ドイツ、再生可能エネルギー100%への戦略

 2010年6月23日、ドイツ連邦環境省からプレスリリースが届きました。

http://www.erneuerbare-energien.de/inhalt/46160/4590/

 

 2050年までに再生可能エネルギーのみによるエネルギー供給が可能かどうかを検証した新しい研究結果が出来上がり、それを公表するニュースでした。したがって、まずは連邦環境省が発表した報告書のレジュメ(といっても70ページのバージョン)を読み漁りました。

http://www.fvee.de/fileadmin/politik/10.06.vision_fuer_nachhaltiges_energiekonzept.pdf

 

 後日、7月7日に連邦環境庁が公式用の報告書を公表すると、それも急いで、というか大著だったので、しぶしぶ読んでみることにしました(こちらは240ページ)。

http://www.umweltdaten.de/publikationen/fpdf-l/3997.pdf

 

 結果は、まあ、面白かったです。読み応えは十分。本来はみなさんにも一読していただきたいのですが、なんせドイツ語だけなので(冒頭のレジュメだけは一部英語)・・・あまり細かなことまではお伝えしきれませんが、どのような考え、前提でこの研究が行なわれ、どのような結果になったのか、さわりだけでも今回はブログでお話できればと思います。

 

 まず最初に、戦略と予測というものについて説明しなければなりません。日本にも将来のエネルギー供給を検討した公式の資料の中にエネ庁による「長期エネルギー需給見通し」というものが存在します。これが最も影響が大きな資料でしょう。

http://www.enecho.meti.go.jp/topics/080523b.pdf

 

 ここでは2030年までのエネルギー供給、変換、そして消費などエネルギー構造に関して予測が行なわれていますが、これはあくまで予測であって、戦略と呼べるまでには至っていません。もちろん、以前のような単なる感応予測ではなく、政治的な意図(エネルギー政策基本法、新・国家エネルギー戦略、そしてエネルギー技術戦略など)を強めた戦略に近い形にはなってきていますが、それでも現状における枠組みを基本にした「現状固定/努力継続/最大導入」という3つのケースで検討されています(これは欧州では90年代に流行りましたね。今では自治体単位でこうしたものがよく用いられています)。戦略とは、あくまで将来を選び取るものですから、現状における枠組みからの飛躍が必要です。つまり、目標とそれを具現化するための戦略があるからこそ、未来に枠組みを変えてゆく必要があるわけで、その逆ではないわけです。

 

 ちなみに、最大導入ケースの場合では、日本の一次エネルギー供給における再生可能エネルギーの割合は2030年で11.1%という数字がここでは示されています。すでに存在する地熱やダム水力、そして廃棄物のエネルギー利用を含めての数字ですから、純粋に今後の20年間で上積みしてゆく再生可能エネルギーは、一次エネルギー供給量のおよそ3%程度となります。少し、というか、かなり寂しい数字ですね。ドイツでは、2000~2006年までの6年間で3%という数字をあっさりクリアしています(一次エネルギー供給に対して2000年は2.6%、2006年は5.8%)。

 

 さて、話しをドイツのエネルギー戦略に戻しましょう。そもそもこの研究は、ドイツ連邦環境省と連邦環境庁が権威ある研究所群(フラウンフォーファー研究所群など多数)に委託した研究で(おそらく、恐ろしいほどお金がかかっています)、そもそも依頼者が知りたかったことは、2050年までに100%再生可能エネルギーによる供給が可能かどうかを検討するものです。ですから、繰り返しになりますが、ここでは現在から対策を積み上げていって予測をしたのではなく、その目標がそもそも可能かどうか、そしてそれが可能であるとき、どのような対策を積み上げてゆく必要があるのかを検討したものになります。だからといって例えば、核融合炉のような技術的な飛躍を入れたわけではありません。連邦環境庁のフラスバルト長官は、『これまでの傾向を見る限り今後40年間で十分に期待できるとはいえ、我々は技術の飛躍を考慮していない』と、あくまで保守的な地に足のついた研究であったことを強調しています。

 

