2015年

11月

25日

環境のプラットフォームとしての映像祭を目指す。

今、環境に関する映画の自主上映会が、全国各地で草の根的に開かれている。テーマは原発問題や食、農業、生き物などさまざま。

しかし、いざ自分たちで上映会を開催したいと思っても、どこで映像を借りたらいいのか分からない。そうした人たちに上映作品を貸出し、地域での上映会を応援する役割を担っているのが、毎年3月に東京・日比谷図書文化館で開催されている「グリーンイメージ国際環境映像祭」。

映像祭と言いながら、監督やプロデューサーだけではなく、被写体になった各地で活動する人や、その映像のテーマに関する専門家など、様々な人が多数参加するユニークな映像祭だ。

事務局長の尾立愛子さんは、環境の切り口が多様になっていくなかで、映像をきっかけに多様な人材が影響しあうプラットフォームとしての映像祭を目指す。

取材・文 /大川原通之

写真 / 小林伸司

尾立 愛子(おだち あいこ)

一般社団法人環境・文化創造機構 代表理事
グリーンイメージ国際環境映像祭事務局長
NPO法人しんりん理事

広く環境の今を知ってもらうために世界から集まる最新の環境映像作品を紹介するグリーンイメージ国際環境映像祭を中心に活動を行う。これまで気候変動・環境教育の研究・調査に携わり、主な環境省委託業務としてIPCC(気候変動政府間パネル)第5次報告書関連調査委託業務を担当してきた。東日本大震災では、被災地における環境映像の上映プロジェクトを実施。他、国内で森林資源の活用と自然エネルギー事業に携わりコンサルティングを行っている。現在、林業における大型動物の活用事例として、「馬搬」の調査と記録映像作品「映像で伝える森を活かす古くて新しい技術・馬搬」の製作を行っている。

これまでの主な映像作品『東北の森から明日を考える – 木質バイオマスで拡がるエネルギー自立の試み』

主人公は描かれた人や自然

来年3月に開催予定の第3回グリーンイメージ国際環境映像祭は10月末で応募が締め切られたが、同映像祭の応募作品は、環境に関するものであれば、ジャンルも長さも問われない。エネルギー問題や農業問題、森林保全、子育て、地域文化、アニメーション等々、国内外から様々な作品が集まる。

前身のアジアで最も歴史ある国際環境映像祭を引き継ぐ形で、グリーンイメージ国際環境映像祭の第1回が開催されたのが2014年3月。「形式は意識的に変えた」と尾立さん。以前は「場を作ることに追われていた」という。

「環境のステークホルダーは誰か、主人公は誰かと考えた時に、それぞれの毎日暮らしている人たちが主人公にならない限り変わらない。映像を集めることや場を提供するという意味では映像祭が主導でもいいのですが、しかし主人公は描かれている人や自然でなければ。その映像に映っている事実、描かれている人々が参加して主人公になるということについて、映像祭が『プラットフォームとしてどれだけできているのだろうか』と震災以降思いました」 

映像祭のシンポジウムといえば大抵は監督など映像制作者が壇上に上がることが多い。だが、グリーンイメージでは映像の被写体、実際の環境の実践者も壇上に上がって交流するところが大きな特徴だ。ディレクターを育てるという意味での映像祭ももちろん大切だが、被写体となる人々が育っていかなければ、環境問題へのアプローチにはつながっていかない。グリーンイメージでは、その映像の制作者たちに集まって語ってもらうとともに、その映像が取り上げたテーマの専門家を呼んで語ってもらう。

上映作品「東北の森から明日を考える」より
上映作品「東北の森から明日を考える」より

「映像制作者もともすればその世界で完結してしまうことがある。実際に活動している人、各国の監督、お客さんとまぜこぜで交流してもらうことで、映像制作者も気づいていなかったことに触れて欲しい。まだ描かれていない人々の営みであったり、環境のもっと細かい部分であったり、そこを掘り下げていくともっとすごいことになると思って」


来場者も、以前と比べると、実際に活動している人たちがより多くなったという。年齢層も広がった。以前は年齢層にも偏りがみられたが、グリーンイメージになってから一番若い参加者は学校の宿題で環境に取り組んでいた高校生。高齢者の参加も多い。

