ドイツ、エネルギー戦略策定へ向けての議論

 政治家たちの夏休みも明け、ドイツではいよいよ9月末までに策定されるエネルギー戦略の議論が活発になってきました。その議論のための材料として、各種の学術的な専門家調査の報告書も続々と上がってきました。とりわけPrognos研究所、EWI、GWSという3つの研究機関が、脱原発の期限延長について、延長した場合のコスト計算をしたものが政権の保守政党の政治家たちにとっては大きな材料になったようで、突拍子もないコメントで、メディアを連日賑わせています。

 ドイツでは、原子力法と国と4大エネルギー事業者の間の覚書によって2021年前後には脱原発すると決められていますが、メルケル首相はこれを12~15年間延長する方向で調整したいとコメントしました。エネルギー業界よりの保守政党の政治家たちは20年前後まで引き伸ばしたいようでやる気満々ですし、原子力発電所を管轄するレットゲン環境大臣は、控え目に4~8年の延長を主張しています。もちろん、保守政党の中にも脱原発維持の方もいますから、ここから1ヶ月の議論は面白くなりそうです。

 

 もし脱原発の延長を決めるなら、原子力法の改正をしなければならないのですが、とりわけ興味深いのは、その場合には、上院にあたる連邦参議院を通さなければならないことです。日本と異なり、連邦参議院とは、各州の人口に比例して、各州の政権党が議席を確保している上院で、現在のドイツでは下院の過半数を持つ政権与党、保・保連立は上院での過半数割れをしています。いわゆるねじれですね。それで、脱原発に絡むどんな法案を政権が提出しようと、以前に脱原発を決めた社会民主党、緑の党、そして左派政党は完全にこれを防ぐことが可能となっています。

 

 ただし、例外もあり、もし州に負担や利益が関連してこないのであれば、法律の改正も上院を通過させることなく、下院の決議だけで修正できるのもドイツの連邦政治制度の特徴です。ですから、どこまでの脱原発の期限延長を州の負担とみなすのか、ここがポイントとなっており、多くの法学者は8年前後の延長であれば、負担とみなされないと考えています。もし、原子力法の改正が上院抜きで決まるならば、緑の党をはじめ野党は、憲法裁判所にすぐに駆け込む準備を進めていますから、最終的にはこの脱原発期限の延長問題、裁判官の判断となるのかもしれません。

 

 しかしながら本来は、この脱原発の期限延長についてだけが、エネルギー戦略の核となるわけではありません。ドイツでは再生可能エネルギーによる発電が、常に専門家の予測を上回る急激な勢いで増え続けています。例えば、電力の部門ではすでに電力消費量の16%を優に上回る発電を風力、バイオマス、太陽光、そして水力(ダム式は3%超)が担っていますが、政府の出した最近の予測では、2020年までにこの数字は38.6%に増大するとされています(政治的な目標は30%でしたが、目標を常に上回っているのが今のドイツの現状で、保守的な研究であっても40%近くになるという有様です)。再生可能エネルギー推進側の予測では50%近くにすることも可能だとされています(下記図参照)。

 

連邦再生可能エネルギー連盟による2020年の予測。出典:再生可能エネルギー・エージェンシー(http://www.unendlich-viel-energie.de/de/service/mediathek.html

 

政府予測では、2020年のドイツの全消費電力における風力発電は2010年から倍増以上の18.6%(現在約7%)、バイオマス発電も倍増の8.8%(約4%)、水力は現状維持で3.6%(約3%超)、太陽光が5倍増の7.4%(約1%超)、そして地熱などその他が少々となります。ところで、ドイツは2009年末までに9.8GWpの太陽光発電を設置していますが、2010年の上半期にはすでに3GWpを超える太陽光発電が設置され、8月には総設置量で13GWpを優に超えています。ソーラー専門誌『Photon』が、ドイツの8月の晴れたある日で試算したところでは、お昼の12時において、瞬間的には、消費電力の20%を超える発電が太陽光発電によってまかなわれているといいます。ですから、完全自由化され、市場取引されている電力の、電力市場取引所EEXでのスポット価格の推移は、ここ2年で急速に変化してきており、日中のピーク時の山(消費量が大きくなるとスポット価格は高騰してゆきます)が、ドンドン小さくなる現象が発生しています。

 今年、来年の太陽光発電の設置量予測によると、2011年末には20GWpを優に超える太陽光発電がドイツ全土に設置されているはずですから、2012年の夏季には日中の消費量ピーク時のほうが、電力価格が下落するという現象も発生するでしょう。太陽光発電は燃料を必要としないために発生する異常事態です。そのとき、ベースロードや中間ベースの発電も発電量を落とさなくてはならない事態がでてくるわけです。これまで、多大な風力発電によって、北海岸で風が吹き荒れるとき必要となっている既存大型火力発電施設の出力調整作業が、太陽光発電が加わることでさらに困難は増すだろうとの見方が強いのです。すでに2009年には71時間以上にわたって、EEXでのスポット電力取引価格はマイナス、つまり電力を購入するとお金がもらえる異常事態が発生しています。

2010年8月1~2日、EEXでのスポット市場の価格と取引量の推移。1日の日中(10時~16時)には取引量が上昇し、電力消費量の増加が発生しているが、価格は全く変動せず、正午過ぎには下落している時間帯もある。出典:EEX(http://www.eex.com/de/Marktdaten

 

 だからこそ、今すぐにでも、次の3つの政策がエネルギー戦略には重要な柱として掲げられなければなりません。

 

1.電力系統網の強化(とりわけ風力発電の電力を北から南へ運ぶ直流電力網)

 

2.バックアップ電源の確保、拡張(とりわけスマートグリッド化されている天然ガス・タービン式の中型コージェネで、稼動しない待機時にも待機ボーナス措置を設けるなど、投資者に魅力を感じさせ早急に整備する政策)

 

3.現在の揚水式の水力発電所以外に、電力を大量に一時貯蔵できる施設(EV、一般家庭のスマートグリッドなどは時間的に間に合いません。天然ガスの貯蔵所に大規模なスケールで貯蔵できるメタン還元を利用した蓄電技術の普及など)

 

 現在の政権政党の政治家たちのコメントを聞いていると、いまだに新しい局面にすでにドイツは突入していることに気がついていない様子です。彼らは、原発を延長させる際に、交換条件として電力事業者から搾り取ろうとする財源(新規で作ろうとしているウラン税や原発延長権利の販売金など)の使い道の皮算用に忙しいようです。もちろん、数十億、数百億ユーロ規模で動くお金に引かれる気持ちは分かりますが、数年後には、太陽光や風力で発電した電気を捨てるだけしか策がない、なんてことにならないように注意して欲しいものです。以上、日本では考えられない現象が生じているドイツの現状でした。 

村上 敦(むらかみ あつし)

ドイツ在住の日本人環境コンサルタント。理系出身

日本でゼネコン勤務を経て、環境問題を意識し、ドイツ・フライブルクへ留学

フライブルク地方市役所・建設局に勤務の後、フリーライターとしてドイツの環境施策を日本に紹介、南ドイツの自治体や環境関連の専門家、研究所、NPOなどとのネットワークも厚い

 

2002年からは、記事やコラム、本の執筆、環境視察のコーディネート、環境関連の調査・報告書の作成、通訳・翻訳、講演活動を続ける

 

専門分野:

1.環境に配慮した自治体の土地利用計画、交通計画、住宅地開発計画

2.自治体レベルのエネルギー政策、気候温暖化対策

 

http://www.murakamiatsushi.net

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