次なる文明への道を照らす「パッシブデザイン」という思想

ホテルオークラ東京で13日、「パッシブデザインコンペ」が開催された。開く・繋がる・応答する形、という副題のついたこのコンペティションへの応募総数は517件。住宅、技術・製品、住まい手・ライフスタイルの3部門に分かれ、一次審査を通過した31件のなかから、大賞、優秀賞、佳作の作品が選ばれた。

 

そもそも「パッシブデザイン」って何?と、思っている人のために、審査委員長の野沢正光氏の言葉を紹介しておこう。

単なる建築でなくライフスタイルも表彰の対象に
単なる建築でなくライフスタイルも表彰の対象に

『私たちが考える「パッシブデザイン」は、建築や住宅や地域の環境が持つエネルギー、ポテンシャルを活用し、積極的に環境と応答するもの、と捉えることができます。二次的に付加されるもの、たとえば機械設備などに頼ることなく、地域・敷地の読み取り、プラン、形態、材料、構造強度、植栽・外構等々の設計行為の中に溶け込んで計画されていくものです。同時に、住まい手がアクティブに自然環境と応答し生活を楽しんで暮らすことが重要となります。』

 

昨今、ゼネコンやハウスメーカーの取り組みで、エコロジーや環境を謳わないものはない。自分も実際に多くの省エネ建築やエコハウスと言われるものを見てきた。その多くが、家電メーカーがつくり出す機械設備に頼ったり、地域の微気候や、生態系、文化とのつながりを感じさせない建築が多いと感じてきた。現代のテクノロジーに守られ、閉鎖的な空間と化した家を、自然とのコミュニケーションをベースに、地域の環境に開いていくことが、このコンペティションの大きな狙いなのだと思う。

大賞作品の展示に集まる参加者
大賞作品の展示に集まる参加者

そもそも「パッシブ」という言葉は、英語の文法で知られているように“受動態”を意味する。この反対語は「アクティブ」だ。

 

たとえばこの2つの言葉を、エコ業界的に「アクティブソーラー」と使えば、太陽光発電や太陽熱温水器のように、積極的に太陽のエネルギーを取り出す技術を表し、「パッシブソーラー」と使えば、太陽のエネルギーを機械を頼らずに蓄熱したり、遮熱したりする技術を総称する。

 

この2つの言葉を考えたとき、コンテンツ業界的に使う「プッシュ」と「プル」の関係に近いのだと、個人的に思っている。

 

コンテンツの世界では「プッシュ」から「プル」の時代に入ったと言われる。多くの人が「プッシュ」されてくる情報より、自らが発見した情報を信頼する。つまり、相手を「プル」できるコンテンツが力を持つわけだ。そのために、顧客の思いをしっかりと受け止め、彼らとともにコンテンツをつくりあげていくことが理想とされる。この流れはソーシャルメディアの流行によってますます顕著になってきている。(昨今ではCSRブランディングも同じ流れになってきている)

一方、産業革命以降の私たちの文明を振り返ってみると、それまでは発見されていなかった化石燃料や、原子力のエネルギーから、「アクティブ」にエネルギーを取り出してきた。自然という想定外のことをする相手に対して変化を余儀なくされる「パッシブ」は、標準化が難しいために後回しにされてきた。その結果、化石燃料からは、煤煙やCO2が生まれ、原子力のエネルギーからは、放射性物質や核廃棄物が生まれてきた。豊かな暮らしを求めた結果、生まれてきたネガティブな要素に振り回されているのが、現代人だと言えるだろう。自然を破壊しないように見える太陽光発電だって、アクティブであるが故に、導入の仕方を間違えるとパネルというごみを大量に生み出す可能性だってある。

 

原油やウランが枯渇する資源であり、地球温暖化や放射性物質のおぞましい汚染を目の当たりにした私たちは、どんなビジョンを100年の計として掲げるべきだろう。その全容は一朝一夕にはできないわけだが、いつでも、どこでも、私たちのまわりにある太陽のエネルギーや、それが変化した資源をしっかり見直し、自分たちのライフスタイルに、どのように取り入れ、どのように取りさるのかという、ある種双方向な技術が、顧みられるべきであることだけは間違いない。ここらへんはソーシャルメディアの到来で変わり始めたコンテンツの世界と不思議に符合する。フラットで双方向性なあり方が本当の意味での“スマート”なテクノロジーだと言えるだろう。

 

そんなことを思いながら、第一回目となる「パッシブデザインコンペ」に参加したのだが、まだまだ「建築」という狭い世界での取り組みに終始したのが残念だった。この潮流が、そうした狭い業界の枠を越え、様々な領域に影響を与えることが、本当の意味で新しい文明を生んでいくということにつながるのだと感じる。次の展開を期待したい。

 

>>パッシブデザインコンペ

上岡 裕(かみおか ゆたか)

 

1983年、国際基督教大学卒業。株式会社ソニーミュージック・エンターテインメント(SME)退社後、フリーライターに。2000年3月、環境情報発信を中心とするNPO法人エコロジーオンラインを設立。環境省(Re-Style、環のくらし、エコアクションポイント)、林野庁(木づかい運動)などの政府系国民運動の委員を務め、クラブヴォーバン、音事協の森づくりなど、数多くの協働事業の立ち上げを手がけてきた。田中正造を生んだ栃木県佐野市に生まれ現在も在住。地元の地域活性化をはじめ、全国の事業をサポートしている。昨年末、環境大臣賞を受賞した「そらべあ基金」の立ち上げをプロデュース。3年にわたってライオン株式会社のCSR報告書の第三者委員を務めた。現在は地域活性化や被災地のためのウェブやソーシャルメディアの活用のサポートを精力的に行っている。

 

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コメント: 2
  • #1

    八木浩明・COMS・大熊出身・末永浩昭 (金曜日, 25 11月 2011 16:23)

     田中三彦先生の「原発はなぜ危険か」
    (岩波新書)を二十年前...私が高校生の頃に
    読んだ際、《パッシブソーラー》という
    言葉を初めて知った。今回の項を眺めて、
    改めてその言葉の内容を深めて行く事が
    出来、仮設暮らしの私には有り難かった。

  • #2

    八木浩明・C-MOG・末永浩昭・大熊出身 (日曜日, 27 11月 2011 12:01)

     本文で「自然を破壊しないように見える太陽光発電だって、アクティブであるが故に、導入の仕方を間違えるとパネルというごみを大量に生み出す可能性だってある」とあった。が、かつて水野良先生は「ダムは水害には役立つけど、欠壊したら大災害でしょ」と、ある文庫本の中で述べられた事を記憶している。また、11月24日に放送されたNHKの「ブラタモリ」では、荒川が治水と防災を目的とした、人工的に造営された河川であると知った。これらの事例を考えてみると、「太陽光発電がアクティブである」と安易に結論付ける事は、適切な表現とはいえないと考えたりもした。

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