価値ある住宅を後世に残す

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文化的・歴史的・社会的に価値ある住宅を地域の遺産として残す活動をしている、一般社団法人 住宅遺産トラストの木下壽子さんにお話を伺いました。

取材・文/中島まゆみ

撮影/黒須一彦

木下 壽子(きのした としこ)さん

 

神戸市生れ。日本女子大住居学科卒業。芝浦工業大学、ロンドン大学大学院修士課程修了。1996年~97年、ロータリー財団国際親善奨学生としてグラスゴー大学マッキントッシュ建築学校修士課程在籍。非常勤講師、フリー建築ライターを経て、2006年、有限会社コミュニティー・ハウジングを設立。2012年、一般社団法人住宅遺産トラスト理事就任。

建築雑誌『a+u(建築と都市)』2000年臨時増刊号『Visions of the Real: Modern Houses of the Twentieth Century -20世紀のモダンハウス:理想の実現』I&IIをケン・タダシ・オオシマと共同監修。

 

「残したい」との想いから始まった継承者探し

 住宅街を歩いていると、心を奪われ見とれてしまう家がある。財を尽くして立てられた豪邸というわけでもなく、最新技術がふんだんに投入された新築というわけでもない、ただその造形美と住まう人の愛情を感じるような家だ。そしてたいがい周りには、建物に寄り添うように樹木が茂り、家の歴史を通り行く人々にそっと語りかけている。

 

 地域に残るこうした家を守り、次世代につなぐ試みを始めた人たちがいる。玉川田園調布を拠点に活動する、一般社団法人 住宅遺産トラストのメンバーだ。個人で建築事務所を営む木下壽子さんは、住宅遺産トラストの理事の一人として設立前から深くかかわってきた。きっかけは、ボランティアで活動に参加していた地域のNPO玉川まちづくりハウスに寄せられた1件の相談からだった。

取材は旧園田邸で行った。建物そものもの魅力もさることながら、住み手の愛情が感じられるあたたかな空間だった。
取材は旧園田邸で行った。建物そものもの魅力もさることながら、住み手の愛情が感じられるあたたかな空間だった。

 「世界的に有名なピアニストの故・園田高弘さんの奥様が諸事情で住宅を手放すことになり、できれば建物を大切に継承してくださる方に譲りたい、と相談してくださったんです。早速拝見したら、吉村順三さんが設計し1955年に自由が丘に建てられた住宅で、一目見て”絶対に残したい”と感じました」

 

 玉川まちづくりハウスが中心となり、すぐに「園田高弘邸の継承と活用を考える会」を立ち上げ、「音楽と建築の響き合う集い」と題した音楽会を園田邸で開催。継承者探しを始めた。

 

 「音楽会は毎回、大盛況でした。そのため、最終的には全部で15回、4年半にわたって開催し、地元でも一定の評価を得たものの、継承者を見つけるという本来の目的はなかなか達成できなくて……」

ニーズはある。そう確信した展覧会

 音楽会を通して継承者を見つけることは難しいと感じ始めていた頃、同じエリアで似たような案件が持ち上がった。近代数寄屋建築の創始者・吉田五十八氏が手がけた旧倉田邸の継承者探しだ。さらに、園田邸と同時期に木下さんの事務所で管理をはじめた新・前川國男自邸も継承者を探していた。

 

 「3邸そろったので、2012年秋、“昭和の名作住宅に暮らす”をテーマにした展覧会を1カ月間開催することにしました。最初は閑古鳥が鳴くような状態でしたが、『日本経済新聞』や『ウォール・ストリート・ジャーナル』『GQ』『Casa BRUTUS』などが取材に訪れ記事にしてくださった途端、平日・休日問わず毎日多くの人が遠方からも訪れるようになったんです。閉会後も、来られなかった人から連絡をいただいたり、似たような住宅を探している人や、逆に継承者を探して欲しいという人などからも多数問い合わせをいただきました。私たちと同じように、貴重な住宅を残したい、そう感じている人たちはたくさんいるんだということがよくわかりました」

 

 この展覧会をきっかけに、2013年3月、展覧会の実行委員会メンバーが中心となって住宅遺産トラストを設立。文化的・歴史的に価値ある住宅を次世代につないでいくべく、本格的に活動を開始した。

 

目指すは、建物にも価値を見いだすマーケットの創出

 いざ始めてみると、日本の不動産構造の限界とそれを打ち破ることの難しさをこれまで以上に強く感じるようになったという木下さん。最大の課題は「戦後のスクラップ&ビルドが生み出した価値観」にあると指摘する。

 

 「今の日本の住宅は完全に消費材になってしまっています。価値があるのは土地だけ。建物には、どれほどそれが貴重なものであったとしても価値がつかない仕組みなんです。一方、欧米では100年を超える建築物を大切に人々が住み継ぐことが当たり前で、サザビーズやクリスティーズなどで、住宅も芸術品と同様に頻繁にオークションが行われています。本来、日本の木造躯体も同じくらい耐久性があって、昔はそれを手入れしながら代々引き継いできたのですが、戦後、新築を後押しする政策や住まい手のマインドチェンジで新築ばかりを好むようになってしまったんですね。でも、それもずっとは続けられません。古くても質の良い物は社会全体のストックとして活用していく、そんなふうに意識を転換すべき時に来ているのだと思います」

 

 そのためにも木下さんは、住宅遺産トラストの活動を通じて「まずは、建物にも価値を見いだすようなマーケットをつくっていきたい」と力を込める。具体的には、「継承者を探すだけでなく、音楽会の開催などで家を地域に開き自分の事として感じてもらうことも、実際に資金を出し合って共有することも考えていきたい」と言う。展覧会で感じた、遺産的住宅に対する潜在的なニーズがその想いを後押しする。

 

 「価値観が醸成されてマーケットができてくれば、いずれは国の施策も、古い建物に価値をおき保護する方向に変わっていくのではないかと期待しています」

 

 展覧会の対象となった3つの邸宅はその後、1軒は幸運にも継承者が見つかったが、もう1軒は残念ながら売却の過程で取り壊されてしまった。そして最後の1軒は現在も引き続き継承者を探している。

 

 「全国には、地域の財産として守るべき住宅がたくさんあります。私たちのやり方がモデルとして成功すれば、各地で同じような仕組みを取り入れる人たちも出てくるはずです。そしていずれ、互いのノウハウやマーケットを全国区で共有できるようになっていけば最高ですね」

 

 住宅遺産トラストの活動はまだ始まったばかり。目指すゴールまでの道のりが険しいいばらの道となるか穏やかな草原になるのかは、私たち社会全体がどこまで成熟できるかにかかっているのかもしれない。

 

一般社団法人 住宅遺産トラスト http://hhtrust.jp/

コメント: 1 (ディスカッションは終了しました。)
  • #1

    岩崎崇 (水曜日, 22 1月 2014 08:17)

    お世話になっております。
    素晴らしい活動をしてらっしゃる方ですね。私たちも、現在さくら市の町おこしをしながら思うことは、歴史ある町を古き良き建物を守り、再生し、町の景観づくりに一役かいたいということです。弊社は、ビオトープというキーワードを基に、ただ単に自然をつくるだけでなく、建物も含めた景観をつくることが重要だと考えています。昨年、アートでの町おこしをし、芸術も一つのキーワードだと感じました。現在、それを混ぜ込んで、弊社が提供するものをブラッシュアップしていきたいと考えています。
    ぜひ一度、木下様にもお会いして、いろいろなお話を聞かせていただきたいです。
    機会がございましたらよろしくお願いいたします。

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