生物多様性経営。それはポスト石油時代の企業経営の姿

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株式会社レスポンスアビリティの
足立直樹さんにお話を伺いました。

取材・文:加藤 聡 撮影:黒須 一彦

足立直樹 (あだちなおき)さん

1965年生まれ。株式会社レスポンスアビリティ代表取締役。東京大学 理学部、同大学院で生態学を専攻し理学博士号を取得。1995年から2002年まで国立環境研究所で熱帯林の研究に従事。1999年から3年間のマレーシ ア森林研究所勤務の後、コンサルタントとして独立。環境省生物多様性企業活動ガイドライン検討委員会、企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)事務局長などを務める。著書に『2025年あなたの欲望が地球を滅ぼす~「激安・便利・快適」の大きすぎる代償』(ワニブックスPLUS新書)、『国内先進企業 11社とNPO、自治体、大学が語る 企業が取り組む「生物多様性」入門 』(監修、日本能率協会マネジメントセンター)』など。新著『生物多様性経営 持続可能な資源戦略』(日本経済新聞出版社)では、生物多様性に配慮したFSC認証紙を全面的に使用している。

生物多様性の問題は経営問題だ

今や企業が環境活動に取り組むことは当たり前の時代。CO2の削減や省エネはもちろんのことだが、今年10月には名古屋で生物多様性条約の第10回締約国会議(COP10)が開催されることもあり、「生物多様性」への関心も徐々に高まっている。生物多様性の問題と聞くと、多くの人は、絶滅が心配される動植物の問題だと思うかもしれない。実際にそういった部分もあるが、もう少し別の側面から見てほしいと語るのがサステナビリティ・プランナーの足立直樹さんだ。

「企業の多くが、自分たちの事業は生き物との関わりが少ないと思っています。でもそれは違っていて、実際には非常に多くの部分で企業と生き物とは接点があ るのです。例えば、どんなオフィスであっても必ず紙を使います。この紙は言うまでもなく、木を原料としているわけです。ほかにも産業分野であれば、製造プ ロセスの中でキレイな水を大量に使いますが、そうした水は、浄化したり循環させたりといった生態系の働きがあって、初めてもたらされるものなのです。また、野菜や果実の受粉は人が行うよりもハチを使った方がはるかに経済性にも優れています。こうした自然の恵みを『生態系サービス』と呼ぶのですが、改めて 考えてみると、あらゆる企業活動はこの生態系サービスに大きく依存していることがわかってきます。

ある試算によると、この生態系サービスの価値は約33兆ドル(1997年時点)。自然は私たち人間が作り出すGDPと同等、もしくはそれを超える価値を"タダ"で提供してくれているのである。

 

「ところが企業は、利益のために生態系を破壊して、生物多様性に負の影響を与えてきました。これは自分たちを支えている基盤を切り崩すようなもので、企業 自体にとっても良くない。つまり、企業が生物多様性保全に取り組まなければいけないのは、CSR的に何か良いことをしましょうとか、倫理的責任から行動し なければいけないということではなく、自分たちの事業を続けるために必要なことなのです」

 

生物多様性が失われると、いずれ企業活動自体が立ち行かなくなることは理解した。しかしいきなり、「生物多様性に配慮した企業活動を行いましょう。そのた めのコストを支払いましょう」と言われても、安さが全て、利益が全てという市場原理において、その行動を変えるのはなかなか難しい。

 

「そこで効果的なのがインセンティブや規制です。生物多様性に配慮した企業は得をするけど、あまり気にしない企業は損をするという世の中になれば、社会は 生物多様性を保全するような方向を向くようになるはずです。こうした経済メカニズムについてもCOP10では話し合われます」

 

COP10の見どころ

今回のCOP10では、2002年のCOP6で採択された2010年目標が未達成に終わるなか、その反省をもとに、次の目標を作ろうということで、2050年までの長期ビジョンと2020年の短期目標を決めることになっている。