「来場された方にはたった3日間だけれどもエッセンスを取り入れてもらって、普段の生活でふっと『これってこれと結びついていたのね』『この間の話はこれだったのか』って気づくことが出来る、そういう機会にしたい」

自主上映会を開きたい人にも呼びかけ

被災地で行った上映会
被災地で行った上映会

「映像祭で好きな映像を選んで、好きなテーマで、自分の地域で話せる機会を作れるようになって欲しい。お茶会でもいいんですよね。みなさんが集まる機会として映像を使ってくださいと呼びかけている」

みんなで集まって考えたいと思っても、どこで映像を借りたらいいのか普通は分からない。その窓口になりたいという。

「コミュニティがこれだけ論じられる時代になった。リタイヤして知識と時間もある人が増えてきた。そうしたクラスタ的に小さな取り組みの輪を広げる期も熟してきたと思う。そういう人たちに使い勝手の良い、使ってもらえる映像祭を目指しています。そして、いろんな地域がいろんなことをやってくれるようになって欲しいな。というのが映像祭をやっている一番の理由ですね」

もちろん、自主上映やサロン上映という形態は草の根的にはあったが、東日本大震災以降、特に増えた印象がある。そこには原発問題に関する作品の存在が大きい。地域の母親たちが、子どもたちの未来を考えようと、鎌仲ひとみ監督の『ミツバチの羽音と地球の回転』の自主上映を進めたのも大きなきっかけだった。自主上映を開催した人やグループが、さらにほかの原発作品や福島の作品、環境の作品も上映するようにパイが広がり、その動きが現在まで続いている。前身の環境映像祭およびグリーンイメージの発起人である故・小泉修吉氏は自主上映を長年続けてきた草分けの1人である。

小泉氏は鎌仲作品をはじめとして、映画館に限らず上映を身近に行うことで、人々が語り合うことを広めてきた。

「2011年を境に客層も変わったし私たち自身も気づいたことがいっぱいあります。普及啓発の取り組みは華やかにやるものではなくて、もっともっと草の根でやっていかなければならないと感じました。それも楽しくやらなければ、夢が無ければだめなんですよね。『ひょっとしたら私もできるんじゃないか』というような」

記録された馬搬の映像の一コマ
記録された馬搬の映像の一コマ

〝馬搬〟の存在も大きい。映像祭実行委員会とNPO法人くりこま高原・地球の暮らしと自然教育研究所は、林道のない山から木材を馬によって運び出す馬搬技術を調査・取材し映像に記録するプロジェクトに昨年から取り組んでいる。第2回ではその最新映像の特別上映やシンポジウムを開催したこともあり、馬や動物が好きな人の参加にもつながっている。映像祭なのに「映画にまったく興味が無い人も集まっちゃう」のだ。

この馬搬を映像に記録するプロジェクトは、三井物産環境基金の昨年度から2カ年の助成事業で、映像が完成することもあり、第3回でも特別プログラム「映像で伝える森を活かす古くて新しい技術・馬搬」を開催する予定。シンポジウムでは、前回に引き続き馬方の岩間敬さん(遠野馬搬振興会・馬力舎)や、馬と暮らすことに一歩踏み出した若者たちを招いて、話を聞く予定だ。

文化を記録し災害を風化させない

このように、グリーンイメージは、今起きているリアルタイムの問題とともに、馬搬のような地域の伝統的な文化に関する記録も同じプラットフォームで並んでいることも、面白さの一つでもある。

地域の生活の記録が文化の記録になり、記録を積み重ねていくことが、気づきのきっかけになり、後世への貴重な資料にも気候変動の記録にもなる。だが、ゴールが無くて埋もれていくだけなら誰も記録に残さない。その意味でも映像祭という発表の場の存在は極めて重要だ。

「例えば、中学や高校の放送部の生徒たちもみんな、様々なものを撮っている。発表できる場が大きくなればもっといろんな人が撮ってくれる。地域での映像祭が拡がれば、今度は地域の文化の記録をしたいという欲求が生まれてくる。そうしてまた人を巻き込んでいく。それをまた映像祭に出品して欲しい。そういう循環が出来て欲しい」