 そして結果は、「可能である」ということが分かりました。しかも、電力だけではなく、熱と交通のエネルギー、そしてほとんどの物質循環を再生可能資源のみで行なうことができると明言しています。それどころか、現状の枠組みでエネルギー政策を続けて行くよりも、2030年以降には少なくとも現状よりも「安価に」エネルギー供給を行なうことができると結論付けています。このエネルギーコンセプトは以下の特徴でまとめられています。

 

● 100%再生可能エネルギーによる社会は可能である(現在ある技術、そして予測が十分可能な技術だけで、かつ常識的な投資額で可能である)

 

● 選択肢の多様性、オプションの広がりによって、このままの将来の延長線以上に、より一層安定した供給を確保できる(この戦略においては、何らかの技術が失敗、あるいは期待ほど進展しなくとも、数多くの柱によりカバーが可能である)

 

● エネルギー投入の高効率化が鍵であり、それは低効率である既存の大型発電所を廃止し、分散型の電熱供給施設(コージェネ、CHP)を促進することで実現される(もちろん、その燃料は既存の天然ガス・インフラを活用するのであれば、再生可能メタン、新設するのであれば再生可能水素による)

 

● 同時に省エネ、とりわけ建物での熱消費量を半分以下に削減することが前提となる(パッシブハウス、ゼロエミッションハウス、ソーラーエネルギーアクティブハウス様式、省エネリフォームの推進など)

 

● 熱供給でも、交通分野でも2050年には主体的なエネルギー源は、電気、または電気由来の化学物質(再生可能メタンや水素)となる

 

● 長期的なエネルギー貯蔵を可能とする手段の大きな柱として、化学的エネルギー貯蔵物質が必要であり、航空、貨物輸送などはこれなしではカバーできない(これは、後述する再生可能メタン、水素を指す)

 

● 欧州(一部はアフリカ・アジアまで)地域を結ぶ大容量の直流送電網とスマートグリッドが必要(しかし、これを大前提としているわけではなく、今回の研究はあくまでドイツ国内を網羅する大容量直流ネットワークがインフラとして設置されるケースを想定)

 

● バイオマスはほとんどエネルギー供給には関わらない。バイオマスという貴重な資源は、食料として、あるいは物質循環、つまり化学産業に供給される(エネルギーとして消費してしまうのはもったいない)

 

● システムの競合を避ける必要があるため、リアクションの鈍い現状の大型発電所は必要としない(原子力はもとより、二酸化炭素地下貯蔵技術〈CCS〉を用いた石炭・褐炭発電所も不要)

 

● 太陽熱利用の大々的な利用(室内暖房や冷房、給湯、工程熱など、また地域暖房、遠・近距離熱配給網にも活用)

 

● 2050年のエネルギー供給のコストは、最悪でも国民経済学的な立場から現状2010年のコストとほぼ同程度に収まる(ただし短期的には、とりわけ2015~2025年までは再生可能エネルギーへの投資費用として莫大な金額が必要。系統・省エネへの投資なども合わせると、2015年の単年での追加投資額は170億ユーロ〈約2兆円〉に達するが、これは全エネルギーコストの8%に留まる。こうした未来への投資ができるかどうかが、将来安価なエネルギー供給を享受できるかどうかの鍵となる。これが成功すると、差し引きで、2050年までにおよそ7,300億ユーロ〈約88兆円〉の国民負担を回避することも可能性としてある)

 

 私なりにいくつか気が付いたこと、とりわけ需給バランスを取るための戦略について羅列してみると

 

1. ドイツに存在する最大のエネルギー貯蔵施設は217TWhを持つ地下への天然ガス貯蔵場(岩塩の採掘後、あるいは化石燃料の採掘後の地質的に安定しているところに注入貯蔵するもの)ですが、近年中に、これはさらに296TWhへと拡大されます。ここに上述した再生可能な電力から作られたメタン、水素、あるいは開発中のヒュタン(Hythane=メタン+水素の造語)を天然ガスと同じように貯蔵します。水素よりも、メタンを強力に推し進めたいのは、既存のインフラを利用できるからで、これは高効率ガスタービン(CHP)によって再生可能な電気に戻されます。電気から電気に戻すまでの変換効率が実用で60%以上を目標としており、とりわけCO2を原料としたメタンが研究中ですが、これが出来上がると、温暖化対策にも効果的です(セメント工場などでの避けられない排出分はこれに転換できる)。水素の場合は、電気から電気に戻すまでの変換効率は45%を目標としるそうです。