「なぜ2010年目標がうまくいかなかったか? それは非常に定性的だったためです。2010年目標を一言で言うと、『2010年までに生物多様性 の損失速度にブレーキをかけましょう』という内容でした。これではどこをゴールとするのかがよくわからない。その辺をもう少しわかりやすくしようというこ とで、現時点で有力なのが、2050年までに2010年と同じ状況まで生物多様性を回復させようという目標です。生物多様性は今まさに、坂道を転げ落ちる ように減少を続けていますが、その減少を止めて、再び元に戻しましょうと。しかし保全を進めるためには、これ以上開発ができないという話になると、途上国 としては困ってしまう。こうした先進国と途上国との利害の対立もあり、その行方は予断を許しません」

もう1つの重要な焦点が、遺伝子資源へのアクセスと利益配分(ABS:Access and Benefit Sharing)についてのルール作りである。生物資源の中の遺伝子情報に対して、それを利用(アクセス)しても良い代わりに、生まれるさまざまな利益 (ベネフィット)を公平に配分しようという問題で、これまでもガイドラインはあったが、法的拘束力は持つものではなかった。そこで国際的なルール、いわゆ る「名古屋議定書」を作ろうというのが今回の目的なのだが、こちらはポスト2010年目標以上の難題だという。

「遺伝子資源はいわば設計図のようなもの。いい設計図があればそれをもとに、不治の病の治療薬など非常に価値あるものが開発できる可能性がありま す。では一体、その設計図は誰のものなのか? 一般的に生物は、開発途上国や赤道付近などに多く生息しています。一方、その生物から遺伝子情報を取り出し て、製品開発を行うためには先進国の技術が必要です。遺伝子資源の原産国と利用国、どちらがどれだけの利益をもらえるんだという議論なんですね」

一度、製品が完成してしまえば、先進国は大量生産で多くの利益を得ることができる。途上国としては、それらの利益を配分するしっかりとしたルールがない と、自分たちは提供するだけ、あるいは提供時にほんの少しのお金が払われるだけで、ほとんどメリットがない。ひどい場合には、いざ薬が完成しても、その薬 が高価で買えないといったことも起きるかもしれない。配分の範囲をめぐり、両者の議論は平行線をたどっており、合意には難航を極めそうだ。

 

ホヤからレアメタルを回収!

「そう遠くない将来、石油は必ず使えなくなります。これは環境的にもそうですし、量としても限りがある。となると、石油以外の資源に乗り換えざるを えないのですが、その代替として有力なものは、やはり生物資源ということになるでしょう。木であれば、一度切ってもその後に植えれば再び育ちます。ここが 石油などの枯渇性の資源とは大きく違うところです」

しかも、石油は油田のある場所からしか採掘できない。限られた場所にしかないために、その利権をめぐって今も紛争が繰り広げられている。一方、植物は世界中に自生しており、光合成によって太陽の光を化学エネルギーに変えている。生物資源は普遍性が高いのだ。

「最近では、レアアースの調達を中国に依存していたことで大きな騒動となりました。レアアースやレアメタルは、中国やアフリカなどにある特定の鉱山 からしか採取できません。ところがこのレアメタル、実は海水中に微量に含まれているのです。非常に濃度が薄く、コスト的には工業的な利用が難しいのです が、一部のホヤの仲間はレアメタルの一種であるバナジウムを、体内で数百万倍の濃度まで濃縮することができるというのです。つまりそのホヤを集めてくれ ば、効率的にバナジウムが回収できるかもしれない。同時に安定的な確保も可能となります」

生物多様性を破壊する元凶の1つとして、鉱山会社などは非常に叩かれている。採掘の際に山を切り崩し、生態系を破壊しているためだ。だがすでに一部では、ホヤと同じように体に金属を取り込む性質を持つ微生物を使い、鉱物の回収が行われているのだとか。

「鉱床に小さな穴を開け、そこに微生物を含んだ溶液を入れる。するとその微生物は金属を溶かして体内に取り込みます。その後、微生物を回収すれば、 ほとんど鉱山を傷つけずに鉱物を採取できるのです。このような特徴を持った生物をマジック・バグ(魔法の虫)と呼ぶのですが、今後もっとこうした生物を活 用することができれば、資源開発において、自然を破壊せず無駄なエネルギーも使うこともなくなるのです」