また、映像祭やシンポジウムは、1年に1回の開催であっても時系列で注目し続けることができる。東日本大震災に限らず、災害がおきるたびに「風化させてはいけない」と叫ばれるが、時間の経過とともに風化が避けられない。毎年開催される映像祭のような場は「風化させない」という意味でも大きな力になってくる。震災でボランティアに取り組んだ人で、ボランティアマインドを継続している人は少なくない。そうした、震災をきっかけに変わった人が主人公になれる場所を一つでも多く作っていきたいという。

「『私たちの未来ってなに』って思うんです。知らない未来もあるけれども『知ってる未来』もあると思う。振り返ると、いっぱい積み上げてきた時間の層の中に、過去の知恵の中に未来があるということを感じます」

環境と遠かった人も関わらざるを得ない時代

とはいえ、尾立さんは、もともと環境に強い関心があったわけではない。学生時代には貿易について学んでいた。第二次世界大戦後の復興を経た国際社会は、貿易に関する様々な摩擦が起こり、世界貿易の新たなルール作りを進めるために出来たGATTやWTOなどを、研究テーマにしていた。

だが、「その頃価値観の変わり目じゃないけれど、バブルが崩壊してそれまで信じていたものがだんだん崩れてきた。言葉を使う事の怖さを感じ始めた」。大学院を辞め、紆余曲折あって、環境財団で働くこととなり、IPCCの第2作業部会の国内支援事務局など担当することになった。

ここで環境と関わることになるのだが、「あまり言いたくないんだけど、環境に取り組まれている方は、市民運動出身、学術出身など色々な背景の方がいらっしゃるんだけれども、社会的な営みと環境活動が訴えることと、うまく噛み合っていないように感じることもありました。また、環境の問題のなかには難しく言っている言葉もあるのだけれども、普及啓発をしていくのに、実はこれらは身近なことで、みんながすでに知っていることだと伝えたいと感じた。」と語る。

というのも尾立さんの母方の実家が神社で、社寺文化が周りにあった。幼い頃から、お参り、お祭り、社の中で遊ぶといった中で、自然や生き物と共に暮らし、「季節がめぐる」「いのちがめぐる」ことを学んだ。

「それが生物多様性ではないのかな、と思いました。長くその土地の生物多様性を保持してきた一つの人間の文化と知恵だったと思ったんです。なんだ、そんなに難しいことばかりではないじゃないか、と」

もうひとつ面白いと感じたことがある。80年代から90年代半ばにかけて、当時学んでいた貿易の分野では、様々な貿易紛争の中で、自由貿易のもと、地球上の資源の利用と分配を促進することも含め、世界経済の発展の恩恵を目標に掲げていたが、それはすなわち、資源の奪い合いでもあるという問題を示唆していた。

「環境問題に取り組んでみると、ああこれじゃないかと思いました。例えばいわゆる開発や特許問題など。企業などの利権争いだけではなくて、私たちみんなにとって資源の枯渇の問題や命に関わる、地球の存続に関わる問題。貿易で扱っていた事象がすべて環境の問題に替わってきた。これは私が前にやってきたことだと思いました。私みたいに、かつては環境とは遠いところにいると思っていた人間が環境に関わらざるを得ない時代になってきた。そういうことを感じます」

環境問題がそれだけ重要になったということでもある。私たちが考えてきた様々なことが各論として、実はすべて環境に繋がってきたとも言える。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の設立が1988年。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで地球サミットが開かれたのが92年。

「この時期がターニングポイント。環境問題は、それまではもう少し緩やかに倫理的問題とか文化へのリスペクトとか、様々なことも含めて今のままではいけないと議論していた時代が長かった。そこからいよいよ環境という言葉が企業の責任や商品の選択などに繋がってきたのがこの10年。すべての業界、すべての生活、すべての地域、関係ないと思っていた人たちも巻き込まれる時代がいよいよ到来したのが今」

もう一つのターニングポイントが、東日本大震災だ。

「私たちは特に東日本大震災で様々な危機を知った。もっとこの自然環境を守っていかなければと思う気持ちの高まりがみんなに広がった、もう一つは気候変動が押し迫っていることをいよいよ感じ始めた。この数年で、なんとなく聞いていたことが様々な現象となって表れ繋がってきた。良い面でも悪い面でも私たちにどっと押し寄せてきた」 

