの取り組みでドイツではかなり有名になりました。欧州で初めて、「遊べる街」というコンセプトを面的に、市街地全域に導入したことで、「活気ある街基金」が開催した欧州全土の都市のコンクールで、2009年に大賞を受賞したのです。これをきっかけに、テレビやメディアなどでも取り扱われるようになり、都市計画の専門家からも非常に大きな注目を集めています。

http://www.lebendige-stadt.de/

 欧州では古くから都市計画者や社会福祉学者、あるいは交通計画者が、「遊べる道路」や「遊べる街」を提唱しています。これは、子どもの生活形態を調査してみると、児童公園や学校の校庭、遊戯・レクレーション施設よりも、「家の前の道」という身近な社会福祉的な場所が、子どもの発育には非常に重要で、この貴重な遊び場所をモータリゼーション以来、車に奪われてしまっていることの弊害が、各種の社会学調査などで明らかになっているからです。

 

 日本でも私の大好きな本に『子どもが道草できるまちづくり(学芸出版社)』がありますが、そこでは1953年と比較して、都市において子どもが遊べる空間は、99%失われてしまっていることが記されています。つまり半世紀の間に子どものための空間が100分の1に減少したわけで、これで子どもが健全に発育しているならば、そのほうがおかしいと感じる私のような人間が多々存在するのは、子供時代に十分に近所の道で遊んだ経験のある方には、おわかりになるのではないでしょうか。

http://amzn.to/bwlxP6

 したがって、まちづくりや教育の専門家からは、都市空間において、まわりを危険な大海原(車で一杯の道路)の中に浮かぶ、孤島のような状態になっている児童公園やレクレーション施設、学校など子どものための空間を、わずかなスペースを設けて、あるいは再発見し、ネットワーク化したり、空間化してみようという意見が、80年代の中ごろから提唱され、小さな規模では実施されてきました。しかし、自治体全域の子どもの通路を結ぶ空間を、そのような「遊べる街」に変えてしまおうという勇気を持った首長さんは、これまで現れることがなかったわけです。

 

 しかし、長年、社会福祉や教育の分野で活躍し、社会福祉学の教授を勤める権威で、自らもグリースハイムに住むマイヤー教授と、何度も社会福祉のプロジェクトで彼と協力し、レベルの高いサービスを提供してきたグリースハイム市役所の社会福祉担当課のホフマン女史、そして彼らの熱意に応じ、子どもと持続可能性のために大きな決断をしたレーバー市長の三者によって、「遊べる街」のコンセプトが策定され、実に短い期間で「平凡な街」を「遊べる(有名な)街」に変化させることに成功しました。

http://www.efh-darmstadt.de/bespielbare_Stadt.php

 子どもの生態調査や、子どもの視線でものを見て、考える手法など、コンセプト策定の中身も大変興味深いのですが、ここでは、とりあえず結果だけをみなさんに紹介することにします。「遊べる街」では、子どものよく通るルートを精通し、ネットワーク化し、その道路上にある「死んでいる空間」を見つけ、あるいは資源となりうる空間や対象物を発見し、そこに「定義を定めない遊戯器具」を設置します。例えば、「石」「カラーブロック」「鉄の棒」などがこれに該当します。グリースハイム市は、市内で合計100ヵ所に写真のような「子どもを招待する空間」を設けました。もちろん、この設置前後における子どもたちの感想や効果も、アンケート調査で学術的に解析されていますが・・・そんなことより、みなさんが子どもだったら、通学路や塾への通り道、友達の家に行く途中に、こうした場所があったら幸せだったと思いませんか? というか、なかなか目的地には辿りつけませんよね。アンケート調査でも、撤去してくれないと遅刻ばかりすると答えた子どもがいたことを付け加えておきましょう。

 

PROFILE

村上 敦(むらかみ あつし)

ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身

日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学

フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介、南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い

 

2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける

 

専門分野:

1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画

2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策

 

http://www.murakamiatsushi.net 

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