こうして聞いていると、人間のやり方よりも生き物のやり方の方が、はるかに優れていることがわかる。生物のプロセスを真似たり、利用したりすれば、 もっとおだやかで環境負荷の低い産業ができるはずだ。そういった意味でも、生物資源は大きな可能性を秘めている。逆にこれからの時代、私たち人類は、生物 資源を生かすことでしか生き残れないのかもしれない。

 

日本は生物資源の重要性を認識すべし

資源に乏しく、エネルギーや食料の多くを輸入に頼っている日本だが、生物資源の時代には逆に資源大国になるというのが足立さんの考えだ。

「日本列島が北から南まで細長く伸びているということは、それだけ気候が変化に富んでいることを意味します。また、日本は面積で見れば小さいです が、森林の面積は国土の3分の2と世界でも有数の森林王国です。こうした条件が重なり、日本の生物多様性は非常に高い。事実、東京の高尾山に生育する植物 の数とイギリス全土に分布する植物の数はほぼ同じということがわかっています。さらには海。日本の領海と排他的経済水域を併せると、世界第6位の広さを誇 ります。そこにはさまざまな生き物や、まだ見ぬ生物が生息していることでしょう。また、土地の面積には限りがありますが、海面上であれば藻類などの植物資 源を培養することも可能です」

なるほど、日本はかなりの資源ポテンシャルを秘めていることがわかる。ところが現在、日本にはこうした豊かな生物資源を守るための法律というものがほとんど存在しないというのだ。

「先ほどABSの話をしましたが、日本はこれまでの国際交渉で、利用国側としての立場しかとっていません。これだけさまざまな生き物が生息している のにも関わらず、わが国は原産国としての権利を一切主張していないのです。つまり日本では、近所の公園でも、珍しい植物が生息する深山幽谷でも、種や葉っ ぱが取り放題、持ち出し放題ということです。仮にアメリカが持ち帰り、有益な成分が発見された場合も、日本に対して断りを入れる必要がないのです。日本 は、将来、利益をもたらす可能性が高い生物資源の重要性を認識し、もっと危機意識を持つべきでしょう」

 

2025年に向けたメッセージ

大学院では植物生態学を学んでいたという足立さん。修了後は、国立環境研究所に就職。マレーシアで熱帯林の研究を行うようになる。しかし、研究を進めるうちに危機感を募らせていく。

「100年前はマレーシア全土を覆っていた熱帯林が、現在では半分以下になっています。こうしている間にも、私たちの目の前を伐採された木を載せた トラックが次々と走り去っていき、プランテーションが広がっていく。こんなことを続けていたら本当にあと何十年かの間に、森も、そこに生きる動物もいなく なるかもしれない......。これは科学的好奇心から研究だけをしている場合じゃないと思ったのです」

マレーシアに勤務していた99年~2001年は、日本でも環境経営などが叫ばれ始めていた頃。大きな影響力を持つ企業と協力して環境活動を行えば、 世の中を持続可能な形にできるかもしれないと考えた足立さんは、2002年に国立環境研究所を辞め、企業のコンサルタントとしての活動をスタートさせた。

「今聞くとびっくりするかもしれませんが、当時はCO2の削減でさえまだ一般的ではありませんでした。企業の環境活動といえば紙・ゴミ・電気の時 代。そんな時に生物多様性なんて言っても、正直全くわかってもらえませんでしたね(笑)。その後、2006年くらいから、『生物多様性って何だろう? こ れも自分たちのテーマの1つとして取り組まなければいけないんじゃないか』と、いくつかの先進的な企業から相談が来るようになり、2008年には『企業と 生物多様性イニシアティブ(JBIB)』という団体もできました。ようやく日本でも、環境・CSRの課題として生物多様性を考えるようになってきたので す」