もちろん、環境問題を論じる中にはいろんな考えがある。温暖化懐疑論や寒冷化論を訴える人もいる。それでも私たちは、例えば、ここ数年これまでにない猛暑を実感している。大雪もあったし、季節外れの台風とそれによる大きな水害も多数発生した。

シンポジウムには映像のなかで紹介された「生」の人たちも参加する
シンポジウムには映像のなかで紹介された「生」の人たちも参加する

「これが気候変動だったんだな、時代は突入したなと、様々な意見を主張する人の違いはあれども、多くの人がまさに変化は起こっていることを実感しているのが今ではないでしょうか」

 こんな時代に何が大切だろう。

「情報の共有、普及啓発。どこでどんなものを見れば、聞けば知ることが出来るのか、気候変動ももちろん、何が暮らしを取り巻く変化と関わっているのか、『知る入口』をたくさんたくさん作ることが、国や企業もそうですけれど、環境をキーワードにしている私たちがもっとやっていかなければならないこと」

その一つが環境映像祭だ。「科学的知見、住居、インフラ、文化、民族、ありとあらゆることが合わさったのが環境。つまり環境には、いろんな専門家がいるわけです。それぞれの専門分野で環境について詳しく知識を持っているのが専門家。切り口はどんどんどんどん増えていくんです。どんどんどんどん解決すべき問題も新たな知見も増えていく。それにみんなが追い付いていけない。そこで映像祭をしっかり続けていこうと思ったんです」

IPCCのドラフトは項目が毎回増え、毎回数十%分量が増えているという。意外なところでは、必要な普及啓発のなかには「水泳教室」もある。なぜなら、地球温暖化・気候変動の影響で洪水など深刻な水の被害が懸念されるが、文化・宗教上の理由や慣習で、女性は泳ぐことが稀である国や地域もある。必要な項目はどんどん増え、果ては宇宙にまで広がっている。

だが、専門家の先生も専門しか知らない、自分と同じ活動をしている人がどこにいるのか知らない、隣の国で何に取り組んでいるのか分からない、自分たちがやっていることを伝えられていない――。環境映像祭を広げていけば、こうした悩みを解消する一助となることができる、環境に関わる様々な取り組みが集まる大きなプラットフォームになるのではないかと考え、映像祭に軸足を置くようになった。

なので「映像は一つのいいわけ」だという。

「映像祭をやり続けているモチベーションは、私たちがまだ知らない、見たことない概念や経済・社会システムに移行していくかもしれない、パラダイムシフトが起こるかもしれないという時代の境目にいるということ、産業革命以来歩いてきた道のりから、私たちは、エネルギーや社会システムを含め、すべての命が共存するための持続可能な新たな時代への道のりを模索し、歩きはじめているということへの期待と、その未来への可能性だと思う。以前の私だったら『これに飽きたら、疲れたら元の生活に戻ろう』と思ったかもしれないけれど、今は『ここで学んで知った、体験した生活を続けていこう』と思う。それが私自身一番大きく変わったところ」。

グリーンイメージ国際環境映像祭ページ
グリーンイメージ国際環境映像祭オフィシャルページ

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コメント: 2
  • #1

    吉藤 正樹 (土曜日, 05 12月 2015 22:20)

    地球環境を考える時、物理的なことはよく話題になりますが、私は環境問題を心から良くしていこうと思うものです。自然を大切にする心を育む童話を書き、それを世界に広めることによって地球環境をよくしようとするものです。日本人は元来自然を八百万の神と言うように、大切にする民族です。子供たちにその心を育む童話を書き続けようと思っています。ご賛同頂ければ幸いです。URL http://homepage2.nifty.com/hogodouwa/index/htm

  • #2

    yoshifuji masaki (木曜日, 05 1月 2017 15:51)

    自然環境は確実に、悪化しています。トランプ氏のような資本主義的指導者を求める社会において、我々は反体制主義者になれかねません。人間はどう生き残るかの分岐点に近づいてきています。
    どこかで生き方を見直さなければ、将来はないでしょう。多くを求めすぎる人が増えすぎることは困ったことです。ホームページのURLが変わりました。

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