 

2. 少なくとも50~60%の発電量は、再生可能メタンに置き換えることができなければ安定供給のためのコストは膨れあがると指摘されており、個人的には、大量、かつ長期的な貯蔵が可能な化学的物質による貯蔵を必要としてしまうというこの部分が、この研究成果で唯一の技術の飛躍であり、懸念事項にも思われます。もちろん、短期的で一定規模までの部分では、次世代のバッテリーなどの投入や電気自動車のスマートグリッドへの接続なども必要と考えられていますが、すでにドイツに存在するインフラで電力を貯蔵できるキャパシティ(主に揚水式水力)0.04TWhは、現状の電力消費量で1時間分にも足りません。したがってすでにある200TWhを大きく超えるキャパの天然ガスの貯蔵インフラ(1か月分)を有効活用しなければ、コストに跳ね返ってしまうということです。

 

3. 短期的、分散的なエネルギー貯蔵の場面では、熱貯蔵という形が提案されていますが、高温高圧での短期間の貯蔵から、温水によるシーズン的な熱貯蔵+ヒートポンプ、あるいは10度未満で日単位のPCM(Phase Change Material)に至るまで、その貯蔵しなければならない規模と時間軸の関係によって選択肢は豊富で、すでにある技術で安価に十分に対応可能な様子が述べられていました。また水より10倍以上の熱容量を持った素材(ゼオライトやシリカゲル、あるいは塩化リチウム)などを活用したエネルギー貯蔵方法も現在では十分に開発が進められています。

 

4. さらに現在の熱供給のみで稼動するコージェネ(CHP)も、将来は熱供給と電力需要の両方に対応したコージェネ稼動へとスマートグリッドによって繋がれることが期待されています。その際の余熱は、上記で熱貯蔵するという考えです。これには、今後もより一層の地域暖房網の充実が必要になるでしょう。

 

5. また需給バランスを取るためにも、再生可能エネルギーをつなぐネットワークは大きければ大きいほど、貯蔵という手段を必要としません。ですから、現在検討中のDESERTECプロジェクト(サハラ砂漠での太陽熱発電を欧州に接続)や、ノルウェーなど北欧に豊富に存在する揚水式水力と風力発電のホットスポットである北海+バルト海などの地域と欧州全土とをつなぐ大容量の直流系統ネットワークがあると有利になります。これらは、現在政治的に検討、協議中ですが、技術的にはすでにあるもので十分に対応可能なため、2050年までの長期的な視点では期待値は大きいというのが感想です。

 

6. そして、そもそもエネルギー消費をしない建物の推進があげられます。寒冷地のドイツで、現在40%以上のエネルギー消費量の原因である暖房用エネルギーをいかにゼロに近づけるか、給湯はソーラー温水器のみで可能かどうか、ここにも大きな期待がかかります。

 

 最終的にこの研究では、2050年の段階で、オフショアウィンドが38%、PVが15%と、この2つが最も大きなエネルギー源になると試算されています。とりわけPVについてですが、この研究から少し話しはそれますが、太陽光発電の設置が巨大な規模となってきたドイツでは、PV専門誌『Photon』などがすでに提言しているように、現状のできるかぎり真南にPVを設置するのではなく、例えば固定買取り価格を10%優遇するなどフィードインタリフ制度の改革で、東向き、西向きのPV施設の充実も今後は重要になって来るといわれております。これは、お昼にドイツ全土で一斉にPV発電のピークが来るのではなく、朝から夕方までの間に時間差でピークくるように配慮した提案であり、バッテリーなどの貯蔵技術よりも安価につく可能性があります。PVの設置方角が真南より外れると、その外れた角度によって買取り価格も変動するような取り組みは今後、十分に検討する必要があるでしょう(PVは、通常のケースで東向き、西向きに設置すると発電量が10~15%減少する)。

 