足立さんが代表を務める会社「レスポンスアビリティ」では、2025年を1つのテーマとして掲げている。

「私が企業のお手伝いをするようになったのが2002年ですが、2025年というと20年くらい先でした。人間、1年後、3年後にまでに何かやりま しょうとなると、これはなかなか大変です。しかし、10年あればかなりいろいろと変化を起こせる。さらに20年先だったら、これまでの常識や制約に捉われ ずに大きな目標を掲げられるのではないかと思うのです。未来というのは現在の積み重ねです。今やっていることが、未来を作るのです。望む未来の姿からバッ クキャストして、今やるべきことを導き出す。そのゴールが2050年と言われるとあまりに遠く、次の世代までを考えてしまいますが、2025年だったら、 自分たちで何とかしようと思える。そういった意味を込めて、2025年をターゲットにしています」

この10年で少しずつではあるが企業の行動は変わってきた。次は私たち一人ひとりが行動を変える番だ。

「自分が望む未来って何だろう?と考えた時、今と同じ暮らしがこの先、本当に続けられるのかという観点で物事を考えてみるといいと思います。例えば 日本は今、海外から食べ物を買っている割合の方が多い。海外への食料依存度60%です。そんな状態がこれから先、10年、20年続くのでしょうか? ある いは石油に関しても、ほとんどの人はこれから先もジャブジャブ石油が使えると思っている。でも恐らくある日、パタッと使えなくなる日が来るでしょう。そう なってから慌てるのではなくて、自分にとって何が一番大切で、どういった生活をしたいのかということを考えて、そのための準備をしておく。それが毎日食べ る食事や安全な暮らしであるなら、自分たちでしっかりと確保する。本当に食べ物が足りなくなったら、誰もお金となんか交換してくれません。それよりも自分 で畑を耕すとか、魚を採ってくるとか、そういう人たちの方がはるかに強い。どちらを選択するのか? 今、真剣に考えなければいけない時に来ているのだと思 います」

ただ、いきなり自給自足の暮らしの準備を始めなさいと言われてもなかなかハードルが高い。「そんなことではこの先乗り切れませんよ!」と釘を刺しながらも、足立さんはもう少し身近な所から社会を変える方法を教えてくれた。

「正しい方向を向いている企業を応援することです。これまで企業は、自然の法則を無視して、木を根こそぎ切るようなことを行ってきました。安さこそ が全てといった、自分の都合だけで考えていたんです。その一方で、持続可能な森であることや、そこから産出された木材・紙製品を証明するFSC認証などの 認証制度が広がりつつあります。少なくとも、FSCマークが付いた木や紙であれば、その木は持続可能であるし、作っている人たちやその地域社会に迷惑をか けることはありません。そういった方向にシフトすれば、その産業は今よりは持続可能になるはずです」

ところが実際は、日本での認証ラベルの認知度はまだまだ低いし、商品の数も決して多くはない。

「企業の方と話してみると、彼らはそういった商品を作りたくないわけではないし、技術的に難しいわけでもない。それでも普及しない一番の理由は、私 たち消費者が求めていないからです。ここが日本企業の気の毒なところで、欧州の場合は消費者やNGOが強く求めるので、導入すれば拍手喝采なわけです。と ころが日本では望む声が小さいので、担当者が社内の反対を押し切ってまでやっても誰も評価してくれないのです。チャレンジングな取り組みを行っている企業 をもっと応援してあげましょう。私たちが応援する企業は、社会を良い方向に変える力となってくれるはずです」

2025年、企業は生物多様性を経営に組み込んだビジネスを展開し、自然と共存・共栄した持続可能な日本社会が築かれているだろうか? 足立さんが 言うように、現在の積み重ねからしか未来は生まれない。決して難しく考える必要はない。美しい自然・生き物たちを後世にまで残したいという想いがあれば、 私たちが取るべき行動は自ずと決まってくるはずだ。

サイト

レスポンスアビリティ

URL: http://www.responseability.jp/

企業と生物多様性イニシアティブ(JBIB)

URL: http://www.jbib.org/

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