『自治体のエネルギー戦略』著者、前東京都環境局長 大野輝之さんに聞く。これからのサブナショナルの役割とは?

 東京都はこれまで、先駆的な環境施策を次々と実行してきました。舞台裏には、既得権益との戦いや、なかなか越えられない無数の壁もあったはずです。いったい誰が、どうやって乗り越え、形にしていったのか…。そのサクセスストーリーには、自治体関係者のみならず、企業や団体、NPO関係者にも気になる人は多いのではないでしょうか。

 施策の立役者の一人、東京都環境局局長の大野輝之さんが、7月の退職を前に、これまでの東京都の環境施策を一冊の本にまとめあげました。岩波新書から5月に発売された『自治体のエネルギー戦略-アメリカと東京』です。

 まがりなりにもこの十数年、エコロジーオンラインでも省庁や地方自治体と協力して環境への様々な取り組みを行ってきました。

 東京都とのかかわりも深く、きっかけは今から7年前の2006年にさかのぼります。環境キャラクター「そらべあ」を誕生させた頃、協働事業として東京都と「TOKYOソーラーシティープロジェクト」を立ち上げたことが始まりです。

 その後、TOKYOソーラーシティープロジェクトは「NPOソーラーシティージャパン」へと移行し、お台場の潮風公園に、当時はまだ先駆けだった太陽光発電施設「ソーラー発電施設ひだまり~な」が誕生。太陽光発電システムを全国の幼稚園や保育園にプレゼント(2013年7月現在37基)する「そらべあ基金」などへのエネルギープロジェクトへと発展していきました。

 大野さんの今回の著書は、NPOとの連携にも積極的な東京都環境行政の裏側ということで、エコロジーオンラインも興味津々。まずは、本の中身のご紹介とまいりましょう。

 序章は、迫りくる気候変動の驚異から始まります。記憶に新しいニューヨークのハリケーン・サンディをはじめ、様々な異常気象が地球温暖化由来であることを、科学的な根拠だけでなく、アメリカ経済誌『ビジネスウイーク』の記事から「ステロイド漬けの気候」という表現を引用している部分など、とてもわかりやすく親しみを感じます。

 本編前半では、環境先進地方自治体であるアメリカの都市や州の取り組みをていねいに取材し、つづっています。対象は、環境都市を目指すニューヨーク市、地域キャップ&トレードのパイオニアである北東部諸州、そして住民投票で石油資本に勝利したカリフォルニア州。施策の紹介だけに終わらず、現場レベルの苦悩や工夫が、サブナショナル(地方自治体などのもうひとつの政府)の実務者同士ならではの親密さで引き出されています。

 後半は、読者がもっとも気になる東京都の施策について。ディーゼル車排出ガス規制やキャップ&トレード(※)が、ボトムアップで成し遂げられていく様子がつまびらかにされています。本のなかには腹立たしいほどの既得権益も登場します。でも、東京都がそれをしたたかに乗り越えていく様子を読みすすめるうちに、胸がスカッとしてくるのです。立ちはだかる政策の壁を切り崩した4つの力や、311後の電力危機をいかに回避したかについても詳細に綴られていますが、詳しくは本書に譲ることにしましょう。

 

『自治体のエネルギー戦略-アメリカと東京』 大野輝之著 岩波新書版

http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/43/0/4314240.html

 

 「東京都の環境行政は実にいろいろな取り組みをしてきましたが、それをひとつにまとめたものがありません。携わった人間として記録に残す責任を感じているのと同時に、東京都の職員にはそのDNAを引き継いでもらいたい、期待の集まる全国のサブナショナルにもぜひ参考にしてほしい…この本にはそんな想いを込めています」。

 そう語る大野さんは、まえがきで「Every cloud has a silver lining.」という英語のことわざを紹介しています。訳は、「どのような厳しい状況の中でも必ず希望の光が見える」。

 震災以降、大幅な後退がささやかれている日本の気候変動対策ですが、東京都の推進する新電力へのシフトしかり、省庁の個々人がもつ電力改革への想いしかり、「気候変動と表裏一体の電力改革は、確実に歩を進めています」と大野さん。そして、「これからのエネルギーシステムは、大規模集中型電源から分散型供給へのシフトが必須です。そこに関わる権限をサブナショナルこそが担っていくべきでしょう。そのためにも、自分たち職員がもっとチカラを付けていく必要があります」と力を込めます。

 実はもう、東京都を中心にその動きは始まっています。各自治体の担当者が集い、実務レベルでの勉強会を繰り返しているとのこと。ノウハウを互いに共有し、課題を解決する能力を高めながらネットワークを広げていくことが狙いです。大野さんご自身も、退職後にあらたな取り組みを始めるべく、現在準備を進めているところと伺いました。

 東京都の今後の環境行政、それを牽引してきた大野さんのこれからのご活躍に、ますます期待がかかります。

 

(取材・文 中島まゆみ)

 

大野 輝之さん

東京都庁入庁後、都市計画局、政策報道室等を経て、1998年より環境行政に携わる。持続可能な都市作りを基盤に、「ディーゼル車 NO作戦」「排出量取引制度」の導入など、国に先駆ける東京都の環境政策を牽引。2013年7月15日退庁。2013年8月1日付けで、公益財団法人自然エネルギー財団(JREF)の事務局長に就任。財団でははじめての常任事務局長となる。 

自然エネルギー財団 http://jref.or.jp/

 

(※)東京都のキャップ&トレード

2010年4月からスタートした、都内の大規模事業者を対象に、CO2の排出総量削減を義務付けて、事業所間の排出量取引を認める制度。当時は世界でもまだ事例の少ない取り組みだった。詳しくは、「【解説】東京都でスタートした「キャップ・アンド・トレード」とは?」参照。

http://www.eco-online.org/2011/01/04/%E8%A7%A3%E8%AA%AC-%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E3%81%A7%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%83%88%E3%81%97%E3%81%9F-%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%83%83%E3%83%97-%E3%82%A2%E3%83%B3%E3%83%89-%E3%83%88%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%89-%E3%81%A8%E3%81%AF/

 

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