 また交通部門や熱供給をすべて電気へと社会のエネルギー構造の移転が本格化する2030年以降は、電力消費量の増加傾向が示されるため、ここでは、南ヨーロッパ、北アフリカにおける太陽熱発電からの電力輸入も避けられないとされ、2050年に輸入量は全体の20%程度になるようです(もちろんドイツであっても、現在の化石燃料、ウランのほとんどは輸入に頼っており、自給率はもちろん80%にはなりませんから、これは大きな前進だとみなせるでしょう)。残りの発電は、陸上風力、地熱、水力、バイオマスなどという順に続いてゆきます。バイオマスという資源を、マテリアルに優先し、エネルギー利用は控えるという枠組みでの研究は、これまでに数多く見られませんでした。それだけ、他の技術が進化し、安価になってきた証拠とも言えますが、私個人は大きく納得しています。

 

 どちらにしても、再生可能エネルギーによる社会を実現するためには、技術的なブレークスルーや夢物語の巨大投資、前人未到の技術への進出など華々しいものよりも、より政治的な決断が必要だと改めて考えさせられました。ドイツは、この秋の10月に、昨年の秋に発足した新政権が打ち出すエネルギーシナリオが国会決議されます。その前までに、現在同時に検討が進んでいる他の2つの研究結果(ドイツ全土ではなく、地域循環を前提とした戦略、そして欧州全土を結ぶ戦略)も発表されるようですから、その内容にも期待したいところです。

 

 秋までには、すでに廃止が決められていた原子力発電の運転期限の延長など、政治的な大きな焦点となっている議論も含めて、夏休み以降にいろいろな報道や研究成果の発表が続くでしょう。今回は、ドイツ国内すべてに大容量系統を接続するケースの再生可能エネルギー100%の可能性を検討した資料の説明を試みましたが、そのときまでには、少し別の視点からの報告ができるはずです。

 

PROFILE

村上 敦(むらかみ あつし)

ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身

日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学

フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介、南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い

 

2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける

 

専門分野:

1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画

2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策

 

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コメント: 2
  • #1

    今村 義輝 (火曜日, 10 5月 2011 13:16)

    便利で豊かになった様で必ずしも豊かではない技術の進歩は大変な負荷(弊害排気ガス発生、エネルギーコストの発生)が伴っているのが現状、それは何か宇宙システムの中の自然エネルギーを応用しきれていない人類、文明社会進化していくた為の的の得た知恵が活かされて行く求めて行く理念、現状にあるテーマーは人を含め物流移動(自動車、鉄道車両)に弊害排気ガス発生、大変な負荷の発生のエネルギーコストが。

    自然エネルギーとなる、新たな発掘、重力
    人を含め物流移動する為の次世代車両となる、自動車、地下鉄、路面電車、鉄道車両全てに応用される自給自足、電力供給源にとなる、問題の原子力、火力発電を必要としないイノベーション技術。

    重力は単なる落ちる力(位置エネルギー)で在ってエネルギーにはならないと世界中の科学者が定説とする中の未知技術。

     水力発電は水が在っても地球上に重力が無ければ抵抗あるタービン、発電機は回転できません、応用の仕方でエネルギーになる1例。

    この度の開発技術は円形の車輪(ホイール、タイヤ)がそれぞれ持ち合わせている自重を受け、転がる事で次々と繰り出す荷重力を巧みに油圧パワーで応用致し発電、次世代の車両駆動力(モータ)の電力供給源となる自給自足エネルギーコストの発生しない無限のサイクル自然エネルギー重力を応用するとした未知技術。


     何れ枯渇する弊害負荷を発生する化石燃料の代替エネルギーとなる、地球上の隅々に働く重力を日本から知的資源として提唱する。
                   テクノロジーウィズダム  今村 義輝

  • #2

    つかつかつーかー (木曜日, 22 9月 2011 21:26)

    ココに登場する「余剰電力を用いてメタンを生成する。」という技術は、水を電気分解して作った水素と二酸化炭素を反応させる方法のことですよね?

    もうひとつ
    「フラウンフォーファー」ではなく「フラウンホーファー」の方が、元の言葉に近いし、ネット上での検索もしやすいので良いと思いますよ。
    Fraunhoferですので。

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